運命の始まり 7

 

「ぼんのとこに泊まらはったらええのに・・・私に気ぃ使わんでええんですよ」

ホテルの寝室で、ドライヤーしながら伊吹は龍之介を振り返る。

「はあ?」

ベッドに横たわり、煙草をふかしていた龍之介は眉をしかめる

「こういう時しかないでしょ?父と子の会話」

「本気か?」

にっこり微笑む伊吹の笑顔が、どこかしら憎たらしかったりする。

「私とは、いつでも・・・そやからぼんと・・」

気を使っているのか、煽っているのか、ただの天然なのか、理解しかねる龍之介。

確かに優希は可愛い息子で、龍之介も心配したり気に掛けているが・・・

「あいつはもう、俺を頼ってないから」

優希が龍之介を見る目は、息子が父親を見る目ではない。男が男を見る容赦ない目をしている。

それは昔、8代目を襲名した龍之介が先代、哲三を見る目に似ていた。

「お前には色々話す見たいやけど・・・俺にはなあ」

「私は所詮、組長側近で、ぼんの世話役。そういうことですよ」

優希が見ているのは父、鬼頭の8代目なのだ。なまじ父親以上とか言われているだけに、ライバル意識は並ではない。

父を追い越して当たり前。追い越せなければ敗北者になる。

龍之介は優希の目標であり、道標である。

ただ黙々と互いを意識しあい、自らを磨き上げる為の自分の鏡。

「役割はそれぞれ違う。優希のカウンセリングは伊吹に任せるさかい」

龍之介はただ、優希の前に鬼頭の8代目として聳え立っていればいい。

いつか優希は自らの足で、そこに辿り着き、そして超えて行く。

「そういうこと判ってて、俺を優希んとこに送ろうとするかなあ・・・俺が優希よりお前をとるの確認したいんか?」

そうかも知れない・・・伊吹は苦笑する。

時々、龍之介の愛情を確認しようとする、子供っぽい自分の一面を自覚しては、自分であきれている伊吹・・・

ため息と供にドライヤーをしまい、ベッドに腰掛ける

「なぜなら、貴方は私だけのモノではありませんから・・」

永遠の宿題・・・

伊吹だけのものになりたいのに、龍之介には組があり、聡子がいて、優希がいる・・・

それでも、自分は伊吹のものと言いたかった。いつもそこで行き止まっている。

ふっ・・・

笑って、龍之介は煙草の火を消す

「それは、逆に言うと、俺を自分だけのものにしたい、ちゅう事やろ?」

年々、父親の深みが出てきて、大人の男になった龍之介の新しい魅力に伊吹は目を見張る。

自信満々のうわべに見え隠れする甘い雰囲気、鋭いばかりの20代を終えて渋みを増していた・・

「期限付きで、なれるぞ」

確かに・・・そこには誰も介入を許さない2人だけの時間があった。

何十年もの間、繰り返されてきた逢瀬、変わらない想い・・・

「朝まで・・・独占してええぞ」

 はははは・・・

笑いながら伊吹は横たわると、龍之介の頭を自分の腕にのせる

「それで・・・ぼんのことなんですが・・・」

おい!

眉間にシワが寄る龍之介。

「このシチューエーションで、ガキの話は反則やろ!」

「すみません。気になったもんで・・・」

実は龍之介と2人っきりになっても、レストランでの優希のことが気に掛かっていたのだ。

「何が?」

「思い過ごしやとええんですが・・・あの警部のこと・・・」

龍之介は目を閉じる・・・・

確かに・・・八神達彦。彼には伊吹と同じ包容力を感じた。優希が伊吹を慕うように、彼を慕っても不思議は無い。

が・・・・

「サツや無いか・・・無理や。情夫(いろ)にもでけへんぞ。」

そんな苦しい道を優希が行く事は我慢できない。

「怒ったり、反対したらあきませんよ。今のところなんとも言えませんし・・・ただ、あの時、

先代が私らの事、許可しはったその時の気持ち、忘れんといてください」

親として、心が痛まないはずは無い・・・あの時も・・・

伊吹を息子のように思っていたなら・・・龍之介のこれからを思うなら・・・

それでも哲三は受け入れた。

「覚悟は必要やと言うことです」

「まさか、サツが優希と、どうこうなるとは思えんし・・・心配はないやろ・・・」

「もし・・・ぼんが鬼頭捨てることになったら・・・」

あまりの龍之介のへタレ具合に、父哲三は昔、組をたたむ事も考えていたと言う。

器のないまま襲名すれば下克上は免れない

組長を組の中から選ぶにしても、伊吹に譲るにしても、内部闘争は避けられないからだ。

「優希の為やったら、俺も組たたむ決意は出来てる。そうなっても、お前はいてくれるやろ?」

「死んでも、龍さんの事は離しません。姐さんにも、ぼんにも渡しませんから」

うん・・・龍之介は頷いて伊吹の首に腕をまわす。

「よう言うた。コレでハラ決めた」

龍之介の顔が近づき、伊吹の唇に触れる・・・

優希が辛い恋をしなければいいと願う・・・しかし、辛くても、最愛がいないよりはいい。

ただ一人の最愛に出会えないよりは・・・それが龍之介の結論。

「もしそうなっても、優希は後悔せえへんと思う」

伊吹のバスローブの襟に、龍之介の手が滑り込む。そして、かなり薄れた肩の傷跡に触れる・・・

「俺が・・・後悔してへんから、あいつもきっと・・・」

唇がふさがれ、言葉は途切れた。伊吹の涙が龍之介の頬に伝わってくる・・・

(泣くな・・・)

そっと伊吹の背に腕をまわして抱きしめる・・・

切なさも、悲しさも総て飲み込んだ先に絆は作られる。同じ痛みを感じることさえ悦びだった。

 

もし、優希がその道を選ぶのなら・・・・

 

見守ろう・・・・そう思う。

 

 

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