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その日は綾姫様ご謁見のため、誠次郎は流水と喜八を連れてお城に言った。
門番に要件を告げ、玄関口で待っていると、十郎太がやってきた。
「あいつは・・・」
「若旦那、殿の乳兄弟の方ですよ。以前、うちで綾姫様に簪を買って行かれた・・・」
悠太に言われてようやく思い出すと誠次郎は頭を下げた。
「これはこれは、鈴木様、お久しゅうございます」
さっきまでどこの誰かわからなかったくせに、お得意様と気付くや、ころりと態度を変えるこの商人魂に、流水も喜八も言葉を無くす。
「結城屋ではないか、よう来てくれた。綾姫様がお待ちだ」
と微笑みつつ、隣の流水を見て頭を下げる。
「これは、早川流水先生、ようお越しくださいました、綾姫様がお待ちかねでございます。さあ、こちらへ」
先に立って案内しながら、十郎太は後ろを歩いている誠次郎にそっと話しかけた。どうやら十郎太は誠次郎を待ちかねていたらしい。
「結城屋、後で相談に乗ってくれ、いいな」
「相談と申されますと?」
金の無心かと誠次郎はヒヤリとする。
「簪以外に何かないかと思うてな、女子の気を引くような何か・・・」
えっ!と大きな声を出してしまい、誠次郎は後ろの悠太に袖を引かれた。しかし、この十郎太は長年片思いしていた殿様をお町に取られ失恋したばかり
なのに女子ときた・・・男ではなく。
「誤解するな、綾姫様にお贈りするのじゃ」
ああ・・・誠次郎は納得した。たった一人の兄が嫁をもらい、義理の姉はかねてからの憧れの女流作家で、面倒見もいい、可愛がってくれる。
が、体が弱く、結婚生活は難しいと言われ、独身で一生を終える孤独な彼女の心に十郎太は寄り添うことにしたのだ。
客間の前で流水と別れ、誠次郎は喜八を連れてお紺のところに向かう。
「お町と綾姫と先生の3人にあそこは任せて、私たちは先にお紺のところに行くよ」
そわそわしている喜八にそう告げながら、誠次郎は喜八の背に手を添える。
「大丈夫、お町もついてるから、堂々とおし」
先頭の十郎太がお町の部屋の客室に声をかけると、中から茶を運んできた奥女中が現れ、ごゆっくりと出て行った。
十郎太は誠次郎と悠太、喜八を中に通すと、再び綾姫のところに戻っていった。部屋にはお紺がひとり座っていて、笑顔で三人を迎える。
「あら、いらっしゃい若旦那〜喜八もよく来たわね。お町は綾姫様の所よ、竜さんは行ったでしょ?」
すっかりこの部屋の主になってしまっているお紺の図太さに喜八は苦笑した。
「おっかさん、お久しぶりです、お加減はいかがですか?」
お紺の前に座り、喜八は改まって挨拶をする。結婚の報告をしに来たようなものなので、改まってしまうのだ。
「何?なにを改まっているの?まあ、お城なんて初めて来たから無理もないけど」
庶民の分際でお城でのんびりしているお紺の神経の太さに、誠次郎と悠太も驚く。さすがは菊娘を束ねる影の黒幕、お菊様だけはある。
「それによく来たわね〜竜さん。人見知りなのに・・・」
と茶とお茶菓子を差し出す。
「お町に会いたがってたからねえ、それに大事な報告があるんだよ」
と差し出された茶を飲みながら、誠次郎は答える。
「まあ、私に?何かしら・・・」
頬に手をあてて微笑むお紺の笑顔は何処か腹黒い。実はもう、何もかもお見通しなのかも知れないと、誠次郎は思う。
「それは竜さんが来てから伺うわ、それより喜八、内弟子生活はどう?」
やはり、お見通しだ、誠次郎と悠太は顔を見合わせて苦笑する。お紺はお町より手ごわそうだ、こんな女を妻にしている平次は一体何者なのか。
「憧れの流水先生のところに弟子入り出来て幸せです。毎日楽しいです」
ふふふ・・・笑いながらお紺は茶をすする。
「ホント、喜八は竜さんにベタ惚れねえ、竜さんはいい人よ、でも心に傷を負っているから誤解されやすいの。良くしてあげてね」
少しまったりしていると、お町と流水が十郎太につれられて部屋に来た。
「ありがとう竜ちゃん、綾ちゃん喜んでたわよ〜サイン本とか、似顔絵とか、もう出血大サービスしてくれて・・・持つべきは美人画家の友ね〜」
そう言ってはしゃぎながら、お紺の隣に座り、姿勢を正した。
「実は、お町に頼みがある。お紺には承諾して欲しい事が・・・」
喜八の隣に座り、流水はかしこまって頭を下げた。
「ん?」
気の抜ける返事をして、お町は流水の顔を覗き込む。
「実は、喜八との仲を許して欲しいのだ」
「もう許してるじゃん、お紺ちゃんも喜八が竜ちゃんの弟子になった事、なにも反対してないし。じゃなくて?」
お町の鈍さに呆れてお紺は結論を言う。
「そうじゃなくて喜八を嫁にくれ、ということよ。思ったより早かったわね」
案の定、お紺は知っていた。
「え〜マジ?ホント?よかったね〜、確かに応援はしてたけど、喜八に竜ちゃん堕とす技があったとは・・・でかした!」
このお町のテンションに喜八は固まってしまった。流水は慣れたもので動揺もせず聞いているが・・・
「で、問題は、親父の平次だ。反対しないかねえ?ここは妻のお紺がとりなして・・・」
誠次郎の言葉にお紺は頷く。
「折を見て言っておくわ。改まって挨拶に行かなくていい、喜八が幸せに暮らしていれば、平さんも反対しないから。だから、竜さん
喜八の事泣かさないでね」
その言葉に流水は深く頭を下げる。
「そして・・・喜八〜おめでとう、願いが叶ったのね」
お紺は立ち上がって喜八を抱きしめる。
「大丈夫、雪花楼はこのお腹の子が継ぐから、心配しないでいいの」
既にお紺は腹の子が男の子だと信じているらしい。
「おっかさん、ありがとう、ごめんね」
そんな親子の対面を邪魔すまいと、そっと部屋を出た誠次郎と悠太に、部屋の外で控えていた十郎太が声をかける。
池のある庭園に招かれ、そこで先程の相談を十郎太から持ち出された。
「実は、綾姫様に妻問いをしようと思うてな、殿と奥方様にはお話申した、後は姫様のお気持ち次第なのだ」
知らないうちになにやら、事は意外な方向に進んでいるようだった。十郎太に迷いは感じられないが、綾姫の事を考えすぎて
強く押せないでいるらしい、何度も家臣との縁談を断られて来たのだから無理もない。いくら内密に話し合ったとしても、綾姫の耳には
聞こえてくる。皆が彩姫に気を使えば使うほど、表に自然と現れてしまうものだ。
「決して同情などではない、本当に生涯連れ添いたいと思うておる・・・」
同情ならやめておけ・・・・そう周りから何度も言われたのだろう、なにも言わないうちから釘を刺してきた。
しかし、その想いが姫に伝わるかどうか、それが問題である。
「想い続けた殿を奥方様に取られ、寂しくて姫にすがっているのでもない。私と姫は心で繋がり合えるという事が分かったのだ
何度も一緒になりたいと申し出たが、姫様はご自身が子を産めぬ、夜伽もままならない体だからと、受け入れえはもらえぬ。奥方様が
姫のお気持ちをお確かめになり、お匙とも相談してみてくださるらしいが、私はただ、隣で笑っていてくださるだけで良いのだ。子が産めずとも
身体の繋がりがなくても」
十郎太の決意のほどはわかるが、誠次郎は綾姫の気持ちに想いを馳せて考える。
「姫様はそれでは嫌なのでしょう。あなた様が本当に好きだから、なにもしてあげられない自分が辛いのですよ。鈴木様、肉欲の思いは
女子にもございます。愛する人と結ばれたいという思いです、だから、あなたがそこを諦めちゃダメですよ。いわゆる、無理ない程度の
スキンシップですね・・・そのためにお町はお匙に掛け合っているんじゃないですか、ちょいと強引にあなたが欲しいくらいの押しでないと
女子は満足しませんよ」
ああ・・・納得したように十郎太は頷き、誠次郎に頭を下げる。
「かたじけない、結城屋は何故、そんなに女心に詳しいのだ?」
「さあ、女ではありませんが、私も大事な人に不義理な事をしましたから・・・失敗談です。ああ、先程のご要件ですが、簪よりいいものが
ありますから一度店にお越し下さい」
そう言って再びお町のところに戻ると、先ほどの緊張感はなく、皆で和んでいた。
「若旦那、これからも平さんの事よろしくお願いしますね、なんだかんだ言ってもあの人、若旦那だけが頼りなんですよ」
確かに、あちらこちらから色んな相談を持ちかけられては、首を突っ込んで解決して回っている気がする誠次郎だ。
「ああ、皆まとめておいで」
とは言うものの棒読みなので皆苦笑していた。