第2話 覚醒
いつもと変わらない、政宗と夢幻斎のティータイム。客室でのひと時。
しかし、確実に二人は、以前の二人ではない・・・・と茜は確信していた。
「人形(ひとがた)はお預かりいたしました。」
「あの部屋は、お前の結界で閉ざされてるんだな。この前・・・矢守に拉致されたとき、あそこに入ったが ドアに鍵穴が
無かったから」
お気に入りのシフォンケーキをお茶菓子に出してもらい、政宗は機嫌がよかった。
「そういえば・・・夢幻斎様しか開けられないドアを政宗様は開けられましたよね」
茜がポットを持ってきて座る。
「俺は開けられます」
「主人だから?ですか」
紅茶をカップに注ぎつつ、茜は訊く。
「いいえ、夢幻斎は俺を拒まないからですよ」
頬に手を当て、ため息の茜。
「もう・・・のろけちゃって」
「茜さん・・・」
困ったように制する夢幻斎。
「でも、夢幻斎様もなんだか、人間らしくなってこられましたねえ」
「・・・・私は人間じゃないんですか?」
あまりないい方に、あきれる夢幻斎。
「判る。アンドロイドみたいだったよな。どっちが人形師なのか人形なのか、判らないと言うか。自分が人形じゃないの?見たいな」
政宗に指摘されて、苦笑する夢幻斎・・・・
「人間か人形かは、正宗様が認証済みでしょう?」
「茜さん!」
なかなか見れない夢幻斎の困り顔が現れた。
「茜様、神聖な儀式を茶化してはいけませんよ。土御門の連中もそうですが、あれから変に夢幻斎に関心を持つ者が増えて困ります」
紅茶を飲む夢幻斎の手が止まる。
「私に?」
「檜山夢幻斎は、その辺の女と比べものにならないくらい美人だとか・・・一目見てみたいとか。まあ、夢幻斎以上の美人なんていないでしょうがねえ・・・」
「あの、もうその話は・・・・」
困り顔の夢幻斎。自覚はないが、さっきから百面相をしている。
「政宗さまの夢幻斎様バカが始まった。でも、確かに美人ですけどねえ」
少しづつ、夢幻斎に表情が出てきたことが政宗はうれしく、可愛いくてたまらない。
しかし、それも他人の前では相変わらずポーカーフェイスだが、そこがまた無性に魅かれる。
自分にだけ見せる表情というのが何ともいえない。
そんな、のどかな雰囲気とは裏腹に戦況は悪化していた。
来栖は教団の聖堂を 毎日、薔薇巫女と守っている。聖堂は首都の第一結界として建てられていて
7つの聖地に囲まれているが、その聖地の結界が次々に破られているのだ。
「矢守の動きは?」
夢幻斎が思い出したように訊く
「まだだ。矢守は土御門から出たもの・・・今回の儀式で、何か矢守の方にも異変があったのではないかと思う」
「異変・・・」
政宗は右手を広げて差し出した。一筋の痣が浮かんでいる。
「生まれたときあった痣だ。すぐ消えたのに、また現れた」
「高彬公の・・・証?」
土御門定也の残した、高彬公に関する書物にあった痣。
檜山の家系だけでなく、土御門の家系も学んできた夢幻斎は、とっさにそうつぶやいた。
「何故、俺に現れるのかは判らないが 矢守の力が衰えているのかもしれない・・・!夢幻斎!」
夢幻斎は突然気を失った。
「頭殿・・・お手当てを」
うわごとのように夢幻斎はつぶやいた。
「大丈夫か?」
客室のソファーで横になっていた夢幻斎が目覚めた。
「私は・・・」
起き上がり頭を抱える・・・・
「覚えてないんですか?政宗様の手のひらの痣を見ていきなり・・・」
茜が水をコップに汲んで持ってきた。
「これだ」
政宗は右手をかざす。
「・・・・?なんともないなあ・・・」
まじまじと手を見詰める夢幻斎を見て、政宗は首をかしげる。
「さっき、別人のようだった」
何かが夢幻再斎に起こっているのは確かだった。
「・・・そう・・・言ったのか?」
幸信が政宗を見た。
「頭殿・・・お手当てをと?」
政宗は頷く。父の書斎はあまりくつろげず、落ち着かない。
「夢幻斎に何が起こったのでしょうか」
幸信は落ち着かない息子に、ソファーに座るよう薦める。
「頭殿・・・とは、陰陽の頭、手の痣は、高彬公の火傷の痕だから・・・頭殿とは高彬公の事で、お手当てを・・・つまり、火傷の場面が再現された」
幸信は、土御門定也の書物を机から取り出し広げて見せた。
「お前の右手の痣が現れてから 気になって調べていたんだ。かなり古くて読めない部分も多いが、定也公は高彬公のお傍で仕えていて、後に陰陽の頭を任された方だ。二度と悲劇を繰り返さぬよう、高彬公の無念を書き残しておられる」
「蘇芳のことも、書かれていますか?」
「ああ、高彬公が溺愛した従者で、その美しさから帝が小姓にと望まれたが、高彬公を慕うあまり醜くなれば帝に召されるまいと、蘇芳が
顔に火箸を当てようとしたそうだ。高彬公はその火箸を握って止めた」
「それが・・・この痕・・・!それでは蘇芳が現れたと?」
「お前が高彬公の転生とすると・・・高彬公を守る為に、蘇芳が現れても不思議は無い・・・・が」
「では、矢守和磨は?」
矢守和磨は高彬の証を持って生まれたとされている。よって高彬の転生である。
「高彬公が二人・・・・」
「矢守が偽者か?今回、首都転覆の旗印に捏造された偽者?」
政宗には、そのようには思えなかった。
「和磨は・・・魂をもう一つ持っているような気配がしました」
対決するたびに感じた事だ・・・人格が二つあると。
「どういうことだ」
「彼は確かに高彬公の転生でしょう。高彬公の怨の念を持っています」
「では・・・」
政宗はにっこり微笑んだ。
「私が偽者でしょう」
幸信は咳払いを一つした。政宗にとっては、自分が高彬の転生であってはならず、夢幻斎が蘇芳の転生であってはならない。
高彬を愛するあまり、犠牲になって自害した蘇芳。貴方の為に生まれたと、政宗に命を捧げる夢幻斎。
似ていれば似ているほど、あってはならない事である。
(夢幻斎が蘇芳だとすると、俺の為に命を落とすと言われている夢幻斎の運命は確実となる。そんなはずは無い。
俺の術は・・・完璧だ)
「一体・・・高彬公は最期に何を残されたのか」
幸信は書物に目を落とす。
怨の念を残し崇り神となったのか、総てを昇華し昇天したのか。
何度も書き写され続けた書物は、意味不明な点も多い。