動き出す運命 2
「すみませんわざわざ」
達彦のマンションの近くのカフェで、優希は達彦と待ち合わせた。
「いいえ、探してたんですよ、どこでなくしたんかなあって。」
そういって達彦から運転免許証を受け取る。
「ソファ-の隙間に落ちこんでましたよ。運転手さんがおられるのに免許取られたんですね」
「大学生の時に取りました。無いよりはあったほうがええでしょう?」
「私がそちらに伺いましたのに」
達彦は苦笑する。
今日は優希はバスでここまで来ている。どうせなら、車のある達彦が優希の家の近くまで行ったほうがよかったのではと思う。
今日、早く退勤して優希に免許証証のことで電話すると、彼はここまで受け取りにくるというので、ここで会うことにしたのだが・・・・
「俺んちは、郁海がおるんで。あ、医大に通う伊吹の甥なんですが」
「仲いいんですね。同居ですか〜」
はははは・・・・笑う達彦を見て優希は焦って言い訳をする。
「あ、弟みたいな奴なんです。」
「楽しそうですね」
優希と一緒に暮らせる郁海という青年がうらやましかった。
「面白い奴ですよ〜親父さんに似て愛嬌満点で。でも、邪魔されんと会いたいから。」
この後、達彦のマンションに・・・これは暗黙の了解。
「少し、私んちでお話しませんか?」
そういって達彦は立ち上がる。優希がここを指定した時に、すでにこのシナリオはできている。
昨日来た達彦の部屋、昨日会ったばかりの2人・・・
一度踏み出すと、暴走していきそうで、しかし、もうどうしようも無いものを感じていた。
「ほんまは、わざと置いて行ったんですよ免許証・・・」
昨日のように2人、並んでソファーに腰掛ける。
「そうでしたか?私も、鬼頭君の免許証が落ちているのを知っていて、昨日は見ない振りしました。」
え・・・
優希は達彦を見る。
「今日、電話する口実を作るために。こんなに早く再会できるとは思いませんでしたけど。」
(それは俺も同じです・・・)
忙しい達彦のことだ、すぐ会うの難しいとは思っていた。
「あの・・・」
カフェで向かい合って話すより、こうして並んでいると顔が見えない分、本音が出てくる。
さらに肩の触れ合う距離・・・というものが気持ちを大胆にする。
「俺、八神さんに好かれてると思うてええんですか?自信ないんですけど・・・」
「初めて会ったときから、鬼頭君には好意を持っていました」
え・・・・
うつむいた達彦のうなじが艶かしい。
「私、強いんですよ、こう見えて。今まで自分に迫ってくるような男には指一本触れさせず、押さえつけて来ました。」
やはり・・・優希は思う。達彦ほどの美人だと他の男もほうってはおかないのだろう。
「なのに・・・鬼頭君には2度も許してしまった。それって、私が望んでいたって事ですよね?」
ゴクリ・・・緊張して優希は唾を飲み込む。
「前からそうじゃないかと思っていたんですが・・・私ってやはり中身女なんじゃないかって。
守られたいし、包まれたい。そんなんだから、彼女できないんです」
「それは、俺も一緒です。八神さんの中に包容力を感じでつい甘えてしまう。誰にでもや無くて、八神さんにだけ」
どこか伊吹のそれに似ていて安らげた・・・・
「八神さんは特別な人なんです・・・」
特別・・・・達彦は顔を上げる。
特別、例外・・・・そんな存在に自分がなれたということが不思議だった。
「大学時代、女学生と付きおうたりしましたけど、こんな思いにはならんかった。」
「どんな?」
今度は優希がうつむく・・・・・
「別れた後すぐに会いとうてたまらんし、メール交わすだけで幸せで・・・・気づいたら携帯に頬ずりしてたり・・・」
同じだ・・・達彦は優希を見る。自分と同じ症状が優希にも現れている。
「全然、鬼頭の跡取りが台無しで・・・もうデレデレになってしもうて・・・」
「鬼頭君も、そうなんですか?私だけかと思いました。」
はあっ・・・・優希は静かに息を吐く
「八神さん、俺、八神さんの事好きになってもええですか?」
両肩を掴まれて、何度目かの告白をされる達彦・・・
「あ・・・あかんて言われても、もう好きになってしもうたんですけど・・・でも、迷惑やったら諦めます」
「永遠に・・・心変わりしませんか?」
「八神さんに会ってから、八神さんしか見えへんのです」
「・・・・私も・・・同じです」
言い終わらないうちに抱きしめられた。
「忘れようと何度もしたのに、忘れられなかった。変でしょう?男なのに男が好きになったんです」
「俺も・・・でももう、どうしょうも無いんです。会わずにいられへんし、会うたら抱きしめたいし・・・」
そんな情熱さえ愛しい。
「でも、反対されますよね・・・俺とは。」
「私とも・・・」
優希は結婚しなければならない身の上である。
達彦は、龍之介にとっての伊吹のように、情夫(いろ)にすることも、傍においておくこともできない。
「それでも・・・」
愛している・・・
優希は思いを振り切るようにその身を離す。
「俺と付き合うことは八神さんを不幸にしてしまう・・・」
「鬼頭君・・・」
「俺は鬼頭の9代目を継ぎます。組には姐が必要で、後継者も必要やから、俺は女と結婚する身ぃです。
そんな俺が、八神さんに永遠の愛を誓うことはできません」
ぶち当たる壁の大きさに優希は途方にくれる。
「実は・・・伊吹は親父の唯一無二の存在です」
意味が判らず、達彦は優希を見つめる
「うちの藤島伊吹は、鬼頭の8代目の情夫(いろ)なんです。それを承知で、お袋は鬼頭に嫁ぎました。
お袋と伊吹の間で、親父は苦しんでいました。伊吹は、生涯独身で過ごすことになりました。
親父には妻も子もあるのに、伊吹には親父一人なんです。お袋は・・・・・伊吹の代わりに俺を産みました。
夫の最愛は藤島伊吹、自分は組の姐として残ることを決意して・・・3人は不幸ではないけれど、それぞれ苦しみました。
そやから、親父は俺には自分達みたいな道を行かせとうないと思ってます・・・・それやのに、俺は・・・」
優希の目から涙が流れる・・・・・
結局、切ない、苦しい恋を選んでしまった・・・・
「鬼頭の組長も、藤島さんも、後悔していないように見えました。むしろ、幸せそうでした。
私達も、どうにか乗り越えていけないでしょうか・・・・・」
自分はいい、が、達彦にそんな試練を与えたくない。
「八神さんは警察官やから、もちろん情夫(いろ)にはなれません、そやから結婚はできる身ぃです。その代わり、
どこまでも内縁の仲でしかないんです」
認められない仲。それでもいいのか・・・
「それでも、傍にいたいとしたら・・・」
どうなるのか・・
達彦は優希の頬の涙を手でぬぐう。
「後悔しない自信があるなら、始めましょう。そうでないなら、この場で綺麗に諦めるのがいいでしょう」
達彦は、竹のようにしなやかなで、たやすく折れない。そんな強さを秘めている。
「それで、ええんですか?八神さんは?」
「子供の遊びじゃありません。お互い首も命もかけられるなら、その時は」
簡単には結論は出ない。踏み出せば戻れない。
「それまで、会いましょう。会って話しましょう。それなりの覚悟が出来るまで。」
達彦は自分が思っているほど弱弱しくは無いと優希は思う。猛々しさは無くとも、芯の強さと潔さを持ち合わせていた。
動揺する優希をしっかりと捕まえていられる冷静さ、包容力・・・そこに伊吹の面影を見るのだ。
(親父はこんな風に伊吹に支えられてきたんかな・・・)
守りたいと、守ろうとした達彦に今は守られている。しかし、それが心地いい。
「私は望んで警察官をしているのではありません。家がそういう家だから・・・万が一の時には未練なく退職できます」
にしても、家中の反対を受けることは明確だ。
しかし・・・達彦にそこまでさせるほどの価値が自分にあるのか・・・優希は戸惑う。
「別に、先輩後輩で会い続けることはできますから・・・私も、確かめたいんです。鬼頭君が私の特別なのかどうか」
それまでは・・・・先輩後輩で・・・
焦らず確かめよう・・・自分の気持ちを。
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