遥想 4

 

 次の日の午後・・・昔からの付き合いの組の、組長が入院したので、大学病院に見舞いに行った。

その帰りに、龍之介は伊吹の運転で、例の土手を通りがかった。

「おい、止めろ」

そして車から降りて見下ろす

桜並木は、もう葉桜になっていて、平日のため、人は見当たらない。

「組長・・」

「ここや、お前を失くした場所は・・」

一生消えない傷跡を、龍之介の心に残した場所。

「もう、血の跡は消えてるな・・・」

そういって土手を降りはじめ、伊吹もそれに続く。

「今まで、通りがかっても避けてたけど、今日は降りてみる気になった」

伊吹には、あまり馴染みが無い場所だ。

一瞬にして被弾して、川に落ち、拓海に拾われた。

その後、鬼頭に帰る前に一度、拓海と来ている・・・が、その時の記憶が彼には無い。

「ここで、お前を待ってた・・・・」

その苦しみをやっと、過去のものと処理できるようになった。

川辺に佇む龍之介の後姿を見つめつつ、伊吹は心が痛んだ。

龍之介が苦しんでいた時、花園医院で自分は、拓海や紀子と穏やかに暮らしていたのだ

「貴方を一人にして、すみませんでした」

「一人やろ。皆、お前も俺も・・・他の奴も・・・基本は一人や。そう思うたら、お前の存在がめちゃめちゃ

貴重に思えた。もう、俺の事覚えてなくても、元の恋人に戻れんでも、いてくれるだけで幸せなんやと思えた。」

ひとり立ちした龍之介の背中が、伊吹の目の前にあった。

「あきませんね。私は、まだ ”ぼん” 離れできてないんで。組長に先越されました。」

自分で育てておきながら、手放せなくて、ひとり立ちさせない親・・・そんな伊吹・・・

「いや、伊吹離れは俺も無理や。しっかり身体の奥底に入り込んでるからな」

(何の話ですか?それは・・・・・)

 

「今まで、ありがとう。」

振返った龍之介は、潔い、男らしい顔で微笑んだ。

今までに無かった、逞しい美しさを身につけて、自分の前に立つ、愛しい人を伊吹は抱きしめる。

「私こそ、ぼんがおらんかったら、ここまで頑張れませんでした。傍に置いてくださった事、感謝します」

川面は陽を反射して輝いている。

その、ガラスの草原のような水面を二人で見つめつつ、遠い過去を思う。

 

「お前をなくして、待ち続けた時間さえ、俺は一人やなかった。」

伊吹の部屋で、思い出に埋もれた日々は、幸せとは程遠いが しかし、龍之介を支えていた。

「たとえ私が一人になっても、貴方を一人にはしません」

「矛盾してるぞ、それ・・・」

龍之介が伊吹を振り向いたとたん強い風が吹き荒れた

最後の桜が散る・・・・・

時の流れのように、吹き抜けて行く風の中を、龍之介と伊吹は向かいあったまま佇む。

まるで、移り行く森羅万象の中のただ一つの永遠のように・・・

目をそらした事など一度も無い。彼らは、互いだけを見て歩いてきた。

変わらない自信はある。

始めよう、もう一度ここから・・・・

「愛してる・・・」

何度も何度も、胸の中で呟いた言葉が、不意に龍之介の口からこぼれた

それを受け止める伊吹の微笑みに、龍之介は泣きそうな顔をする

「私も、貴方だけを愛しています」

軽々しく口にする事の無い想いが、風の中で溢れる。

音声は風に運ばれ消えてゆく。

放たれた一瞬間に、耳に残った音声は、二人の胸に根を下ろす。

まるで夢の中のように、いつか消える風景の中で・・・

 

 

いつしか風は止み、総てが元に戻る。

 

「帰ろうか」

二人、肩を並べて歩き出す

 

 

「なあ、また、いつか昨夜みたいに寝とぼけてくれ」

土手を昇りつつ龍之介が笑う

「何でですか」

「アレは一種の萌えや」

(何処が!)

「お前は、いつも余裕こいてて面白ろないんや。たまには ぼーっとしたお前もええかなと・・・」

苦笑する伊吹に、さらに追い込みをかける龍之介

「俺だけが知ってるていうのがまた、優越感があってええなあ・・・」

「そのことは、他言無用でお願いいたします」

はははは・・・・

大笑いの龍之介

「寝とぼけくらいなんでもないぞ。もっと人に言えん事、色々してるのに・・・」

「それは共同責任ですよ」

車のドアを開けながら伊吹は苦笑する

 

「寄り道もええもんやな・・・・」

そう呟いて、龍之介は後部座席に乗り込む

「はい」

思い出に寄り道・・・・そして再び前に進む。

思い出は未来への糧なのだ。今を生きる為には時として、振り返ることも必要。

 

「しかし、”老いぼれても見捨てんといてください”て、面白かったぞ」

「そんな事言いました?」

「言うた」

案外、可愛げのある伊吹に、実は龍之介は惚れ直していた。

「組長は寝起き、ええですよね。」

ゆっくりと車を走らせつつ伊吹はそう言う。

「俺は目覚めパッチリやから。て、お前 低血圧か?」

「組のモンには内緒ですよ」

下戸で低血圧な鬼頭のカリスマ・・・・・

「難儀な奴・・・」

少し同情する。

「こんなんを皆、やくざ界のスターにしてるんやから、哀れやな」

「組長!怒りますよ!」

ははははは・・・・

昨日から怒られっぱなしの龍之介だった。

「ナンバー・ワンより、オンリー・ワン。俺の一番でいてたらええんや。お前は」

そう言ってくれる誰かがいてくれる、それが幸せなのだと伊吹は思う。

 

差し込む陽差しに目を細めつつ、龍之介はシートに身を任せる

同じ事の繰り返しのような日常に、突然やって来た試練は今、龍之介の糧となった。

今までも、これからも変わりなく 藤島伊吹は彼の道標であり続ける。

伊吹を見つめ続けていれば、迷う事は無い。そう思える。

初めて会った、5歳の時からずっと自分を守り、導いてきた大きな背中を見つめつつ、龍之介は静かに微笑む。

風が引き起こした、一瞬の風景の余韻の心地よさに揺られながら。

 完

 

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