仮面 4

 

相変わらず、多忙な花園医院。

看護婦を二人迎えて、紀子は少し楽になった。

「紀子さん、あの・・ここのパトロンのやくざの組長さん・・・」

洗濯して干して、消毒済みの包帯を巻きつつ、新入り看護婦の伊藤愛子は話しかける。

「鬼頭さん?」

「そう、カッコいいですね〜」

22歳の割には幼い愛子。素直で、明るくお茶目な元気印。

「あの人、奥さんも子供もいるから駄目よ。」

(ついでに愛人もいるし・・・)

棚の整理整頓をしながら、紀子は警告する。

「不倫なんてしないですよ〜私。・・・・鬼頭さんと一緒にいる、背の高い人もカッコいいですね。結婚されてるんですか?」

「お兄ちゃん?奥さんはまだいないけど」

(鬼頭さんがいます・・・)

「え!!お兄さんなんですか?紀子さんの?」

愛子の声のトーンがあがる。

「独身貴族か・・・・ますます漫画そっくり。」

「漫画?」

紀子の問いに、愛子は自分の鞄から一冊の漫画を取り出す。

「これです」

ー夢の断章ー と書かれた表紙の絵は、あろう事か、龍之介と伊吹に似ていた・・・・

「どんな話なの?」

「もともとは同人誌で描かれていたものなんですが、前作は「薔薇天使症候群」と言って、

やくざの組長のひとり息子、鬼瓦幸太郎と世話役の粟島庵の18禁やおい漫画なんです。コレはその続編で、

8代目を襲名した幸太郎と庵の話です。」

 

・・・・・・・・・・・・・

何処かで聞いたような話だ・・・しかも・・・やおいとは・・・

 

「最初は幸ちゃん、めっちゃ可愛いんです〜で、続編じゃあ、カッコよくなっちゃって、通称”氷の刃”。

なんか鬼頭さん見てると幸太郎を思い出しちゃって・・・でもって、庵さん似の紀子さんのお兄さんまで

いるじゃないですか〜〜」

ジタバタする愛子。萌え死に寸前・・・・

 

「・・・それ、だから・・・やくざの組長と世話役が・・・恋人って事?」

「そうです。もうラブラブで〜」

きらきら瞳を輝かせる腐女子、愛子。

「・・・・・・・・・」

紀子は沈黙してしまった。

 

 

 

「お兄ちゃん!」

その日の夜・・・風呂上りにくつろいでいる伊吹のところに、紀子は駆け込んでくる。

「紀子・・・どうした?」

血相を変えて駆け込む紀子を見て、伊吹はダイニングの椅子から立ち上がる。

「大変よ」

 

 

「だから、その看護婦は・・・その漫画を読んでると・・・」

事情を聞き、紀子が持ってきた漫画を真ん中に置き、伊吹は腕を組む。

「肖像権問題じゃない?誰かウチの事情探ってるよ・・・」

伊吹は黙って、宮沢がくれた紙袋を持ってきてテーブルに置く。

「これは・・・・」

伊吹のところに、例の漫画があるのを見て紀子は絶句する。

「組長の、幼馴染の子の妹が漫画家でなあ・・・鬼頭の事、色々取材して描いたらしい・・・・」

「どうするの?」

ふう・・・・

伊吹も途方にくれる・・・・

怒るのも認めるようで悔しいし、そのまま世間に晒されるのもムカつく・・・

「一応警告した方がいいよ。だって・・・二次創作っぽいよ、これ・・・」

いや、完全に二次創作である・・・・

「三島由紀夫だって、実在の人物をモデルに小説書いて、プライバシー裁判にかけられたじゃない・・・」

「裁判なんかしたら国中の晒し者になるやろ・・・」

このままおとなしく、人々から忘れ去られるのを待つしかないと思った。

 

「三島由紀夫と言うと・・・あれだね・・・”仮面の告白”」

「紫の薔薇か?」

違う・・・・・

「”ガラスの仮面”じゃないよ。お兄ちゃん。」

おそらく伊吹は、三島由紀夫は”金閣寺”くらいしか読んでいないと思われた。

 

「虚実入り乱れたまま、曖昧にする。それが組長の結論やし・・・」

ふうん・・・・・

紀子は頷く。

たしかに、これしきの事で騒いでは、逆に恥を晒す事にもなりかねない。

「やくざなのに、心広いねえ・・・鬼頭さん。」

 

「所詮俺は、側近の仮面被った情夫(いろ)やし。」

そう言いつつ伊吹は、龍之介に100%占領された自分を嘲笑う

「嬉しいんでしょ?それが?」

紀子と顔を見合わせて笑う。

 

「今回の事で、どんと構えてる組長が頼もしかったなあ・・・」

後ろめたさなど微塵も無い

後ろ指さされるいわれも無い。

 

そういうスタンスを取る龍之介。

 

「さすがに肝据わってるね。」

 

自分などより、はるかに龍之介は強い。伊吹は、そう思う。

したたかで、ふてぶてしい、そして冷徹。

 そんな彼が自分にだけ本音を見せる。

だから伊吹は、龍之介が愛しくてたまらない。

 

龍之介もまた氷の仮面を被った”微少年”だったのだ。

 

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