動き出す運命 1

 

 

 食堂で昼食をとりながら、慎吾と達彦はまったりしていた。

「大丈夫ですか?二日酔い」

慎吾は遅くまでつき合わされていたらしい。

「俺は酒強いから〜」

余裕な慎吾が羨ましい。下戸というだけで何故か男らしく無いような気がする。

しかし、酔わないのは可愛げが無い気もする。

(酔って告白なんかしてくる鬼頭君のカワイさったら・・・)

思い出し笑いの達彦を、慎吾はすばやく見抜く。

「何かあったのか?」

「何も」

「いつもと違うぞ。」

気になる。嫌な予感がする。

「違わないですよ」

ごまかし笑いをしてみるが、明らかに今日は昨日と違っていた。

優希のお休みメールで一日を終え、おはようメールで一日を迎える・・・

声が聞けなくても、文字で充分に優希を感じることが出来る。

「仕事の帰り、お前ん家寄っていいか?」

「すみません、今日は疲れたから早めに休みたいんです」

笑顔で断られると、何にも言えなくなる・・・

「いつもそうなんだけど、何で俺にも敬語なわけ?」

「父に、お友達にも敬語で話すよう言われてますから」

はああ・・・・慎吾はため息をつく。

誰よりも近くにいて、小さいときから友達で、それなのに"慎吾君”。

まだ、同僚のように苗字を”さん”付けで呼ばれないだけましかもしれない。

が、幼稚園児が敬語で友達と話している姿は異様だった。八神家は皆そうなのだが。

「お前には特別は無いのか?例外は?」

その特別や例外を慎吾は狙っているのだ。

「ありません。」

今まで、例外も特別もなかった。温和で、にこやかではあるが達彦は誰にも心を許してはいない。

父母に対しても、ダダをこねたり、わがままを言ったことがない。

また、言えるような環境でもなかった。

ー八神んちは冗談とか言わなさそうだな〜−

ー親父が警察の偉い人って、毎日緊張して暮らしてるんじゃないか?−

クラスメイトたちは、そんな事を言っていた。

ほかの家がどうなのかは判らないが、家の中でも服装を崩せないし、兄とも兄弟喧嘩など一度もしたことがない。

兄の達也も理解心のある、温和な人でいつも静かに話す。声を荒げたことがない。

唯一、母、美和子がバイタリティーあふれるタイプだということ。明るく、朗らかで、お茶目だ。

少年課の婦警だからか、精神年齢が低い。感覚が若い。

こういう女性が一人でも家にいることは貴重な事だと思った。

母の、やる事なす事にあきれつつも、皆癒されているのだ。

そんな母の人懐っこい部分を、達彦は祐希に見ていた。だから、祐希といると和めた。

「寂しい奴だな・・・だから、女の一人もいないんだぞ」

ははははは・・・・

大笑いする達彦を慎吾は叱り飛ばす

「笑い事じゃない!」

慎吾は焦る。

「誰とも距離を置いて、心を許さないなんて間違ってるだろう?」

だからといって・・・達彦は思う。無理矢理作れるものでもない。特別な人など・・・・

運命的に出会うものではないか?

あのときのように・・・・

ふと、優希の顔が思い浮かび、達彦は目をそらす。

そんな達彦が慎吾は心配でたまらない。明らかに祐希との出会いで達彦は変わった。

物思いに耽るようになり、時々今まで見せたことのない表情を見せるようになった。

「どうして、俺とも遠いんだ?」

判らない・・・慎吾には心を開けない気がする。

慎吾自体、本音を隠して心を開いていないように見えるのだ。

完全無欠のデキた友人。悩みなど無いかのような、アンドロイドに思える。

「私が、慎吾君を不愉快にさせたのなら謝ります」

謝ることはできても、特別にはなれない・・・そういう事か?・・慎吾はため息をつく。

「そういうところがよそよそしいんだ。何で俺に、我侭言わないんだろうか・・・弱音を吐か無いんだろうか・・・」

慎吾はまず、自分がそういうタイプでないことに気づいていない。

「慣れてませんし・・・そういうの」

それでも頼られたい、誰にもいえない悩みを打ち明けられたい。しかし、それは強要することではない。

だから慎吾は余計に焦るのだ。

昼食を終えて2人は立ち上がる。

「カフェでコーヒーを飲むか?」

はい・・・慎吾の言葉に達彦はうなづく。

あの時、メイドなどさせるのではなかった。慎吾の後悔は尽きない。

それでも達彦は優希と出会ったろうか・・・そして2人魅かれただろうか・・・

自分に寄ってくる者、すべてに警戒心を抱く達彦が、あの時は優希をすんなり受け入れた。

無防備に・・・・・それが不安なのだ。

 

カフェの明るい日差しの窓際の席に座りながら慎吾は達彦を見つめる。

(俺じゃ駄目なのか?)

 

 

 

「ぼん、ご機嫌ですね」

帳簿を見せていた井上が優希を見つめる。

「いつもと同じですが・・・」

いや、確かに口元が緩みっぱなしだ・・・

「いい事あったんですか?」

「別に」

昨夜、恐る恐る郁海の提案通り、おやすみメールを送ってみた。

思いがけず、すぐに返事が届き、今朝も調子に乗っておはようメールを送った。

こんな、ままごとみたいな事は大学時代、彼女として以来、長くしていない。

あの頃は、先方から来たメールに返事をするのも億劫で、女は何でこんなにしつこいのかな・・・などと思っていた。

別れて一時間もたたないのに ー会いたいー と言ってくる・・・・

しかし、今になってその気持ちがわかる。

「とにかく、目を通してもらうものは多いですから、忙しいですよ」

と帳簿の山をポンポンと叩く。

しかし、今日は楽しく頑張れそうな気がした。

 

今まで恋愛をしてきたと思っていたが、付き合っていた女学生達を、自分は真剣に好きでなかった事を実感する。

こんなに世界が美しく思えたのは初めてだ。何もかもが愛しくてたまらない。

恋をするという事はこういうことなのだ。仕事の合間に携帯に頬ずりしている自分がいる。

鬼頭の後継者が、正真正銘のデレデレになってしまったこの事実・・・・危機感を感じつつも幸せだったりした。

 (伊吹もこんな感じやったんかなあ・・・)

だとしたら、龍之介も伊吹も幸せだろう・・・羨ましくもある。

交際しているわけでも、恋人になったわけでもないのに、この浮かれようは自分でも驚く。

イカれているとしか思えない。

しかし、生きる意欲は湧いてくる。仕事も無限大にこなせる気がする。

龍之介がヘタレから脱出できた訳を思い知る。

「井上さん・・・愛の力は偉大ですねえ・・・」

(はあ?)

突然変なことを言う優希に驚く井上。

「・・・ぼん、彼女でもできたんですか?」

「そんなんとちゃいますよ〜」

彼ですが・・・・

明らかに浮かれている優希に井上は苦笑する。

「よかったですね。最愛の人を見つけてほしい、それが8代目の願いじゃないですか〜」

最愛・・・達彦がそうなれるのか・・達彦にとって自分が最愛という存在になれるのか・・・・

しかし、もしそうなれたとして、相手は警察官。前途多難だ。

これからの波乱を思うと夢がしぼむ・・・

はあ〜〜〜〜

いきなりため息の優希に、井上は眉をしかめる。

(どうなってるんだ・・・)

とにかく井上は傍で、挙動不審な優希にあきれるばかりだった。

(ぼんが、いきなりおかしくなった・・・)

何日か前の鬼頭優希とは別人である。

自信たっぷりで、強く雄雄しい鬼頭の後継者はどこに行ったのだ?

確かに、まだ22歳。悩みも、挫折も多い若者なのだろうが・・・

また、色々な試練を乗り越えて人は成長するのだ、22歳で悟りきって完成したような振りをしても、所詮は付け焼刃・・・

龍之介も襲名して、組長をしながら乗り越えてきたものも少なくないだろうし・・・

などなど、一生懸命、理解しようと努力中の井上。

一応、龍之介から優希を任かされた身の上である。

 

しかし、仕事はちゃんとこなしているので、何も言わないが・・・

 

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