第8話 虚無
(パードレー・・・)
士朗はロザリオを握り締める。
転ばなければ一族は滅びる・・・・・当主の一存に総てが かかっていた。
(神を裏切って生きながらえて、何の生命だ・・・後の歴史に桐生を逆賊と残す事は好まない)
「士朗様!何故、パードレーは来てくださらないのか・・・自分の命惜しさに見ぬ振りをなさるのか」
長老は絶望した面持ちで、そうつぶやく。
「そう言うな。来栖を絶滅させるわけにも行くまい、忠昭様も責任のあるお立場なのだ」
しかし・・・と士朗は弱くなる。
(守ると・・・何があっても守ると言ってくださったのは、あれは偽りなのか?)
獄から一人、また一人処刑場へ送られてゆく。一族の死に耐えられず、当主が転ぶのを敵は待っていた。
(いっそ・・・私から先に殺せ)
士朗の苦悩は、身を切られるよりも苦しいものだった。
祈っても祈っても救われる事の無い一族。奇跡は起きない・・・
(何故・・・何故・・・神の名により預言をしてきた我らに何故?このような仕打ちをなさるのか)
長老が連れられていった・・・・もう誰も残っていない。
(信じるという事は愚かな事か?この世は裏切りしかないのか?)
絶望の中・・・士朗は唇を噛む。
黒髪の大きな瞳・・・彫りの深い顔立ち。笑顔の華やかな祭司、来栖忠昭。
(もう逢う事も無いのか。再会を誓ったのに・・・・)
逢いたかった。一目・・・・逢いたかった。
(貴方を・・・信じて待っていました)
看守が士朗を連れに来た。処刑場には死体の山が築かれていた。
「神よ・・・・何故、桐生をお見捨てになったのですか・・・これほどの血を何故必要とされるのです!貴方に仕えてきた私達に、何故このような仕打ちをなさるのか!」
血を吐く様な叫びの中から、炎が現れた。
それは周りを焼き尽くし、気がつけば士朗はその場に倒れ、気を失っていた。
炎は、神を裏切り悪魔に身を売った者に与えられた能力・・・・・
「デーモン・・・わが主よ!世界が我を裏切るなら、我も世界を裏切ろう」
士朗は立ち上がると、闇に消えていった。
架怜はいつもの夢にうなされて起きた。
桐生士朗・・・・悪魔に身を売り、魔道に堕ちた大門一族の始祖。
文献にも残っているが、その経緯を時々、夢でつぶさに見せられる。
自らの持つ発火能力も、ここから来ているらしい・・・・守る物をなくし唯、恨みに身を浸す。
気が付けば、自分の中には恨みしかなかった。感情のままに周りを焼き尽くす悪魔の子。
恐れられ崇められても、愛される事は無かった。
大門一族にとっても自分は武器であって、使い捨てなのだと知っている。
(だったらどうだと言うのよ。大門なんてどうでもいいわ・・・)
暗い闇から雨は降り注ぐ。
当ての無い時間を無意味に彷徨う魔女は、涙を知らない。
大昔・・・・桐生士朗だった頃に枯れてしまったのかも知れなかった。
煙草に火つけ、くわえると窓を見る。
雨の降る日は夢を見る・・・・あの時の・・・・・・
間違いなく、桐生士朗は怨霊となって架怜の中に存在しているのだ。
どうでもいい・・・そんな事・・・・・
では・・・・・・・自分は・・・何の為に・・・来栖と闘っているのか。
来栖が助けてくれなかった・・・・と言うのは逆恨みだ。
来栖自身、キリシタン狩りの被害を受けていたのに。
来栖に対する感情は何なのだろう・・・・
どうでもいいはずなのに。
気になる・・・・・あの来栖葉羽瑠の笑顔が。夢で見た忠昭の笑顔とだぶる・・・・
だから、余計に傷付けたくなる。苦しむ顔が見たいのに・・・葉羽瑠は戦いの中でさえ、薄笑みを浮かべる
(むかつく男・・・)
月の無い夜、雨はザアザア降り注ぐ。
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