運命の始まり 4
達彦が、大阪での報告書を書いていると、三浦慎吾がやって来た。
「お帰り、また伝説作ったな。今度はやくざに詫び入れか?」
柔らかい外見とは裏腹に、達彦は頑固である。自分を曲げない。処世術がまるでなっていない、
長いものに巻かれろという言葉は彼の辞書には無いらしい・・・・
父親の後ろ盾が無ければ、すでに上司に潰されているだろう。
「やくざでも一般人でも、間違えたら謝るべきでしょう?」
そんな純なところに惹かれてはいるが、少し危なっかしさを感じる慎吾。
「相手が鬼頭だったからよかったものの・・・」
そこまで言って、はっと気付く。
「鬼頭というと・・・あの学園祭のナイト、鬼頭の一人息子だったな」
よく覚えているなあ・・・・達彦はあきれる。
慎吾は記憶力がいい。が・・・そこまで記憶していたとは。
「会ったか?鬼頭優希に?」
え?達彦は顔を上げる。名前まで何故記憶している?慎吾は保健室で起こったことは一切知らないはずだ。
彼にとって、優希はただ、達彦を女と勘違いしてアプローチしてしまった、間抜けな後輩でしかない。
なのに・・・・
「いいえ」
何故、嘘をついたのか判らない。でも嘘をついてしまった。
「あいつ、いい男になってるだろうな・・・」
何故、慎吾が鬼頭優希にこだわるのか判らない。従兄弟の友達、それだけではないか・・・
今は青木と優希も付き合いは無い。
「鬼頭の組長は、なかなかの大物でしたよ」
わざと優希の話題から、話をそらしているのが判る。
「もう少し、世渡り覚えろよ」
肩を軽く叩いて、慎吾は自分のデスクに座る。
腐れ縁でここまで一緒に来た。が・・・自分も慎吾も警視の空き待ちだ。昇進すれば配置換えになる。
何時までも同じ部署にはいられない。慎吾は達彦を垣間見る。幼い頃から見守ってきた幼馴染。
純粋で清らかで、勇敢な達彦・・・自分だけが彼の一番近くにいると信じていた。のに・・・・
鬼頭優希、彼は慎吾を脅かす存在である。たった数時間で、達彦の心に住み着いた。
達彦の言葉、仕草、視線一つ一つを見逃さない慎吾には判る。
達彦は優希に好意を抱いていると・・・それが人間的なものなのか、恋愛感情なのかはわからない。
が・・・
明らかに気にしている。嫌な予感がした・・・大阪で達彦は鬼頭組と接触した、それは慎吾の不安を最大限に広げた。
慎吾は見かけでも、性格でも人にモテた。
長身にガッシリした体型、そこに愛嬌のある細いタレ目がチャームポイントだった。
一方・・・鬼頭優希は同じくらいの長身にしなやかな体躯、見ようによっては幼く見え、ある時は限りない強さを秘めた
大きな瞳をしていた。その瞳がとても魅力的に思える。達彦が彼に惹かれても当然なのだ・・・・
(後から来た、やくざの息子なんかにとられてたまるか・・・達彦は俺のものだ)
鬼頭は大阪にある。もう会うことも無いだろう。そう思い心を落ち着けようと努力した、しかし後から後から不安は湧いてくる・・・・
そんな慎吾の気も知らずに、達彦は書き上げた報告書を持って部屋を出て行った・・・・・
優希が自室で荷物をまとめている時に、伊吹が入ってくる・・・
「ぼん、あさってには東京行きますが、準備できてますか?」
組長の龍之介に付きっきりの伊吹ではあるが、昔から、優希の教育係として気を使い、時間も割いてくれていた。
「ああ、もう別にコレといった準備は無いしなあ・・・」
今回の準備はスーツを数着作る程度だろうか・・・
「ぼん、これからは社会人ですし、周りからは”鬼頭組の後継者”ちゅう目で見られます。充分行動に気ぃ付けてくださいね。」
優希は頷く。父親より出来た息子。将来が楽しみ・・・そんな声をよく耳にした。そして、それが優希のプレッシャーだった。
「俺、ホンマに親父よりデキがええんか?」
今の父親を見ると昔へタレだったという噂は信じられないし、自分が昔の父親よりも出来がいいとは思えなかった。
「少なくとも、組長はそう思うてはります。」
にっこり笑って伊吹はそういう。
「伊吹はどう思う?」
優希は伊吹の太鼓判が欲しかった。父親を教育して襲名させたという伝説の藤島伊吹の・・・
「私から見ても、ぼんは立派です。」
そう言うと、伊吹は聡子から頼まれたコーヒーとケーキのトレイをテーブルに置く。
優希はテーブルの前の椅子に腰掛け、カップを手に取る。伊吹も優希の向かい側に腰掛ける・・・
「ホンマに、親父は二十歳前後にいきなり成長したんか?」
はははは・・・・
伊吹は大笑いする
「ありえませんが・・・ホンマです」
「それ、どういうこと?」
それは伊吹にも判るはずが無い・・・きっかけは・・・多分あるが・・・
「19の時に情夫(いろ)持ったんとなんか関係あるんか?」
訊きにくい事を平気で訊かはるなあ・・・伊吹は苦笑する。
自然に、なんとなく優希には、龍之介と伊吹の関係はバレていた。
「先代もそうやったとお聞きしましたが、愛する者を守ろうとする力が人を強くする。へタレてられへん状況になると、
しっかりしてくる・・・という事ですか・・・」
先代に仕え、龍之介を育て、龍之介の側近となった伊吹。優希には、鬼頭の生きた歴史のような存在である。
「精神的成長はそれで判るけど・・・気合で背が伸びるとは思われへんし・・・」
心当たりは無いわけではないが、なんとも言えない伊吹である。
「栄養剤でも飲んだんか?」
とフォークを取ってケーキを突付く優希に、伊吹は笑って首を降る。
「飲んでませんが・・・ビタミン愛 の摂取はしておりましたねえ・・・」
はあぁ?・・・・優希はいつもの伊吹らしからぬ発言に目が点になる。
確かに、子供の頃おんぶにだっこで育てられ、コワモテというより、オカン的イメージはあったが、
龍之介に対しては、かなりあっさりしていた。子供の頃、龍之介が伊吹にベタベタだったと聞かされても
イメージが湧かない。そういう甘さを二人は感じさせない。そんな二人の裏側を垣間見たようで後ろめたい気がした。
「親父は・・・お前には甘えるんか・・・」
ふっ・・・余裕の笑みを浮かべて伊吹はそれを受け止める。昨日今日の仲ではない、
お互いを知り尽くした、一心同体的な余裕だ。
「組長が息抜けるところは、5歳の頃から傍にいた私だけなんですよ」
それは羨ましい事だった。自分には安息所が無いが、龍之介には5歳の頃からそれがあったのだ・・・
しかし、息を抜く龍之介も想像できない。優希が知っている父はクールで鋭利な刃物だった。
幹部達の言う、天然微少年の面影は想像もつかない。
「羨ましいな・・・最愛を見つけられた親父が羨ましい」
伊吹は微笑む、いとおしい我が子同然の優希。最愛の鬼頭龍之介の血を引く鬼頭の後継者・・・
「ぼんも、見つかりますよ。いつか・・・」
しかし、伊吹はどうか、その最愛が自分と龍之介のように苦しいもので無い事を祈る・・・
それでも、自らは後悔はしていないが、龍之介は苦しんできた。その横で心が痛む事は一度や二度ではなかった・・・
「伊吹・・・もし・・・」
言いかけて辞めた。
もし、相手が男だったら・・・しかも・・・刑事だったら・・・・
しかし、忘れられない。八神達彦・・・
そのうち忘れると思っていたのに、思いは募るばかりだ。
言えば反対される事はわかっている。だから・・・言えない。
しかも、達彦が自分を受け入れる可能性は、ほとんど無いのだから。
本当に羨ましい・・・惚れた相手に惚れられていること。ずっと一緒にいられる事。
「伊吹、お前は親父との事、後悔してないんやな?」
龍之介も後悔していないはずだ。どんなに苦しくても二人で乗り越えて来たのだろう。
「後悔は無いですよ」
一生一人身。独身貴族・・・そんな鬼頭のカリスマの正体は、組長の情夫(いろ)
一方、龍之介は妻も子もいるというのに・・・・・それでも、後悔は無いというのか・・・
「私は、最愛の微少年を、この腕に抱けただけで充分ですから」
聞いていて優希のほうが恥ずかしくなる。
いまや揺るがない位置を築いた鬼頭の8代目を、唯一操縦できる人物である彼は、龍之介を溺愛してメロメロだった・・・・
「息子の俺に、ようそんな事いうよな・・・」
龍之介そっくりの瞳が伊吹を見る。全体の大人びた雰囲気が、この大きな瞳のお蔭で少し和らいでいる。
「こういう状況自体が、異常といえば異常ですよね」
それを自然に受け入れている自分が、優希には不思議である。
「俺は気に入ってるし。親が3人おるのは悪うないな」
伊吹は微笑む。優希がいてくれて幸せだと思う。
「私にとっても、ぼんは息子同然ですから」
なんとなく、伊吹にだけ甘える龍之介の気持ちも判る気がした。
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