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「六さんは今回役たたずだったねえ〜」

道で誠次郎と、ばったり会った六助は、茶屋で団子をおごってもらう代わりに、愚痴を聞かされる羽目になった。

「雪花楼の大旦那がお手柄でしたね・・・面目ない。しかし、守銭奴と言われてるあの人が、なかなかやりますねえ〜見直しましたよ」

この界隈で、岡っ引きの六助といえば切れ者で通っている。小柄の体躯と人懐っこい顔であちこち聞き込んでは情報収集をし、あちこち使いっぱしりをしながら同心の旦那に手柄を持っていく・・・

損な役回りと言えばそうだが、同心からは成功報酬を貰い、それで日々の生活は潤っている。庶民に名誉は無縁のものなのだ。同じ庶民から認められ頼られて、それが生きがいとなっている。

小春日和の穏やかな午後、団子を食べる結城屋の若旦那と手代、そして岡っ引き。変な組み合わせであるが、通り過ぎる人は目を向けることもない。

ー知ったこっちゃないーという感じの平和な光景である。

「大旦那様は良い方なんですよ。腹黒で守銭奴なんて噂がありますが、そうじゃありませんから」

湯呑を手に微笑みつつ、悠太がそう言う。

「結城屋とダチになれるぐらいだから、仏様みたいなんだろうなあ・・・」

はあ?誠次郎は団子の串を持ったまま呆れる。腹黒コンビとか言っていたのはいつだったか・・・

「そういや、お町さんは元気かい?あの元気印がいなくなって、なんだか寂しいねえ」

団子を食べ終えて、六助は湯呑の茶をすする。

「相変わらず、お城ではっちゃけてるよ。服装はちゃんとしてるけどねえ。まあ、妹姫や御家来衆、女中たちの面倒よく見て人気者だよ。苦労してきた奴は違うねえ」

上から目線の誠次郎に、六助と悠太は呆れる。しかし、誠次郎は今回、仲人のような役割をしたのだから、2人は大目に見ることにした。

「お町さんって、好き放題してるようですが、気配り上手の心根の優しい人なんですよ」

そうそう・・・悠太の言葉に六助は頷く。押し付けがましくない親切というものを心掛けていた。そんな気がする。

「いい奴だったよなあ〜惜しい奴をなくした」

いや、死んでないから・・・苦笑しつつ、誠次郎は袖に手を入れて財布を出すと店の者に代金を支払う。

ごっそーさん・・・手を振りつつ去っていく六助を見送り、誠次郎と悠太も店に向かう。

「何もかも順調で、最近ツキが回ってきたというか・・・リア充だねえ」

へえ・・・誠次郎の意外な言葉に悠太はきょとんとする。こんな前向きな誠次郎はなかなかレアである。

「でも・・・」

と満面の笑みを浮かべる。とても嬉しい。自分の隣で幸せを感じている、最愛の若旦那を見るのは天にも昇る気持ちである。

そんな幸せいっぱいの2人の後を、丁稚の嘉助が追いかけてきた。

「若旦那!やっと探した・・・」

「なんだい?血相変えて、また店に強請たかりが来たのかい?」

相変わらずへらへら笑いながら緊張感のない誠次郎に、嘉助は呆れつ源蔵に言われた事をそのまま伝える。

「店に恭介さんが来てまして、至急若旦那に相談したいことがあると・・・」

はあ?恭介は結城屋の専属簪職人だ。彼が来たからといって大騒ぎする事はないだろうに。

「よくわかりませんが、お武家様がご一緒で、鳴沢家がどうとか叫んでいて、弟に会わせろと・・・」

鳴沢・・・悠太と誠次郎は顔を見合わせると店に向かって駆け出した。

「若旦那・・・」

何が何だかわからない嘉助は、2人の後ろ姿をただ見つめていた。

「すまない、何だかこいつがいきなり家に来てだな、鳴沢の若君に会わせろと言うんだ」

結城屋の客間には、恭介と見知らぬ若侍が座って待っていた。

「内山、こいつとは何事ぞ!」

年の頃は20代前半、すらりとした体格の凛々しい美丈夫だがどこか威嚇的である。

「どちら様でございますか?」

「庶民に名乗る名など無い」

愛想のいい誠次郎の問いかけにも、反り返って言い放つ。

フリーズした誠次郎に苦笑しつつ、恭介は侍に悠太を示す。

「そちらが鳴沢公の忘れ形見、鳴沢冬馬様だ。今はこの店の手代として働いている」

「そうか・・・そなたが・・・苦労をかけたな、これからは私がそばにおるぞ。ずっと一緒じゃ」

いきなり立ち上がり、悠太の手を取り、喜びを噛み締める侍に戸惑いつつ、悠太は目で恭介に助けを求める。

「なんだかな・・・・こいつ、鳴沢公のご落胤だとか言って、俺を訪ねて来たんだ」

「そうだ、私は鳴沢宗二朗と申す。鳴沢公が奥方を迎える前にお城に使えていた奥女中が産んだ、いわば御落胤なのじゃ」

今度は悠太がフリーズした。

「それは確かなのかい?」

悠太の手を握っている宗二朗の手を引き離しながら、誠次郎は注意深く訊いた。

「もちろんじゃ、殿から拝領したこの懐刀が何よりの証拠」

と鳴沢の家紋の入った懐刀を取り出してみせた。

「確かに、鳴沢家の家紋入りではありますが・・・」

何がどうなっているのかわからないまま、悠太は途方にくれた。いきなり腹違いの兄が出てきても、簡単には受け入れられない。

「恭介さんはどうお考えですか?」

鳴沢公に仕えていたのなら、その辺の事情も知っているのではないか・・・

「俺がお城に入る前に、その奥女中は実家に帰されたらしいから、よくわからないんだが。とにかくうるさいんだ」

「だからってどこの馬の骨ともわからない浪人を悠太の所に連れてくるかい?何考えてんだい。話にもならないねえ。帰っとくれ」

さっきまでリア充だった誠次郎は、いきなり落とし穴に突き落とされたような腹立たしさを感じて宗二朗を睨みつけた。

「なんだと!無礼者!」

いきなり立ち上げり、刀の柄に手をかけた宗二朗を悠太はなだめる。

「落ち着いてください、それで宗二朗さんは、どうなされたいのですか?ご存じのとおり、鳴沢藩は、おとり潰しになってもう存在致しませんが」

「兄上とは呼んではくれぬのか・・・」

「呼べるわけないだろう」

宗二朗を睨みつけながら誠次郎は、そう吐き捨てた。

「なんだとーおい、庶民、お前は何様のつもりだ!」

今にも掴み掛かりそうな宗二朗を恭介が見るに見かねて、羽交い締めにして誠次郎から引き離し、自分の隣の座らせた。

「こいつは結城屋の主人で、商人組合では極悪腹黒と恐れられた強面。雪花楼の主人とは昔からのダチで雪花楼に売り飛ばされた若君を身請けして、結城屋に引き取ってもらった恩人だ」

へへんー恩人と言われてふんぞり返っている誠次郎の袖を、悠太は心配げに引っ張る。

「若旦那・・・前半は褒めてませんよ・・・」

「何!冬馬!廓に売られていたのか!!」

一々興奮して叫ぶこのうるさい武士に、一同はうんざりしていた。

「売られる前に身請けして頂きましたから、ご安心ください・・・」

「いいや、冬馬、身請けということはお前、この男の慰みものになっておるのではないか?」

「失礼なことを言うんじゃないよ!悠太とは合意の上で・・・」

危機感を感じた悠太は、急いで誠次郎の口を塞いだ。しかし遅かった。宗二朗はフリーズしてしまっていた。

「落ち着け、こいつらは相思相愛でな、買った買われたとかいう関係じゃないんだ。そっとしとけ」

訳もわからないまま、誠次郎と悠太は、この面倒くさい武士に関わる事となってしまった。

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