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結城屋の客室で、いきなりやってきた御落胤らしき男に、悠太は今までの事情を話しだした。

この男が本当に鳴沢永之進の御落胤なのかどうか、確信も無いままではあるが。

悠太のいきさつを聞き、宗二朗は涙ぐみつつ、悠太の手を取った。

「冬馬、お前も苦労したのだな」

こらこら・・・誠次郎はいつものへらへらとした笑顔を崩し、眉間にしわがよっている。

「で、宗二朗さんは今までどのようにお暮らしだったのですか?」

このことを聞くために、悠太は自らのいきさつを語ったのである。とにかく相手がどのような事情でここに来たか、それを知らなければならない。

宗二朗の話では、鳴沢永之進の死後、仕送りもなくなり、母と慎ましく暮らしたらしい。しかし、いつか逃げ延びたらしい弟と出会うことを夢見て、剣術に勉学に励み、道場の師範代などをしながら

暮らしてきた。そして母の他界を機に今回思い立って、弟を探しに江戸に来たというのだ。

「で、お前さんは悠太に会った後どうするつもりなんだい?お家再興はないんだよ?」

皆が一番気になる事を誠次郎が口にした。

「できれば残された唯一の血縁である冬馬と二人で、肩を寄せ合って暮らせればと思うておる」

生活を保証しろとか、父の仇を討つとかという、大それた事を望んでいるわけではないらしい事はわかった。わかったが・・・

はあ?誠次郎が瞬時に嫌そうな表情を見せた。

「しかしなあ、悠太は結城屋で住み込みで働いてるからなあ」

遠まわしに拒否する恭介、それにまだ御落胤と決まったわけでもない。本当に血縁なのかどうかもわからないので、若君との同居など許可出来はしない。

「店には通って引き続き働けば良いではないか?こんなところにいたら冬馬は、陰間に狂った主人の毒牙にかかってしまう。一刻も早く連れ出さねば」

ちょっと・・・誠次郎の嫌そうな顔が更に歪んだ。

「人を変態か鬼畜みたいに言わないでくれないかい?何度も言うようだが、悠太は望んでそうなってるんであって」

「まあ、確かになあ〜元々は悠太の方がやる気満々で、誠次の方がびびっててさ、俺達は心配したもんだが、温泉旅行行って帰ってきてからは

うまく行ってるよな〜」

(何をばらしてるんですか!!!)

調子に乗って暴露している恭介を悠太は睨みつけた。

「冬馬〜〜目を覚ませ!兄とまっとうな道を歩もう」

悠太の肩を掴み、宗二朗は強く揺する。悠太は半泣きで恭介に助けを求めた。

「別に、そういうのって、人の道踏み外してるわけでもないし、衆道は武士の風習で・・・」

自己弁護だぞ、それは。哀れそうな目で誠次郎は恭介を見つめる。

「何を言う!商人の色小姓にされて何の武士ぞ!」

御落胤は、かなり怒っている。

「別に、悠太は被害者ってわけじゃないんだよ、毎回悦んで、満足してるんだから、お前さんの出る幕じゃない。引っ込んでろ」

火に油を注ぐような発言をしてしまった誠次郎を一同は睨みつける。

「どういう事なんだ!冬馬」

詰め寄られて、悠太は覚悟を決める。

「お聞きになった通りです。私は若旦那が好きなんです、この世で一番好きな人なんです。だから若旦那と私を引き離す事は

なさらないでください。そして、宗二朗さん、正式に父の御落胤と判明するまでは、あなたにどうこう言われる筋合いもないと思うので

少し時間をいただけないでしょうか」

しーん。騒がしかった客室が静まり返った。

若君本人がはっきりそう言うのだから、返す言葉は誰にもない。

「ということで・・・一旦お帰り」

さっさと立ち上がる誠次郎に恭介は慌てる。

「おい、こいつ連れて帰れってか?」

「当たり前だ、お前さんが連れてきたんだよ」

「近いうちに、行商で宮沢さんがこちらに来るんじゃないでしょうか?あの方に聞けば・・・」

悠太も立ち上がる。

宮沢一之進、鳴沢藩の家臣で、恭介より長く仕えていたから、事情は詳しいはずだ。

「ああ、そうか〜悠太頭いい〜」

感心しているうちに、誠次郎と悠太はさっさと部屋を出て行ってしまった。

「若旦那、大丈夫ですかい?また面倒な事になってませんか?」

店に出ると、源蔵が心配して聞いてきた。

「ああ〜なんか鳴沢の御落胤とか言ってるけど、ありゃ偽だと思うねぇ〜何がしたいんだかもう・・・悠太連れて行こうとするから断ったよ」

「そりゃ災難でしたね」

「とにかく、面倒くさい人なんだよ〜〜」

源蔵に愚痴る誠次郎に背を向け、悠太は在庫のチェックを始める。天涯孤独ではなく血縁がいる・・・少し不思議な気分だ。

しかし、父の隠し子というのは受け入れがたい。

「なんか微妙だなあ・・・」

溜息を付きながら、恭介に連れられて店を出る宗次郎の後ろ姿を見送る。

偽だと誠次郎は言うが、悠太もそんな気がした。血のつながりは、理屈なしに出会ったとたん感じるものではないかと思う。

もし、宗二朗が腹違いの兄だとしても、悠太の生活は何も変わらない。時々会って話をする程度・・・だから意外と自分は冷静なのだと納得した。

「誠次さん!言葉に気をつけてくださいね 。悦んで満足してるとかもう・・・」

寝室で悠太が敷いた布団に横になる誠次郎に、悠太は愚痴る。

「嘘じゃないし。え?もしかして嫌々してたのかい?あ〜ひどいな、あんなに何度もイッたくせに」

「だから!いつからそんなエロおやじになったんですか!」

怒りつつ身を横たえる悠太を、誠次郎は抱き寄せた。

「悠太が私をこんなにしたんだからね、人と接触するのが怖いっていう、いたいけな私をいつの間にかエロオヤジにしたのは悠太だから〜」

渋い表情の悠太の夜着をはぎ取りながら、へらへらと笑う誠次郎を、悠太はなんだか憎めない、いやむしろ愛おしい気持ちでいっぱいになった。

「それって、褒め言葉ですよね?」

誠次郎の首に腕をまわして悠太は微笑む。

「もちろん。それだけ魅力満点だってこと。さすが雪花楼にいただけあってエロさも半端ないけどね」

ええ?あんまりな言い方に不満はあるけれど、誠次郎が自分を欲してくれているのだと思うと悠太は安心する。

もっと、もっと求められたい。自分が誠次郎を求める何倍も・・・

「多分、私は欲張りなんです」

「こんなおじさんを、そこまで必要としてくれるのは悠太だけだよ〜」

それでいいんですよ。貴方は私だけのものなんですから・・・勝ち誇ったように微笑んで、悠太は誠次郎にくちづけた。

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