運命の始まり 9
「それやったら、連絡くれたら・・・」
優希の言葉に、達彦は力なく首を振る。
(ああ・・・そうか)
やくざと警察が接触することはよくないだろう。
「俺、やくざやから・・」
「いいえ、そうじゃなくて、会うと甘えてしまいそうだから」
「甘えてええですよ。ウチの親父も、ああ見えて甘えたですから」
え・・それは意外だった。
「大事な人の前では、ホンネだけで生きてるんやそうです。そうせんと、こんな世界で生きて行かれへんから」
ああ・・・そうなのだ。人はやはり安息所が必要なのだと思った。
「いいんですか?優希君は。」
「八神さんには頼られたいなあ・・一緒にいるとホッとするし、なんでかなあ・・」
確かに、長い付き合いの慎吾よりも優希の方が心が近い。想いの深さは時間の長さではないのだ・・・・
「女々しいとか言われたくなくて、肩肘張ってきたんですが、結構疲れますよね」
職場では決して見せない達彦の素顔、幼馴染の慎吾でさえ知らない達彦の本音・・・
「俺もそうですよ、親父も。八神さんが特別弱いとかとちゃいますし」
男は少なからず、そういう強がりをしている。
「何処かで息抜かんと、しんどいですよ」
ふっー 達彦は笑う。慎吾には無い素直さ、率直さ、温かさを優希は持っている。
「ありがとう、鬼頭君と話すとほっとします。」
そこへ達彦の携帯のベルがなった。
ー達彦、いまどこ?−
慎吾からだった
「家に着きました、そっちは・・・盛り上がってるようですけど・・・」
慎吾の背後から、色々な酔っ払いの声が聞こえてくる。
ーうるさいか?もしかして・・・今、誰かと一緒か?ー
どきっ・・慎吾のカンは侮れない。何の根拠も無く探り当てる・・・
「一人に決まってるじゃないですか・・・」
と笑って見せるが、心中は怯えている。
ーふ〜ん、おやすみ。また明日ー
そういって切れた電話、後味が悪い。
自分が清廉潔白で無いことを知っているから。
偶然に会っただけ、という言い訳で優希に遅らせ、さらに自分の部屋に連れ込んだ・・・
(後輩に会って、部屋でお茶するくらい普通じゃないか・・・)
そう思う、なのに何故後ろめたい?
自覚無しの下心・・・
また、あの時のように何かが起こればいいと思っている自分。
気付かない振りして、実は全身で意識している。
ソファーに座り、横を向くと至近距離に優希の顔がある。
「三浦先輩からですか?仲いいですねえ・・・」
優希もカンも鋭い
「小さいころからずっと一緒で、慎吾君は私と違って男らしいし、自信家で、優秀で。だからプレッシャーになってて、
負けないよう、比べられないよう、頑張ってきたんです」
優希には、それが意外だった。慎吾は達彦を保護して守っているように見えるのに、達彦は慎吾をライバル視しているとは・・・
「信吾君が私に優しかったり、守ってくれたりすると、見下げられているような気がして焦るんです。変でしょう?」
「負けず嫌いなんですね」
「嫌な奴ですよね?」
肩を揺らして笑う達彦を優希は引き寄せる。
「いいえ、普段肩肘張ってる人が、自分にだけホンネ言うてくれるのって、ぐっと来ますけど。」
達彦の思惑通りに事は運んでいる。しかしそれを相手のせいにして、アクシデントにしてしまおうとしていた。
「いとしいて、たまりませんね。」
年下の男に、もたれかかっている自分は人目には無様かも知れない、でも優希には、それほどの包容力がある。
慎吾には無い何かが・・・
ゆっくりと優希を見上げると、優希の大きな瞳とぶつかった。
警察官でも警部でも、八光りでもない、八神達彦がその大きな瞳に映し出されている。
慎吾の前では、いくら幼馴染でも、警察官でしかない。プライベートでもその仮面は脱げない。
なのに優希の前では容易に一人の人間としていられる・・・
心地よい感覚に目を閉じる。静かに落ちてくる優希の唇を受け入れつつ、永遠の一瞬を感じる。
しかし、至福の時は長くは無い。
「すみません、また酔うておかしなことを・・・」
一瞬のミステイクを、達彦は優希のせいにし、優希は酒のせいにする。
「携帯を3分間だけ貸してくれたら許しますよ」
え?首を傾げつつ優希はポケットから携帯を取り出す。
「何をするんですか?」
達彦は携帯を受け取ると、自分の携帯の番号を入力した。
「私のプライベートの携帯番号です。家族と連絡を取る以外は使っていません。
この携帯の存在自体、家族以外知りませんので、私の名前やイニシャルを入れないでください。
そして誰にも言わないでください、慎吾君も知りませんから。」
確かに、達彦のその携帯からは警視総監の携帯にかけられるのだから、秘密にするしかない。
おそらく、父も兄も、同じように携帯を使い分けているのだろう。
「ええんですか?俺に番号教えて?」
達彦はうなづく。共犯者になる為に、自ら優希に連絡先を教えた・・・・
「なら・・・理沙で入力します」
「何ですか?理沙って?」
確かに女の名前の方が怪しまれないが・・・
「モナリザのリサ」
達彦は絶句した。大学時代のあだ名を優希がまだ覚えていたとは・・・
「人前ではその携帯はとりませんから。メールを残して下されば後で連絡します。」
「八神さんて、スパイ大作戦みたいな事してはるんですね・・・」
それだけ危険な仕事だと言う事だろうか・・・家族揃って・・・
優希は立ち上がり、斉藤に車をまわすように言いつけ、玄関に向かう
「ご馳走様でした。帰ります」
子供のように無邪気な笑顔を残して、優希はドアの向こうに消えた。
「これで50−50です。」
そっとつぶやく・・・
踏み出してしまったことには後悔しないが、これから険しい道であることは察しがつく。
へたをすれば父も兄も巻き込むかも知れない。その前に辞職するしかない。
警察官に未練は無い。天職とも思っていない、もとから向いていないのだ。
動き出す運命には逆らえない。そう感じていた。
「気持ち悪いですよ、優希さん。なにニヤけてるんですか」
風呂上りに携帯を手にリビングでニヤニヤしている優希に郁海は顔をしかめる。
こんなに緩んだ優希は初めてだった。
「すごい美人が携帯番号教えてくれたんだ〜」
「ナンパですか・・・」
「大学時代のマドンナに再会してさ」
「元カノでしたか・・・」
ははははは・・・・
と色気の欠片も無い郁海は笑う
「つーか、つり逃がした魚かな。」
「いいですねえ・・・モテて」
少し羨ましかったりする。
「その人も、優希さんの事好きなんですね」
と郁海はコーヒーのカップを渡す
「そうかなあ・・・」
自信は無い・・・
郁海はため息をつきつつ、優希の隣に座る。
「嫌いな奴に携帯番号教えませんよ。連絡ください って事でしょ? 待ってます って事でしょ?」
「マジ!?」
大きな目を見開いて優希は郁海に迫る
「そんなに好きなんですか?珍しいですね」
大学時代の優希の付き合い方を見ていた郁海は、怪訝な顔をする。
決して恋に溺れなさそうに見えた。相手の女学生の方が優希に惚れていて、優希は何処か醒めていたのだ。
「本命なんだ?」
ソファーで郁海と並んで顔を見合わせていると、達彦との事が思い出されて優希は顔を赤くして俯く
(本当に、本気らしい・・・)
郁海は驚く。こんな少年のような初々しい優希は初めて見た。
「おやすみのメールしたら?」
「え!?そんな・・・照れるやないか・・・」
全然似合っていない・・・郁海はひく。不気味でさえある。
(優希さんて・・・実はツンデレ?)
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