第9話 脱出

 

      人形のメンテナンスの為、高城邸に赴いた夢幻斎は満喜子夫人に案内され、部屋に入った。

「桜子の間接の辺りが軋むようなんですの・・・・」

かがんで人形の腕をとる夢幻斎の背後で、夫人はそっとスカートのポケットから出したハンカチを

夢幻斎の口に押し当てた・・

背後からクロロホルムを嗅がされ、朦朧とする意識の中、しようと思えば出来た抵抗をあえてしなかった。

彼女が術によって操られている事を知っていたからだ・・・一般人に対して術を使うのは危険だ・・・・

それを知っての作戦なのだ・・・

平気で一般人を巻き込む節操の無さは矢守一門の十八番・・・・

(こんな時に・・・不覚をとるとは・・・)

夢幻斎がフロアーでくず折れると同時に、満喜子夫人もくず折れた。そこへ数人の男達が現れ、

夢幻斎を縛ると屋敷の外に連れ出す・・・・

長身の割には痩せ型の体躯、冷血さを感じる鋭い瞳の男が入れ替わりに入ってきて、満喜子夫人を

ソファーに座らせ、その額に手をかざした。

「ご苦労。お前の役割はすんだ」

そう言い放つと部屋を出る・・・彼が出ると同時に、夫人は頭を抱えて起き上がった・・・・・

「だれか・・・・ここにいたような気がしたんだけど・・・」

 

 

目覚めると見知らぬ洋館の一室・・・両腕を後ろに縛られ、夢幻斎はソファーに座らせられていた・・・・・

「気がついたか?政宗の眷属がこんなに若い美人とは驚きだ。」

薄い唇がひきつるように笑う。鋭い瞳は笑ってはいない・・・・背は・・・・政宗くらいある・・・

しかし・・・印象派はまるで正反対だ。

「矢守和磨・・・・」

「君は声もカワイイねえ。政宗が可愛がるのも無理は無い・・・でもまだ・・・契ってないんだろう?」

嫌悪を催すほど陰湿で猥雑な声だった・・・

「俺と組め。悪い事は言わん・・・俺と組めば、お前は死なない。」

「私は政宗様のために死ぬ運命の者、生きることに未練は無い。」

「どうしていき急ぐんだ?そんな事をしても政宗はお前の事などすぐ忘れる・・・・」

「忘れて欲しいと思っている。泣いても欲しくない」

「まあ・・このぼっちゃん・・・ずいぶん政宗に入れ込んでるわねえ。」

女の声がした・・・奥の間にいたらしい、黒尽くめの、髪の長い美女がワイングラス片手にゆっくり歩いてきた。

「ただの主従関係じゃないわねえ・・・・」

大門架怜・・・来栖からの資料に書かれたそのままの印象をもつ妖婦・・・・

「本当にまだ・・・処女なの?」

大きな黒い瞳が夢幻斎を覗き込む。赤いルージュの唇は血塗られたように光る・・・・

ここは結界が張られているらしい、夢幻斎は本来の能力(ちから)が出ない・・・・・・

「こいつは始末しないと厄介だ。こいつが政宗の媒介体となれば、あいつは無敵になる。その前に殺らないとな・・・・」

「もう・・・済んでいるかもよ?一応、調べてみたら?」

下品に笑う架怜の横で、和磨は夢幻斎の顎に手をかけ持ち上げる。

「最後にもう一度訊く。俺と組まないか?」

冷たい穏やかな瞳をむけて夢幻斎は静かに口を開く。

「いっそ、殺しなさい」

「可愛くないわねえ・・・・そんなに政宗が好き?まあ、いい男だけどねえ・・・あんたも政宗も、殺すのもったいないわ」

一秒たりともこんなところにいたくなかった・・・

「分かった。拷問部屋に連れて行け」

数人の男達に別の部屋に連れて行かれた。

ドアからぶちこまれ、倒れた拍子に夢幻斎のポケットからライターが零れ落ちる・・・それには気付かずに

ドアに鍵をかけて男達は去ってゆく・・・・・

ー煙草の火、つけるしか用は無いのか?ライターてのは?−

政宗の言葉が蘇る・・・・

(これには・・・土御門の術を施してある・・・結界が・・・破れるかも・・)

 後ろ手のままライターを掴み、ふたを開け火をつける。縛られている縄を焼き切るのだ・・・

手首に火傷を負うことは覚悟の上で・・・・・

やっとほどけた両手をさすりつつ、夢幻斎は非常用の呪符を取り出し、火をつけ、息を吹きかけると

彼の周りを火が取り囲んだ。

 

 

 

「え?!夢幻斎が!」

茜からの電話に政宗は凍りつく。高城低に入ったまま行方不明だというのだ・・・

呼んだ本人の満喜子夫人は記憶に無いと言う・・・・・・

「どうしましょう?矢守が誘拐したんじゃないですか?」

「ありえる・・・儀式の前に亡き者にする魂胆だろう。探してみるから貴方はそこで待機していてください。」

政宗は急いで運転手を呼ぶと、土御門の屋敷を出た。

(夢幻斎!何処にいる!)

矢守一門の屋敷の回りを当たってみたが見当たらなかった・・・

「御当主・・・・」

運転手が途方にくれる・・・・・

(大門の方か?)

「赤坂の方を回れ。」

その時、彼の脳裏に夢幻斎のイメージが浮かんだ・・・・・

「・・・・いや月光館に向かえ。」

 

 

「茜さん!夢幻斎は!」

着いていきなりそう言われ、茜は戸惑う。

「まだお帰りには・・・」

(いや、帰っている)

「夢幻斎の人形(ひとがた)はどこですか?」

「?地下の作業場の隣・・」

地下に降りてゆく政宗に茜もついてゆく・・・

「ここですけど・・・・ドア・・開かないんです・・」

鍵穴の無い扉だった。政宗は印を結ぶと一瞬目を閉じた。カチッと音がしてドアは開いた。

「夢幻斎!」

小さな暗い部屋に夢幻斎は倒れていた。右手に政宗のライターを握り・・・・・

(コレを使ったのか・・・)

手首の火傷の痕を見て政宗は確信する。そして、夢幻斎を抱き上げた。

「寝室に運びます」

 「こちらです・・・」

状況がつかめないまま茜は寝室に案内する・・・・

 

寝台に寝かせ手首の火傷の手当てをすると、政宗と茜は寝台の横に並んで座る・・・二人とも放心状態だ。

「政宗様・・・・何故・・・夢幻斎様はこちらに?」

「瞬間移動したんでしょう。身代わりの人形(ひとがた)と入れ替わったんです・・・矢守の結界から

逃げてきたとなると、かなりの力を使っている・・・」

「だから・・・部屋の人形(ひとがた)が消えて、夢幻斎様が現れたんですか?でも・・政宗様がどうして

それにお気づきになったんですか?」

「ライター・・・土御門の術を施したライター・・・こいつがコレを持っていたから。これで位置の探索くらいなら出来る。もし、夢幻斎が術を使った時はそのエネルギーの行方を追う事も・・・」

「だから・・・追ってここまで来られたと言うのですね」

政宗がライターを忘れたのではなく、置いていった事に気付く茜・・・

(!夢幻斎様は・・・・知っていて・・・・)

改めて二人の絆の深さに感嘆する・・・

「にしても・・・大丈夫ですか・・・」

意識不明だ・・・・聖痕も現れている。

「矢守だけの力じゃあないなあ・・・大門も一緒だ・・・」

決意したように政宗は立ち上がり夢幻斎の顎を持ち上げ自らの顔をその上に伏せた。

茜は何が何だか分からずボーーーっとその光景を見詰めていた・・・

(人工呼吸???)

しばらくして政宗が茜を振返った。

「俺の気を入れときました。すぐ起き上がれるでしょう・・・」

現れていた聖痕はいつしか消えていた・・・・・

「気を・・・マウス・トゥー・マウスで入れたと?・・・・」

「手の平から入れてもいいが、時間がかかる上に少しずつしか入らない・・・」

政宗はかなり疲労していた。夢幻斎を探し回り、見つけ出し、気まで分け与え・・・・

「あの・・・夢幻斎様のこと・・・大丈夫であるなら、客室でお茶でもどうですか?お疲れのようですし・・・」

茜は立ち上がった。

「ええ。少しそっとしておきましょう」

政宗も立ち上がる・・・・

「やはり、トマトジュースがいいですか?」

「・・・・献血じゃあありません・・・・」

ふたりは階段を降り客室に向かう・・・・・・

 

 

 

「夢幻斎・・・・」

和磨は夢幻斎の人形(ひとがた)を前に呆然とする

「あの結界の中・・・どうやって逃げられたのかしら・・・」

架怜は焼け焦げた人形(ひとがた)を持ち上げる・・・・・

「政宗・・・あいつだ・・・」

追い詰めても、いつもすんでの処で巻き返される・・・・歪んだ笑みをうかべて和磨は立ち去った・・・・・

 

 

「・・・夢幻斎には・・・内緒ですよ・・」

紅茶のカップを持ち上げつつ政宗はそう言う・・・・

「何がですか?」

自分の紅茶を入れつつ茜は訊く。

沈黙が流れた・・・・・・

「まさか・・・アレですか?口移しで気を入れたこと・・・・」

「茜様!」

「別にやましい事でもないんだからいいでしょう?」

と、シュークリームをほおばる茜・・・・

「ショック受けませんか?」

「受けます!当然!」

(せっかくのファーストキスなのに・・・意識不明だなんてねえ・・・)

「33のおじさんにそんなことされたら嫌でしょ?やはり・・・」

(かな〜〜〜りズレてます・・・・)

「それ・・・これから契ろうという人の台詞ですか?いいですか!貴方は主人なんですよ!33のおじさんでは

ありません!主人!」

「はあ・・・・」

頼りなく返事して政宗は立ち上がる。

「夢幻斎が醒めました・・」

二階へむかう政宗の後姿を見詰めつつ、茜はため息をつく・・・・

(政宗様・・・・相当イカレてるかも・・・・)

 

「政宗様・・・・・・・」

寝台から半身起こし、自分を見つめる瞳にほっと一息つく政宗・・・

「よく脱出してきたな・・・」

「ライターのお蔭ですよ・・・」

「和磨は性格が極悪だからなあ。いじめられただろう?」

「大門架怜の方が強烈でした。・・・儀式は・・急ぎましょう。政宗様が危険です。」

矢守和磨を見れば危機感は抱くだろう・・・能力(ちから)もさることながら、慈悲のかけらもないあの性格は

天下無敵だ。

政宗とはほぼ互角だが情的な面で和磨の方が勝算がある。

「無理するな。内外共に供えろ。」

「御疲れのようですね・・・」

政宗の顔からいつもの笑顔が消えているのに夢幻斎は気付く・・・

「心配したぞ・・・もう逢えないかと思った・・・」

そういって夢幻斎を抱きしめて政宗は涙を流した・・・・今までの緊張感が解けたのだ・・・・・

「私は・・・死んでも・・貴方の傍におります・・・だから・・泣かないでください」

「誰にも渡さん。俺だけのモノにする・・・・」

「私は・・生まれた時から貴方のものです」

左手にはずっと握られているライターがあった・・・・

 

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