第11話 嵐の前触れ

 

毎日、月光館に通う聖児に、茜は何と声をかけていいか判らなかった。

光栄と言えば光栄だが・・・彼はいずれ夢幻斎となり、自らの弟子に自分の身体を人形の素材として差し出す。

それで彼はいいのだろうか・・・・・元気者の瞳は、もうすでに陰を宿している。

何処にでもいる大学生が、いきなり檜山一門の後継者になってしまったのだ・・・

地下室からやってくる聖児の焦燥ぶりに、修行の厳しさが伺える。

「お茶・・・どうぞ」

茜が客室に誘うと、彼は少し笑って見せた。

「大変ですねえ。短期間で習得するとなると・・・」

お茶を入れてカップを差し出す・・・

「夢幻斎様に比べたら、なんでもないです。」

彼は自分の運命より、師の運命を思いやっていた。もう弟とも、姉とも呼べなくなった身内。

重い荷を負いつつ、それでもなお明るくいる事は難しい。

政宗は真に強いのだと感じる。彼は夢幻斎を開放できるのだろうか・・・

「夢幻斎様はどちらに?」

「地下室にお残りです。人形(ひとがた)をお作りになるとか・・・」

拉致事件で、身代わりに焦げてしまった人形(ひとがた)を作り直しているらしい。

「御長老様のところに、住み込みになられたんですって?」

「はい。本来なら、こちらに住み込むところですが・・・非常事態中なので。御長老様から一門の伝統を学んでおります。」

あと1週間・・・・夢幻斎は序々に心を決め、政宗は序々に深刻になっていった・・・・

 今となっては、もう誰も何も言わない。見守るのみ・・・・・来栖からの護衛も加わり、同居人は少し増え、色々気を使う茜である。

「なんだか・・夢幻斎様は穏やかになられた気がします」

死ぬ決意を固めたと言う事か・・・・確かに迷いは無い。

 

「聖児様・・・お体にはお気をつけて・・・」

茜の言葉に、深々と礼をして聖児は帰っていった。運命の荒波はそこまで来ていた。

 

 

 

 

 「儀式の白装束が出来てまいりました」

静香が政宗に見せる。

「そういうもの・・・必要なのか?」

「儀式ですから」

衣装を広げてみて、政宗は笑う・・・・

「なんか・・大奥みたいじゃないか?」

「御戯れを・・・・」

静香は呆れる。一時期迷っていた政宗に、迷いがなくなったようで、彼女は一安心している。

「嫉妬・・・する?」

小首をかしげて静香に訊く政宗があまりに可愛くて、笑ってしまう静香。

「しません」

「本当?」

「少し・・・するかも・・・」

「ほんと?」

こんな冗談が出るくらいなら大丈夫・・・と静香は思う。

一夜の契りの後は辛い別れが待っている。それも受け入れたのだ。そう胸をなでおろす・・・・

「あちらで、なさいますの?」

「うん・・・ここは人が多すぎて」

(私に気兼ねしておられるのかしら・・・)

今度は静香が小首をかしげる。

「頼みましたよ、後は・・」

「はい。」

衣装を畳み、静香は微笑む。ただ・・この人の支えになりたいと思いつつ・・・・・・

 

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