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「こんな急に決めて良かったんですか?」

あっという間に話がついて、まだ落ち着かない悠太は、寝室で布団を敷きながらそう訊いた。

「良かったんだよ、大丈夫、私は悠太が一番だから。浮気しないから」

それはわかってますが・・・と苦笑しつつ、悠太はこれからの事をあれこれ考える。

「もう大きいから部屋は別でいいですよね」

「当たり前だ、夫婦の寝室には入れないぞ」

「あと、養子縁組の手続きして、使用人たちになんて言います?身請けしたとかって、ちょっとアレですよ」

誠次郎が雪花楼に呼ばれたのは昼過ぎで、帰ったあと結城屋会議、平次に連絡を取り、凪が来て・・・

一日でいろんな事をした。

「おっかさんの縁者ということにすればいいだろう。遠い親戚が突然現れて・・・とか」

まあ、血縁ではないが、縁はないわけではないので、それでいいかもしれない。

「2,3日中に引き取るから。悠太、世話をしとくれよ」

新入りの世話は悠太が担当していた。

「でも、丁稚からさせるんじゃないでしょう?」

「仕事は源さんに仕込んでもらう。外廻りの時は連れていって挨拶周りだな」

何処か生き生きしている誠次郎を悠太は頼もしく見つめる。人を寄せ付けず、拒んでいた孤独な魂が今では

養子をとって親になろうとしているのだ。

悠太は雪花楼で誠次郎と出会い、ここまで共に歩いてきた、そして色々な想いを彼の中に見つけて、今ここにいる。

「変わりましたね、誠次さん」

「悠太のお陰さ、お前は本当の私を見つけ出してくれたんだ。私はお前の中に本当の自分を見つけることが出来た。ありがとう」

「誠次さんは隠れて、なかなか出てこなかったから、苦労しました」

ははは・・・笑いながら布団に入る誠次郎に、悠太は後ろから抱擁する。

「もう逃がしませんからね。ずっと一緒ですよ」

うん、誠次郎は笑って振り返る、雪花楼での行き場のない、保護しなければならないようなか弱い悠太はもういない。今の彼は、自分を

しっかり支えてくれる女房役である。

「悠太は志乃の事どう思う?」

「そうですね・・・小さな誠次さんてところでしょうか、可愛がり甲斐がありますよ」

ええ?と急いで向き直って誠次郎は悠太の肩を掴む。

「浮気するんじゃないよ・・・」

「しませんよ、誠次さんの子供だと思うと可愛くて仕方ないという事です、誠次さんこそ、ちゃんとお父さんしてくださいね」

ああ、誠次郎は生返事をする、養子に悠太の愛情を奪われる予感がしてならない。

「誠次さんってば」

勢いよく抱きつかれて誠次郎は布団に倒れこむと、そんな心配もどこかに行ってしまった事に気付く。

今、目の前の愛しい人だけが全てだった。

「昔、同じ布団で添い寝してたけど、今じゃありえないな〜」

悠太を自分の隣に横たわらせながら誠次郎は笑う。

「でしょう?」

あの拷問のような日々は遥か彼方・・・

「ああ、こんな可愛い生き物が隣りにいて、なにもしないで眠れるわけ無いじゃないか」

そう言いつつ悠太の夜着をはだけると、誠次郎は首筋に顔を埋める。

「悠太はあの頃、一人で悶々してたんだ」

「一五,六のヤリたい盛りを放置するとは誠次さん、鬼畜ですよ」

時が経て、だんだん深くなる想い、剥がれてゆく自分の心の殻・・・

「あの子も、いつか本当に愛せる相手に出会えるといいね」

傷を癒してくれる誰かに。

「それまで見守っていてあげましょう、時々は相談に乗ってやったり、励ましたり、どんな相手に出会うんでしょうか。楽しみです」

そう言って悠太は、誠次郎の頭を抱きしめた。

☆.。.:*・

凪改め、志乃がその3日後に平次に連れられて結城屋に来た。店の者には平次が偶然に店の客から志乃の縁者の話を聞き

探し当てた事になっている。皆は若旦那の母方の遠い親戚だけあってよく似ていると噂していた。

店先で挨拶をし、志乃は悠太に連れられて荷物を持って二階に上がる。

「若旦那、よく探し出しましたね、お母さんの親戚なんて」

お峰が嬉しそうに笑う。

「若旦那、嫁もらわなさそうだから、若旦那の代で店潰れるのかと思いました、よかった」

「嫁はいるよ〜悠太だよ」

はいはい・・・呆れてお峯は台所に戻っていく。丁稚たちはあれこれと噂話をしている。

「おい、志乃いじめたら承知しないよ」

誠次郎に睨まれて、丁稚たちは急いで仕事に戻っていった。

平次を客間に通して茶を出すと、源蔵に相手をさせて、誠次郎は二階の志乃のところに行く。ちょうど、誠次郎の寝室の斜め向かいの部屋を与えられ

準備されていた布団や、着物のあれこれを悠太から受け取っていた。

「部屋に一人で大丈夫かい?寂しかったら若旦那のところで寝るかい?」

また余計なことを・・・誠次郎は廊下で2人の会話を盗み聞きながら眉間に皺を寄せる。

「大丈夫です。父上がお仕事で遅くなる時はいつも一人で家におりましたから、一人は慣れています」

「お母さんは?」

「流行病いで5年前に・・・」

それで家の事も全てこなしてきたのだろう。悠太は微笑んで志乃を抱きしめる。

「偉かったね、よく頑張ったよ、これからは食事や洗濯は使用人がしてくれるから、お前はここの仕事を覚えなさい」

はい、と頷き、志乃は部屋の入口にいる誠次郎に気づいた。

「若旦那様・・・」

「おい、違うよ、おとっつあんとお呼び」

「では、父上」

「父上なんて柄じゃないよ私は」

困ったように笑う誠次郎は、部屋から連れてきた猫のももじを志乃に渡す。

「猫は平気だね?」

「はい、長屋でこっそり飼っていましたが、大家さんにバレて捨てられました」

ももじも志乃によくなついていた。

「一人じゃ寂しいだろうから、このももじを貸してやろう」

この誠次郎の唐突な行動に呆れながらも、悠太は精一杯の愛情を感じていた。

「そして、この人はお母さん替わりだから、なんでも相談するんだよ。特別に悠さんと呼ばせてあげるからね」

と誠次郎は悠太を指す。

「それはそうと、荷物は片付いたから、客室に行こう、大旦那様にお礼を言わないといけないから」

悠太は志乃の手をとって部屋を出る。

「おい、置いてくんじゃないよ、それにもう平次のことは大旦那様じゃなく、平次おじさんとお呼びなさい、父の友人なんだからね」

二人の後をついて行きながら階段を下りてゆく誠次郎はそう叫ぶ。そして階段を下りきった時、誠次郎は志乃に追い付き、後ろから抱きしめた。

「志乃、おかえり、やっと家にたどり着いたね」

志乃は小さく、ただいまと囁いた。

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