第7話 迷い

 

 

 夢幻斎が書斎に篭もって、3日目の午後。政宗が月光館を訪れた。

「あの・・・・政宗様、夢幻斎様は・・書斎におこもりで誰ともお会いになられませんが。」

ドアを開けるなり茜がそう言う。政宗はやはり、という感じでうなづいて見せた。

「今日は、茜様にお話があって来たんですよ・・・」

「私に?」

 

客室に向かい合って座る二人・・・

初めから深刻な面持ちの政宗は、目の前の紅茶にもアップルパイにも手をつけようとしない

「お話って?」

茜が切り出す。例の儀式の事である事は明白だが、政宗は何を悩んでいるのか・・・・

「夢幻斎が、ああなったのは俺のせいです・・・」

「お聞きしました。運転手さんの証言から御長老様が察せられまして・・・」

「正直、どう思われますか」

どうと言われても・・・困る茜。

「政宗様は・・・その・・割り切れますか?・・・愛情なしでその・・」

「設術の一環ですから。でも、夢幻斎は未成年だし・・・異性関係のまったくないままと言うのは

きついかもしれません」

「そんな、私情を挟む夢幻斎様ではありません・・・術に関しては、はっきり言って極悪非道です!」

あまりな言い方に政宗は苦笑する・・・・

「そのドライでクールな夢幻斎が今、何にひっかかっていると言うのですか・・・」

「愛ゆえに・・・」

「好きな人でもいるのですか?」

「ええ」

深刻になる政宗・・・無意識に煙草を取り出し火をつける・・・・すかさず茜は灰皿を差し出す・・・

「だから・・・好きな人がいるのに、たとえ儀式とはいえ俺とそういう事はできないと・・」

(政宗様・・・ズレてます・・・・)

茜は心の中でつっこんだ。

「もう、無理な事はいわないから、この話はなかったことにしてくれと夢幻斎にお伝えください。」

「そんな事したら、夢幻斎様が一生後悔します。土御門の眷属としての役割を果たせなかったわけでしょ?」

「無理強いしたくないんだ。」

「弱気ですね・・・」

割り切っていると言いつつ、政宗もかなり悩んでいる様子だった。いつも強気な政宗がうだうだするのを

茜は初めて見た。

「変でしょう?・・・この俺が・・」

「まあ・・・昔から政宗様は夢幻斎様には甘いから・・・」

もとより、我侭など言うはずもないが、政宗は夢幻斎の言いなりになっている節もあった。今もそうだ・・・・

「俺達は・・・愛するものを作ってはいけない・・・術に迷いが出てくる・・・」

「迷うほどに、好きな方がおられるのですか・・・」

 「愛とか恋とかに無頓着に生きてきたから、よく分からないんです」

修行一筋に鍛錬してきた硬派、政宗・・・

「でも・・・はっきり言ってモテるでしょう?」

「さあ・・・・?」

本当に無関心な男・・・密かに想いを寄せている娘さんたちがかわいそうだ・・・・茜はふと静香のことが気になる・・・

「奥様とは?」

「うちは長老が受けた神託によって婚姻関係を結ぶので・・・」

「愛情はないんですか・・・」

「静香は同志です。共に闘う・・」

(もしも・・・彼女が本当に政宗様を愛していたなら・・・この結婚は辛いものかもしれない・・・・)

「夢幻斎様は・・・政宗様の何なんですか・・・」

「眷属・・・」

 「主人の自覚ありますか?いちいち僕(しもべ)の気持ちを うかがってどうするんですか!」

興奮していきなり立ち上がる茜に政宗は固まった・・・

 

「・・・茜さん・・お客様ですか・・・」

夢幻斎がこの騒ぎに二階から降りてきた。どうしていいか分からず無言の政宗と茜・・・・

「政宗様・・・お越しでしたか・・書斎で書類の作成をしていて、気がつきませんでした・・」

「夢幻斎様!すぐお食事の準備を致します・・・」

茜は慌てて席を立つ・・・政宗はぎこちなく紅茶を飲み始める。 

「政宗様・・・御昼食は・・・」

悩んでいるとは思えない落ち着いた穏やかな笑顔で夢幻斎は訊いた。

「済ませてきた。俺はいいから遠慮せずにメシ食え。」

目をあわせられないまま、政宗はぶっきらぼうに言う。どちらが主人で、どちらが僕か分からない光景である・・・・

茜が運んできた昼食を夢幻斎は食す。

「イタリアのソバか?」

「パスタです。スープスパ。」

小声で漫才のような会話を交わす茜と政宗・・・・・・

「政宗様・・・弟子を・・正式にとらねばなりません。儀式は少しお待ちいただけますか?」

代々世襲制の檜山一門だが、ミサのように例外はある。夢幻斎は命を落とす前に後継者を教育し

育てなければならない。

「どなたが・・・弟子に?」

茜も初耳だった・・・

「聖児さんですよ。」

檜山聖児・・・茜の弟だった・・・

「ええっ!聖児が!!!家でもそんな事は何一つ聞いてませんけど・・・」

「昨日・・・御長老から書斎に電話がありまして・・・正式に決まりました。候補者何人か集めて能力試験までしたそうです」

喜ぶべきかどうか茜は悩む・・・聖児はもう弟でなくなるのだ・・・・

「明日から通いで聖児さんは来られます、宜しくお願いいたします」

パニックの茜の横で政宗は戸惑う・・・・話はどんどん進められてゆくではないか・・・・・・

「大丈夫なんだな?」

「はい」

感情を表さない高貴な微笑み・・・この気高さに政宗は魅かれる・・・・しかし・・・今は・・本心が聞きたい。

「貴方個人の眷属として、私は生まれました。拒む理由は何一つございません」

無機質な言葉に不安になる政宗・・・・思えば、夢幻斎の感情的な、血の通った心の叫びを聞いたことは

一度もない。

(本心を明かさない・・・俺にも・・・)

 

「何かあったら連絡しろ。大事の前だ、身体をいたわれ。」

振返らずに帰って行く政宗の後姿を見つつ、夢幻斎のポーカーフェイスが崩れるのを茜は見た。

(平気な振りしておられるけど、まだ御迷いなのだ・・・・)

 

愛するものができると術に迷いが出る・・・・政宗も夢幻斎も確実に迷っている・・・

 

 

TOP    NEXT

ヒトコト感想フォーム
ご感想をひとことどうぞ。作者にメールで送られます。
お名前
ヒトコト

 

 

inserted by FC2 system