運命の始まり 1
卒業後、大阪で少しの間のんびりする優希。
相変わらずの鬼頭組は居心地がいい、しかし、何か問題が起こったらしく、龍之介と伊吹の姿が無い。
「南原、なんかあったんか?」
今では、三人の娘の父となった南原圭吾は、組長の留守を守っていた。
「それが・・・ぼん、一大事ですわ。ウチが覚醒剤取締法違反と殺人罪で調査受けてますんや・・」
え?優希は言葉を失う。
「鬼頭はそんなもん扱ってないやろ?それとも下っ端がやらかしたんか?」
鬼頭は代々仁義を重んじ、人道に反する行いを遠ざけてきた。今でもかたくなにそれは守られている、
「全くの濡れ衣ですわ。何年か前に、素行が最高に悪い子組を切ったんですが、そこの下っ端がやらかした事を、
ウチのせいにしてきよるんです。全く・・・サツちゅうのは・・・」
優希はため息をつく。いくら正しいやくざでも世間的にはやくざ、暴力団もなにも同じ扱い・・・
警察が一々そんな事、知るわけが無い。こちらの言う事など聞きもしないだろう。国家権力はそんなもの・・
「そしたら、親父と伊吹は事情徴収に引き立てられたんか?」
「いえ・・・それはすでに、証拠不充分でお咎め無しですが・・・組長がキレはりまして・・・」
「殴りこんだんか!」
滅多に怒らない、怒りの表情さえ見せず、その冷たい冷ややかな微笑で、周囲を威圧して黙らせる龍之介が、そのような過激な行動に出るとは・・・
「ぼん、落ち着いてください。国家権力も堅気です。堅気相手に殴りこみは、組長に限ってありませんし。
そうやのうて、真犯人と、ウチがこの件に関与してないと言う証拠書類もって、直々に汚名晴らしに行かはったんですわ。」
真犯人を・・・警察の手助けまでしたのか・・・ご苦労な事ではないか。
「よりにもよって、鬼頭にそんな疑い掛けるやなんて、どうかしてますねえ・・・」
「せち辛い世の中やなあ・・・」
と煙草をふかし始める優希・・・
「ぼんは、かな〜り落ち着いてはりますねえ・・・」
え?優希は南原を見上げる
「変に貫禄ありますね・・・組長の子とは思えませんわ」
ふっ・・・優希は苦笑する。龍之介よりも、伊吹の血を受け継いだのかも知れない。DNAのレベルでなく、精神的なレベルで・・・・・
「でも、そんなに親父はへタレやったんか?想像つかんわ」
そうでしょうねえ・・・南原は頷く。今の姿からは想像もつかないだろう。
「昔は、天使の笑顔で周りを軟化させるという、殺人微笑という技を持っていました・・・藤島の兄さんは、それにやられて甘やかし放題・・・
おんぶに抱っこ、おやすみのおでこにちゅー・・・いや、もうあの頃は・・・」
聞けば聞くほど、信じられない事実が判明する。
「そんな親父でも、襲名できたんやな」
「それが、20歳直前にいきなり背か伸びるわ、声変わりするわ・・・あっという間に今の組長のなったんです」
インスタントか?優希はあきれる。
「それも藤島の兄さんの努力の賜物。それに比べて、ぼんは順調に成長しはりましたね」
幹部達は高校生、大学生時代の龍之介を知っている。時々聞かされる話は、本当に未知の世界だった。
こうして、よく昔から事務所で、事務処理中の南原に昔の話を聞くのが優希の楽しみだった。
特に、今は若い衆をまとめている高坂が、まだ新入りだった頃の天然ぶりは興味深い。
「南原さん、お茶にしましょう」
聡子がコーヒーと茶菓子を運んできた。
若い頃から、年より若く見られていた聡子は、今では龍之介より年下に見える。
年々若返り、60歳には女子高生になるのではないかと、龍之介に茶化されている。
「姐さんお構いなく・・・」
そういいつつ、コンピューターのデスクから中央のテーブルに移動する。
「優希が仕事の邪魔してるんじゃないですか?」
笑いながら聡子は、コーヒーのカップとお茶菓子をテーブルに置く。
「いいえ」
優希は、こんな時に何事も無いような顔をしている聡子にあきれる
「お袋、組、えらい事になってるのに何で黙ってたんや?」
少しむっとして優希は呟く
「あ、聞いた?大丈夫よ。伊吹さんが解決したから。ウチには何の落ち度も無いんだから、調べられても何も出てこないわ。」
さすが、どっしりと構えている鬼頭組の姐。
でもなあ・・・
心配な優希、しかしそれくらい図太くなければ、やくざの姐は務まらないのだろう。
実家も吉原組という筋金入りの血統書つきである。
「今までで一大事だったのは、淀川の内部闘争の時だけよね・・・後はもう・・・」
え・・そうなのか!そうなのか?・・・優希は首をかしげる。
「優希もこんなに立派に育ったし、心配ないわ〜」
本当なのか・・・優希は不安になる。
「でも、まだ、龍之介さんは引退する気は無いみたいだから・・・」
着任早々、親組の内部闘争という憂き目に会った龍之介は、若くして優希を襲名させる事をためらっている。
今、組には聡子という姐もいることだし、焦る事は何も無い。
「まあ、覚悟だけは、しておきなさい」
「済みましたか?」
運転手の木村は、車に乗り込んでくる龍之介と伊吹を振返る。
「ああ、待たせたな。とにかく納得させてきたさかい、この件、これで終わりやな」
伊吹は不敵に笑う。
「お前、弁がたつな・・政治家になれるぞ」
龍之介の言葉に伊吹は苦笑する
「なれませんよ。やくざやのに・・・」
そうか・・・龍之介は首をかしげる
「日本国民やったら資格あるんやろ?前科も無いしなあ・・・」
組長・・・・伊吹はため息をつく。
「そんなものには、なりたくありません」
まあ、なあ・・・・龍之介は頷く。彼自身、伊吹を手放す気はこれっぽっちも無い。
「とにかくこんなとこ、二度と来たないな」
車内から警察署の駐車場を眺めつつ、龍之介は呟く。
「せっかく、ぼんが帰ってきてはるのに、顔見てる暇も無かったですね」
「寂しいか?」
「そうですね・・・」
優希が帰省するたび、優希は伊吹に懐き続ける。それが、なんとなく龍之介は気に入らない。
息子が父親の自分でなく、世話役に懐いているという寂しさと・・・
息子に情夫(いろ)をとられたという寂しさ・・・・
「我慢せい、それくらい。俺なんかずうっと・・・」
寂しかった・・・・と言いたい。
「終わったんやから、これからまったりしはったらええですやん」
木村の言葉に、伊吹も龍之介も頷く。
とにかく、優希は、龍之介と聡子と伊吹の大事な一人息子なのだ。
「あいつは、へタレんと男らしゅう育ってくれたし、言う事なしや」
龍之介は満足げだ。
「後は、結婚して、襲名して、後継者さえ生まれれば・・・」
前途洋々・・そう思えた。
しかしそれは、いつか来る嵐の前の静けさだった。
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