運命の始まり 2

 

  

大阪のとある警察署、長髪を後ろで束ねた眼鏡の男が、捜査一課のドアを開けて入ってくる。

「課長、さっき廊下ですれ違った二人組、今回のヤマの・・・」

デスクに座っている課長、山本はため息混じりに書類を差し出す。

「あ、八神警部。そうや、鬼頭組の組長や、真犯人見つけて突き出してきよった、こいつ捕まえたら

このヤマは一件落着やな」

と真犯人の写真の入りの書類を指差す。受け取って、確認する八神達彦。

「わざわざ、東京から助っ人に来てもろうたのに、あっけなく終わりましたなあ・・・」

 東京で起こった、覚醒剤の売買に絡む殺人事件を捜査中、容疑者が大阪のやくざだと判明し、

達彦は調査報告書を持ってここにやって来た。

来て早々、ずさんな調査で見当違いな組を、充分な証拠も無しに引っ張ってくる事に疑問を感じていた。

出頭した鬼頭組組長、鬼頭龍之介は紳士だった。言われの無い罪を問われて、冷静に静かに否定した。

側近として同行していた藤島伊吹も、やくざにしておくのはもったいないような人格を備えていた。

どう見ても違うでしょう・・・

そう言いたかった。警察官として、人を見る目は養ってきたと自負している。

誤認逮捕は警察の信頼を失う行為だ、ましてや やくざに容易く濡れ衣を着せるなどとは言語道断。

難癖付けられるのは目に見えている。

仕方なく達彦は一人、真犯人を探す為に単独行動していた、その矢先・・・・

伊藤次郎・・・写真の下の名前を読む。今日調べた容疑者3人の中に彼がいた。

おそらく、間違いない。さらに詳しく、彼の容疑が証明されてあった。

(自分で濡れ衣を晴らすとは・・・)

鬼頭龍之介、天晴れなやくざだ。それにしても気になる、鬼頭と言う名を、どこかで聞いたような気がしていたのだ。

「ところで課長、どうされるおつもりですか?」

は?山本は驚いた顔を上げる

「捕まえたら終わりやろ?犯人。」

達彦はため息をつく

「あらぬ疑いをかけた上、真犯人まで探して貰って、鬼頭に何かする事あるんじゃないですか?」

「いや・・・別に。あいつらは自分の身を守る為に、真犯人探しただけやし・・・」

あの・・・原因は?達彦は限りなくあきれる。

「元はといえば、罪も無い組に疑いかけたのが原因でしょう?」

「そういうことは、ようあるよ・・・あいつら、やくざやいうだけで、もうアヤシイ存在なんやから。」

それでいいのか?国家権力。情けなくなる達彦。

「今回は、相手が紳士だったから、よかったようなものの、ウチが逆に訴えられたり、殴りこまれて

嫌がらせされる事もあるんですよ。」

「そんなん恐れてたら、サツやってられへん」

あのう・・・覚悟するところが違います。

「正義の問題ですよ正義。・・・・判りました。失礼致します」

一礼して去って行く達彦を見送りつつ、山本はため息をつく。

「全く・・・エリートのぼんぼんは笑わせてくれるな。正義やて、もうそんなん死語ちゃうか?」

傍にいた刑事たちも相槌を打つ。

「あいつ、警視総監の息子で、警視監の弟で、七光りならぬ八光りのサラブレットです。東京の警察では

知らない奴はいませんよ。さらに囮捜査専門要員で、女装して犯人捕まえて表彰されてます」

「女装?・・・それであんな頭しとんのか。」

「課長が切るなと煩いんですよ」

アホか・・・・山本はあきれる。25歳の青年に説教された50歳の課長・・・

 「あいつ今、警視の空き待ちですから、そのうち警視になって・・・管理職に就くとなると、

囮するも今のうちですよね。」

羨ましい・・・そんな感情が室内を駆け巡った。

 

 

次の日、八神達彦は関西鬼頭組の門をくぐった、後ろに菓子折りを持った部下、金多幸助が続いた。

「組長にお話があって参りました」

一旦、客室に通し、高坂は伊吹の所に行く。

「兄さん、サツが、組長に会いたいと・・・」

玄関で警察手帳を見せられて怯えている高坂。

「まだ、なんか用でもあるんか?」

伊吹は立ち上がってっ客室に向かう。

客室にいたのは、長髪の刑事と、小柄な気の弱そうな刑事。

「まず、用件をお聞きしたいんですが。それから組長に取り次ぎます」

「この度、こちらの不注意で鬼頭さんに多大なご迷惑をおかけしたので、お詫びに参りました」

え・・・・

伊吹は固まる。わざわざ謝りに来た?

「人を疑って犯人捕まえるのは、そちらさんの仕事、謝ってもらわんでもええです」

「いえ、誤認逮捕は、あってはならない事。信用問題です。それに正義を司る警察としては、間違えば

謝罪するのが道理ではありませんか。それが法を司る者の使命と思っています」

はああ・・・・・・

信用、正義、道理・・・死語になった言葉だと思っていた・・・

「なんや、伊吹。サツがまた文句言いにきたんか?」

心配になって龍之介が入ってくる。

「鬼頭さん」

達彦は立ち上がる

「この度は申し訳ありませんでした」

と、いきなり土下座を始めた。

え!!!

顔面蒼白な龍之介と伊吹、そこへ、お茶を運んできた高坂がそれを目撃して、慌てて飛び出す。

「高坂・・・どうした?サツが来たって・・・大丈夫なんか?」

心配して二階から降りてきた優希が、客室の前の高坂に聞く。

「ぼん・・・えらいこっちゃ・・・」

高坂の様子に驚いた優希は、客室のドアを開ける

「親父!」

そこには、父、龍之介の前に土下座する刑事の長髪があった・・・・・・

「こちらの不祥事、お許しください」

突然乱入した優希を見て、伊吹は慌てて達彦の肩に手をかけ、起こす。

「頭上げてください、困ります」

「お許しくださるまでは・・・」

「許す許さんも・・・怒ってへんから、土下座はやめてください」

厳しい龍之介の言葉に、達彦はやっと頭を上げた。

「座ってください。何事ですかそれ。国家権力にかかわりますよ。」

そして、ドアを開けたままフリーズしている優希を見る。

「優希も。断り無しに、客人のいる客室にいきなり乱入とは何事や」

一旦静まった室内。

 

「で・・・ウチのお礼参りを恐れて、詫び入れに来たのとは違うみたいやけど」

龍之介は煙草をふかし始めた・・・

龍之介、伊吹、優希、そして達彦、金多はソファーに座っている。

「私は、間違った事をすれば、たとえ子供にでも、謝るのが筋だと思っています」

達彦の目に恐れは無い、むしろ強い、挑みかかるような目をしている。

「子供はええとして・・・ウチはやくざやからな。人間のカスやろ?」

どうせ世間ではそう思われている、それを否定しない。

「そうは思いません、どんな職業についていても、どんな罪を犯していても、人には人権があります。

それを守るのが私達の仕事だと思います」

まっすぐ過ぎる、あまりに綺麗過ぎて、この世では生きていけないような気がした。

「そうか、よう判りました、理想論で夢ではあるけど、あんたのその思想は気に入った。名前聞いてええか?」

優希は息を呑む、間違いない。あの人だ・・・・

「八神達彦と申します、階級は警部です」

こんなところで会うとは・・・しかも警察官になっていた。

「その信念、曲げんと最後まで行って欲しいな。」

はい・・・少し微笑んだ達彦の口元に昔の面影を見る。ちっとも変わっていない、モナリザの君。

「それから、もうこんな事はしたらあきません。かえってやくざを付け上がらせる。

ウチみたいなやくざばっかりちゃうからな」

「それは、判っています。鬼頭さんは、本物の任侠の人です。」

はははははは・・・・龍之介は笑う。

「八神さん、俺はあんた好きや。サツにもホネのある奴おったんやな」

達彦も龍之介が人として、好きだと思った。

 

「では、失礼致します・・・」

鬼頭組を辞して署に帰ろうとする八神を、優希は追いかける。

「先輩、覚えておいでですか?」

振り返ると、懐かしい思い出の青年がいた。

「鬼頭優希君?・・・あ、鬼頭って何処かで聞いたと思っていたんですが、君の家だったんですね」

謝罪に一生懸命で、乱入してきた優希を気にする暇もなく、今、ようやく知る。

「いつか、ゆっくりお話したいんですが・・・」

ははは・・・達彦は笑う

「明日には東京に帰るから。今夜何処かで飲みましょうか?」

優希は、出来たばかりの鬼頭商事支店長の自分の名刺を渡す。

「これ。携帯に連絡ください」

頷いて受け取ると、達彦は立ち去る。

 

「警部、やくざと接触するのは危険です」

金多が、駐車場に止めてある車の運転席に乗り込みつつそういう

「やくざじゃなくて、後輩ですよ、大学の」

「法学部ですか?」

「彼は英文科です」

え・・・・・

首を傾げつつ金多は車を走らせた・・・・・・

 

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