花影

20歳になろうとした春、政宗は檜山ミサの夢幻斎襲名式に父と参席した。

前代未問の女性当主に話題は沸騰していた・・・・・しかも20代の若い女・・・・

檜山夢幻斎と言う名前のイメージとかけ離れた印象の麗人に皆は目を見張る。

しかし・・・その姿は威厳に満ち神々しかった。

凛とした美しさはまさに夢幻・・・・そのものだった・・・

彼女の出身を知るのは主人に当たる土御門だけである。

後継者であった夫が他界したため嫁が就任した・・・・皆はそう思っていた・・・・

しかし・・・・総ては約束されていた・・・・

息子檜山史也まで・・・・

「父さん、あの細腕で肉を裂き骨を絶ち・・・・先代の人形を作ったというのですか・・・」

舞台中央に設置されている先代夢幻斎の人形を見て政宗は嘆息した。

「見くびるな。彼女は退魔師として心身ともに鍛錬してきた来栖一族の紅薔薇の巫女だ。

術師としての体力、精神力は並々ならぬものを持っている」

一生独身で過ごすはずの薔薇巫女・・・・彼女は薔薇巫女でありながら救世主を産む為に

檜山に嫁いだ・・・・・・異端者・・・堕落者の汚名を着ての婚姻・・・・

苦労は計り知れなかった・・・

「それに・・・彼女は・・・術のこととなると情の一切を切り捨てる。

すでに・・・母親でさえなくなっている・・・」

「息子のことですか・・・」

「今5歳だが・・・幼い身で師につき修行している。母はもういないのだ・・・

師があるのみ・・・あの母子は親子の因縁を切り師弟となった・・・・」

息子であり弟子である檜山史也・・・どんな少年なのか・・・将来、政宗の従者となり

政宗の為に命を失う預言の少年・・・・・

考えてみれば血も涙もない話だ。主人の犠牲として捧げるために息子を産み

弟子として育てる母親・・・・・

宿命の殉教者・・・・・檜山ミサ・・・・・・

「息子は参席していないのですね・・・・」

「弟子は正式の場には出ないしきたりだ。引継ぎの為主人に引き合わせる以外は」

無性に気になった・・・檜山史也・・・・両手首に聖痕を持つという宿命の少年・・・・・・

一通りの式順を終えて皆は会食の場に移動する・・・・

政宗も父を伴って席を立った・・・・・

「御当主・・・若様も・・・お越しいただきありがとうございました。」

ミサが後ろから声をかけてきた。

「こちらこそ・・・御襲名おめでとうございます・・・ミサ様・・・いや、夢幻斎様。」

「若様はお目にかかるたびにご立派になられます・・・土御門も安泰ですね・・・・」

「いや・・・図体ばかりでかくて・・・・」

幸信は頭に手をやった・・・・・

「文武両道の噂はこちらまで聴こえてましてよ・・・・」

「史也君には・・何時お目にかかれますか?」

政宗は文也が気になる。

「まだ未熟者ですから・・・・弟子として鍛え上げて何処へだしても恥ずかしくないよう

教育しなければなりませんゆえ・・・・・でも・・・その時がくれば・・・若様、

あの子を宜しくお願いします。使命を果たさせてやってください。」

それは・・・・犠牲にして殺せという事だった・・・・・・

あれから2年後の桜の宴の時ミサは内密に史也を参席させた。

遠く離れた桜の木の陰で政宗を垣間見させた。

史也が政宗に心を奪われるという確信はあった。

ミサの目にも政宗は美しかった。史也には無い雄雄しさ、大らかさがあった・・・・

誰もが引かれる男らしい政宗・・・・・・・

案の定政宗はここでも老若男女問わずモテていた・・・・・

「政宗様〜〜」

土御門の御三家のお嬢様方がひっきりなしに群がってくる・・・・・

それを避けて、政宗はそっと奥の桜の木の下に避難して煙草を一服・・・・・・

史也は突然現れた政宗に戸惑った。

自分の斜め前で木にもたれて煙草を吸う青年は、初めに母から

”あの方がお前の主人になる人”と教えられたその人である

こんなま近で垣間見ようとは・・・・・・

フランス映画の一場面のような絵のような姿に史也は時を忘れた・・・・・・・

動機が激しくなるのがわかる・・・・今まで何処の誰にも感じた事のない感情が溢れてくる・・・・・

はら・・・・はら・・・・・桜は散った・・・・・・・

(スター扱いされるのは真っ平ごめんだ・・・・土御門の本家などに生まれなければ・・・・・

俺の為に一人の少年が犠牲になると言う・・・・俺は特別な人間なんかじゃないのに・・・・

どうにかならないのか・・・)

22歳の大学生は自分の背負った運命の重さに悩んでいた・・・・・・・

ーはっー

視線に気付き振り向いた

・・・・・・はら・・・・・はら・・・・・

舞い散る桜の向こうに美しい桜の精を見た・・・・・・

清らかな・・・・・聖域・・・・・

瞬く間に桜の精は消えた・・・・・・・・

夢だったのか幻だったのかわからない・・・・

しかし・・・・今も脳裏から離れない・・・・・・・・・

「政宗様・・・・」

あれから11年・・・・史也が15代夢幻斎を就任して初めての桜の宴・・・・・・

「皆さんお探しですよ。こんなところにお隠れになって・・・・」

奥の桜の木に隠れていた政宗を、夢幻斎は探し当てた。

「見つかったか・・・・なんで判った?」

(あの時も・・・・貴方は・・・この木の下で煙草を吸っていた・・・・)

はら・・・・はら・・・・散る桜の中で夢幻斎はいとおしげに政宗を見詰める・・・・・

「ちょうどいい。こっち来い」

夢幻斎を自分の横に立たせて後ろの木をさした・・・・

「あの木の下に昔、桜の精がいたんだ・・・・11年前かな・・・」

「桜の・・・・精・・・」

「澄んだ瞳で俺を見ていた・・・」

心臓が止まりそうなほど驚く夢幻斎・・・・・

(見つかっていた・・・・あの時・・・)

「美人でしたか?」

「幼い童だったが、顔立ちは大人の女のように綺麗だった・・・・不思議な事に

桜の精にあってから迷いがすっーと消えたんだ・・・・・・」

夢幻斎は自らの胸に手を当てる。心臓が飛び出しそうなほどドキドキしている・・・・・

「桜の精は・・・あそこで何をしていたんだろう・・・」

「政宗様に・・・見惚れていたのではありませんか?」

ははは・・・・政宗は笑う・・・・・そして夢幻斎の髪に舞い降りた花弁をそっとつまんだ・・・・

「夢幻斎・・・・・お前に似ていたよ・・・・」

桜に導かれた、今ひとつの物語は時を越えて始まろうとしていた・・・・・・・・

運命の出会いは桜の下・・・・・・・・・

何度も・・・・・・・・・・・・

何度も・・・・・・・・・

繰り返される・・・・・・・・・・・・・・・

絡まった運命の赤い糸を手繰り寄せて、再び二人はめぐり合う・・・・・・・

                                            完

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