初恋の思い出 1
F大の卒業式に、鬼頭優希は紛れ込んでいた。
去年入学したばかりの彼は、もちろん、まだ卒業はしない。
ただ、一目だけでも、遠くから見たかった。初恋のあの人の姿を。
舞い散る桜吹雪の中、卒業証書を片手に微笑んで、記念写真を撮るモナリザの君・・・
黒く長い髪は風に舞い、端正なその姿は一枚の絵。
(諦めきれへん・・・けど・・・)
あの人は駄目だ・・・そう言い聞かす。無残にも散った学園祭の思い出が蘇る。
父の出身校に入学し、大阪から東京へやって来た優希。
祖父、父と2代続いたへタレの血を受け継ぐことなく、逞しい青年に成長していた。
一人暮らしも、そつなくこなし 家事一般は、鬼頭組の組長側近、藤島伊吹の手ほどきで1ヶ月でマスターした。
新しい学校生活にも慣れ、初めての学園祭。この機会に彼女を作って、楽しい学園生活を・・・と張り切っていた。
「鬼頭、おれの従兄にあたる先輩が、ここの法学部にいるんだが、カフェやってて・・・覗きに行かないか?」
同じ英文科の青木弘が、廊下を歩きつつ優希を見る。
「そこ、女子もおるよなぁ?」
ああ・・頷きつつ青木は、優希の耳元でささやく。
「女子はメイド服着てるんだってさ、萌えだろ?」
そうか・・・かなり期待して、ついて行く優希に青木は、さらにささやく
「お前、背高いし、イケメンだから選り取りみどりだな・・・」
確かに・・・言い寄ってくる女学生は多い。が・・・優希の理想が高すぎて、つきあうまで行かない。
それに、実家の事を知ると、無かった事にしてくれと言う娘も大部分だ。
優希は、関西鬼頭組の一人息子、つまり後継者である。やくざの組長に、いずれはなる運命だった。
「そうでもないで・・・」
ポツリと言われて青木は、はっとする。
「ああ・・・そうか」
やくざの息子、とはいえ優希は品行方正で優等生で、見かけも洗練されていて、やくざの”や”の字も見えない。
しいて言えば、関西訛りと、穏やかだが、鋭い迫力のある瞳がそれを髣髴させていた。
にしても、優希は滅多に怒らないし、周りの喧嘩も一睨みで収めてしまう平和主義だ。
懐の大きさ、包容力、人望、男も惚れるようなカッコいい男だった。
「でも、お前はいい男だよな。前から思っていたんだが、どうして優希なんて優しい、女みたいな名前付けられたんだ?名前負けじゃなくて、名前勝ちだよな」
はははは・・・
名前勝ち・・・面白い言い方に思わず大笑いの優希。
「俺の親父の名前は、龍之介ちゅうんやけど、凛々しい名前に似合わんチビのへタレで、襲名は無理とまで言われてたんや。お前の言う名前負けや。それでも今じゃ、氷の刃の異名をとる鬼頭の8代目やけどな。」
ふうん・・・青木は話の先を見た。
「だから、子供には優しい名前付けたのか・・・正解だな。」
「親父の右腕に、藤島伊吹っていうコワモテのカリスマやくざがいるんやけど、本名は正美なんや、あんまり女みたいやから、爺さんが改名させたらしい。そういうこと色々見てたから、俺に優希という名前をつけることにしたと・・・」
それを聞いて、青木は絶句する。こんなにも、あからさまに名前と本体のギャップが現れる人たちも珍しい。
「まあ、それはそうと・・・あっ、ここだ」
と、とある教室に入って行く青木に、優希も続いた。
何処から借りてきたのか、丸いテーブルに椅子が並んだ、おしゃれなカフェが展開していた。
「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ〜」
少しハスキーな柔らかい声がした。
見ると、メイド服を来たロングヘアーの眼鏡美人が笑っていた。
誘われるまま席に着き、メニューを開くと、青木はチーズケーキと紅茶をオーダーし、優希も同じものを頼んだ。
「おい、どうした?」
魂を抜き取られたようになっている優希に、青木はささやく。
「あの娘、めちゃめちゃ好みなんやけど」
え・・・・
奥にオーダーを告げる眼鏡メイドを見つめつつ、青木は言葉を失う。
「そりゃ、美人だけどスレンダーで、胸全然無いぜ?腰も細いし・・・セックスアピールはないぞ?」
優希は、そんな青木を軽蔑の眼で見つめる。
「お前、女子をそんな目で見てるんか?」
そう言われてしょげる青木は、どうも納得がいかない。
「女子に女らしさを求めて何が悪い!」
反撃に出たりしている。
「女らしいやん、清楚な大和撫子やなあ・・・」
いや、清楚より小悪魔がいい。と青木は、コーヒーを載せたトレイを持って通り過ぎるメイドを横目で見る。
プロポーションはヨシ、顔も可愛い、明るく元気な理想像だ。
「いいな〜あの子。」
優希はちらと見てため息をつく。
「何処が?軽薄そうや無いか?」
(女のシュミが違うから、こいつとは友達でいられるのかなあ・・・)
青木はぼんやり考える・・・
「おう!弘、来たか?」
マスターの衣装を着た、三浦慎吾がやって来た。
「慎吾さん・・・」
優希と変わらぬ大男、愛嬌のある細い目に逞しい口元が印象的だった。
「はじめまして、英文科の鬼頭優希です」
立ち上がって挨拶する優希を制して、慎吾は席に着く
「堅苦しい挨拶は抜きにしょうぜ。おごってやるから思いっきり食っていけ」
ははははは・・・・
豪快に笑う三浦を優希は好きになった。
「このカフェ、慎吾さんの提案なんだって?」
「ああ、俺のダチに、ちょうどメイドが似合いそうな奴がいてな、ぜひとも卒業前にメイドさせてやりたくてさあ・・・」
青木と三浦の会話を聞きつつ、優希はさっきのメイドが気になっていた・・・
ガシャンー
カップの割れる音がして、優希はそちらを見ると、さっきのメイドが床にひざまづいて。
トレイから落として割ったカップを拾おうとしていた。
「あっ」
瞬間手を引く、優希はすぐさま彼女の隣に行き、破片で傷ついた指先を、自らの唇に押し当てる。
「おや・・・」
三浦は話をやめて振り返り、お姫様を救いに駆けつけた騎士の姿に目を見張る。
「保健室に行きましょう。手当てせんと・・・」
優希は姫君を連れて出て行った。後には青木と三浦が残される。
「弘の友達、かっこいいね、モテるだろう?」
ニヤニヤしつつ慎吾は茶化す。
うまくやったなあ・・・青木はそう感心せざるを得ない。
「あいつ、あのメイドさんに一目ぼれしたんですよ」
え・・・
慎吾の顔から笑いが消える
「まさか・・・八神は・・・」
「傷が浅くてよかった、心配しましたよ」
手当てを終えて、優希は微笑む。
「ありがとうございます。手際がいいんですね、包帯の巻き方も上手だし」
保健室のベッドに腰掛けたメイドも微笑んだ。
こうしてみると、本当にタイプだった。誰もいない保健室でベッドの上・・・・雰囲気もいい・・・
「俺、鬼頭優希言います、英文科の1年生で・・・」
「あ、年下なんだ、私、八神といいます。法学部の4年生」
年上か・・・優希は驚いた、年上に見えないくらい可愛いのだ。
「あの・・・恋人いるんですか?」
「いません」
これは運命だ、そう信じて疑わなかった。思考回路はショート寸前だった。
「あの、一目ぼれしたんです。付き合っていただけませんか!」
え?!
固まるメイド・・・きょとんとした瞳があまりに可愛いらしくて、優希は我知らず彼女にキスしてしまっていた・・・・
!
瞬間飛びのく優希。
「すみません、セクハラみたいな事しました!あのう・・・」
自分でも信じられない。こんなに自然に体が動くとは・・・初めてなのに。
「怒ってませんから・・・気にしないで」
俯いた八神を見ることも出来ずに、優希は俯く。そこへ・・・
「おい、手当てしたら、現場にもどれ〜」
三浦が迎えに来た
「鬼頭さん、お先に・・・」
蚊の鳴くような声でそう言うと、八神は恥ずかしそうに去っていった。
「鬼頭?」
三浦と供に保健室に来た青木が、様子がおかしい優希に歩み寄る・・・・・
「ええ!」
保健室から出て廊下を歩きつつ、優希は青木から八神の事を聞かされた。
八神達彦、彼は法学部の綺麗どころで、モナリザと噂されている美青年。三浦は彼にメイド服を着せたいが為に、
今回ミステリー同好会でカフェをする事にしたと言う。
最後の学園祭と言う事で、達彦もしぶしぶOKしたらしい。
「男やて?」
「どおりで胸無いはずだ・・・・」
青木は納得していたが、優希は納得できない。
「初恋なのに・・・一目ぼれなのに・・・それに・・・ファーストキス・・・」
あっけなく砕け散った初恋の痛手はなかなか癒えず、男と知れば余計に達彦にしたことが申し訳なく、恥ずかしく
もう、あわせる顔もなかった。
しかし、あれから、何人かの女学生と交際してみたが、達彦ほど好きになれず、すぐ別れてしまう。
校内で出会うことは難しく、とうとう最後のこの機会一目見たいと、やってきてしまった。
「男やったなんて・・・でも、男でも好きなんやけど。変かな・・・」
桜の木の下で呟く優希の言葉は、達彦には伝わらず、青い空に消えていった・・・・
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