初恋の思い出 2
八神達彦は、警視総監の父と、少年課の婦警をしている母と、警視監の兄を持つ警察一家に生を受けた。
なので、自分も警察官になるものだと思っていた。
小さい時から合気道を習わされて、護身術には長けており、頭脳明晰で、父は将来を期待していた。
ただ、子供の頃から礼儀には厳しくしていたためか、言葉が丁寧すぎた。
一人称 ”私” 二人称は”さん” 友達には”君”
必ず敬語。大学生になっても変わらず、小学生の子供にも敬語で話す。
いい事ではあるが、女と間違われるその容姿に、その口調では、女、間違いなしだった。
さらに何故、女と間違われる長髪をわざとしているのか・・・・
それも訳がある。
息子2人で、娘が生まれなかった八神家では、母 美和子が寂しい思いをしていた。
紅一点・・・友達のような母娘関係に憧れていたのに・・・そこで彼女は、可愛く生れ落ちた次男の達彦に女の子の服を着せた。
幼稚園までは、それでもよかったが・・・夫に反対され、女装させる事は諦めた。
しかし・・・譲れないのは、髪。
肩まである黒髪を結い上げて、楽しむクセはなくならない。
母の為に、ロン毛を守っている健気な息子だった。
達彦の父の部下に当たる副総監を父に持つ、三浦慎吾とは幼馴染だ。
彼は細いタレ目の人なっこい好青年。女にもモテる。
男っぽい輪郭に、目だけが優しげなところが萌えのポイントらしい。
慎吾は達彦と呼ぶが、達彦は慎吾君と呼ぶ仲。八神家でも、彼は息子同然の間柄である。
卒業式、達彦の両親は多忙の為、この場には不在。慎吾の父も同様、母は高校生の時に病気で他界している。
いつものことで、慣れている二人は他の友達と写真を撮りつつ、学校生活の最後を楽しんでいた。
「あ・・・」
視線に気付き、達彦は振り返る。
「学園祭の時の・・・彼だな。」
慎吾も気付いていた。
「鬼頭優希、鬼頭組の後とり息子の・・・」
慎吾は、従兄弟の青木から得た情報を思い出す。
「鬼頭組って・・やくざ?」
うん、頷く慎吾。
「関わるな、お前は警察官になる身なんだから・・・」
慎吾に拝み倒されて、仕方なくメイド服を着た学園祭。コーヒーを運ぶ途中で人とぶつかりそうになり、避けたとたん
カップを割ってしまった。
急いで片付けようとして、カップの破片で指を切ってしまったドジな自分・・・
そのとき駆けつけてきた、白馬の王子様・・・
まるでお姫様になった気がした。変な奴に付きまとわれたり、ちょっかい出されるだけだった自分の前に、騎士が現れたのだ。
いつも、自分は自分が守ってきた。当たり前だと思っていた。男なのだから。
だから守られ、保護されると言う事が、とても不思議な感覚だった。
ありえないくらいの、至れり尽くせりな介抱にあっけに取られた。男なら絆創膏でも渡されて終わりではないか?
(女だと、こんなに丁寧に扱ってもらえるのか・・・それとも、彼だからそうなのか?)
そんな事をぼんやり考えていた。
名前を訊かれて、何故フルネームで名乗らなかったのか・・・無意識に、そのまま女と思わせたいと思っていたのは明白だ。
そこまでして、行き着くところは?
隠しとおせるはずも無いのに。それでも少しでも、長くこの微妙な甘美な雰囲気に留まっていたかったのだ。
そして・・・自分を女と間違えて告白してきた優希・・・・その上・・・いきなりキスされた。
それはある意味、達彦が自分で無意識に仕組んだ罠だったのかもしれない。
今までの人生で、女と間違われて告白されたことは何度もあった。いきなり抱きつかれそうになった事もある。
その度に寄ってくる男を取り押さえていた。反射神経も腕力も充分にあった。
なのに、何故あの時・・・
優希に告白されて心がざわめいた、そんな自分に驚いた。いきなりキスされても何の抵抗もしなかった・・・
そのことが今でもわからない。
「男と判っても、忘れられないのかな・・・かわいそうだな・・」
慎吾は呟く。
(私を一目見ようと来たの?)
また不思議な気持ちが湧いてくる。
「ロン毛のお前とも、お別れだな」
慎吾が笑う。警察学校に入れば、丸刈りと言われている。当然、達彦の髪も切る事になる。
鬼頭優希・・・・
もう会う事も無いのだろう・・・そう思うと、切なかった。
いい思い出だった と思う。少し笑えて、甘酸っぱい思い出。初恋のような、そうでないような・・・
はらはら散る桜が達彦の髪に舞い降りる。
髪は母親が望むために伸ばしていた、が、切るのが惜しくなる。
もう、偶然出会っても、優希には、自分が判らないだろう。一目惚れされた長髪の自分はいなくなる。
(終わったのかなあ・・・・)
折に触れて、遠くから垣間見えた優希の姿とも、もうお別れ・・・
仕方が無い、相手は男だ。交際する訳にもいかない。
それに、あれから一度だけ、女と間違えた事を詫びてきたが、それ以降は何の音沙汰も無かった。
男なら用無し・・・そう思えて微妙だったが、それも仕方ない事。
”男でも構わないからつきあってください”と言われたら・・・・それも微妙だ。
一体、自分がどうしたいのかもわからないまま、気持ちを放置してきた。
割り切れない、得体の知れない感情が、人の心の中にある事をはじめて知った。
せめて、先輩後輩として、たまに会って話をする事ぐらい、できればよかったと、今更ながらに思う。
きまりは悪かっただろうけれど・・・・・
そして、青木経由で聞く三浦の話では、同じ科の女学生と交際したとか・・・別れたとか・・・
そんな、まっとうな男女交際をしている優希に付きまとう事も出来ない。
最後に一目会えてよかった、遠くからでも・・・そう思う。
(でも、男女関係無しに、好きだったんだけどな)
ため息は春の青い空に消えていった・・・・
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