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「ちょっとー酷いじゃないの!」
捨て子騒動から3日後。若い女が結城屋に駆け込んで来て、大番頭に突っかかった。
聞けば、件の捨て子の母親だというので奥の間に通し、誠次郎をよんだ。
「あんたがここの主人?」
悠太が運んできた茶を一気飲みして、女は誠次郎を睨みつけた。
「どこかでお会いしましたか?」
天下無敵を取り戻した誠次郎は、微笑みを浮かべて余裕の態度で女に対した。
「日本橋近くの小料理屋で働いてたんだけど、よく来てたでしょ?」
「ああ、寄り合いでよく行きましたか・・・もしかしてその時、料理とか運んでて私の名前を?」
「大店の旦那、若旦那は大体把握してるから・・・て、違う!責任取りなさいよね!」
顔立ちは美人の部類に入るだろうが、立ち居振る舞いががさつで、賢そうには見えないところが彼女の難点だった。
「何の責任ですか」
「とぼけないで!あんたの子でしょ?」
「身に覚えありませんが。私はお前さんを知らないし、知っていても女を相手にはしないんですよ私は」
ええ・・・女は言葉をなくした。
「衆道てこと?」
しかし、リサーチしたところでは女流作家のお町とは閨友で、大奥のお女中達にも人気があると・・・
「お前さん、強請たかりだね?店で騒がれると困るから大体の店じゃ、いくらか包んで追い出す。身に覚えのある男からは
養育費をふんだくる・・・だから困るんだろ?番所になんか行かれちゃあ」
源蔵にヤられた分まで取り返そうとしているかのように、誠次郎はじわじわと女をいじめにかかる。
「丹後屋の旦那が、跡取り産んだら後妻にしてやるって言うから・・・」
「妾に入ったけど、生まれたのは女の子で、追い出されたのかい?馬鹿だねえ〜跡取り産んだところで子供取られてお前さんは
お払い箱。相場は決まってるよ?丹後屋はおんなじ事を髪結いのお妙にも言ったらしいよ。もちろん断ったと言ってた。
まあ、当然さね。怒り狂ってたねえ〜お妙は。最近は自分の店の奉公人にも声かけて、夜ごと部屋に呼んでるとか・・・
商人の間ではちょいと噂になってるけど?」
フリーズした女に、誠次郎は追い討ちをかける。
「あのオヤジは素人ひっかけるのが趣味なんだよ。それに種無しとかいう噂もあるけどねえ〜お前さん身に覚えないかい?」
ギクッ、女の表情が変わるのを誠次郎は見逃さなかった。
「ああ〜二股かけてたね?」
「・・・それで、他の男の子供だろうって自信たっぷりだったんだ・・・てっきりバレたんだと思ってた」
どっちもどっちだ、悠太は呆れてため息をつく。
「子供抱えてどうしょうもなくなって、過去の男を強請って金取ってたってことかい?リストも底をついたんで、ここにも来たとか?」
「女関係派手だと思ったのよ・・・お町の閨友してるって有名だし」
お町・・・誠次郎は苦笑する。どれだけ言いふらせばここまで広まるのか・・・
「それは嘘だから、お町のはったり。じゃあ、こういう噂は聞かなかったかい?結城屋は、雪花楼から身請けした陰間のタマゴを
傍に置いて溺愛していると・・・」
知らなかったわけではない。しかし、それこそ嘘だと思っていたのだ。
「それ、本当なの?」
すっーと悠太の近くに移動すると、誠次郎は悠太を抱き寄せる。
「それだけが本当。はら、可愛いでしょう?うちの手代。でもちょっかい出したら怒りますよ?」
うああ・・・女は頭を抱えた。これでは隠し子など存在しないではないか・・・
「いい加減こんなこと辞めて、まっとうに生きるんだね。自分だけが不幸だなんて思うんじゃないよ。で、お清は本名かい?」
はい・・・最初の勢いはどこへやら、神妙に縮こまり、お清は頷いた。
「でも、いくら腹黒だからって、廓に引き取らせることないじゃない・・・そこまで結城屋が鬼だとは思わなかったわ」
へっー不敵に笑うと、誠次郎はふんぞり返って腕組みをする。
「結城屋誠次郎と、雪花楼の平次はダチだっていう事実は、皆の知るところだと思ったけどねぇ?」
だからって・・・お清は改めて、噂に聞く結城屋誠次郎の腹黒さを実感する。
「てめえの子が売り飛ばされるかもしれないっていう考えもなしに、お手軽に店の前に捨てるんじゃないよ!
しかも、子供ネタに強請たぁ子供がいい迷惑なんだよ!私は自分の人生をおもちゃにしても、人様の人生はおもちゃにゃしなかったよ?
お前さんは最低だって事、覚えときな」
誠次郎の毒舌に、悠太はおろおろしながら、お清の様子を伺う。完全に意気消沈、肩を落として涙ぐんでいた。
「だ・・・だって・・・」
「お前さんだって被害者なんだろうけど、ちょいと考えが浅すぎたんじゃないかぃ?うまい話に飛びついて、アテが外れたって
とこだろう?でも、そんなことで迷惑かぶる子供は超〜迷惑だって事なんだよ?」
「若旦那、もうそれくらいにして・・・」
悠太が言うよりも先に、赤子を連れて部屋に入ってきたお紺がそう言った。
「男にはわからない、いろんな事情が女にはあるのよ。でも、まだ遅くないわ、若旦那の言ってた事、肝に銘じてしっかりして」
そう言いつつ、お紺は赤子をお清に返す。
「あんまり夜泣きしないいい子ね。もし、子連れで働き口が見つからないなら、雪花楼で賄いでもどう?働いている間は
私が見るから、しばらくはそうしたらいいわ。うちの人がそうしたらいいって言ってるの」
「いいんですか?」
ええ、頷いてお紺は、お清を抱きしめる。
「ひとりで悩まないで、助けを求めるのよ、こういう時は。明日からいらっしゃい」
そう言い残してお紺は帰って行った。
「平次のやつ、なかなかやるねぇ・・・」
いいところを全て持っていかれて、誠次郎は途方にくれる。これでは、まるでただの腹黒ではないか・・・
「若旦那、すみませんでした。私が間違ってました、若旦那の計らいなんですね・・・」
いや・・・違う違うと手を振る誠次郎に構わず、お清は感動した面持ちで、深々と頭を下げて帰っていった。
「若旦那すごいですね。一時はどうなるかとハラハラしました」
悠太が湯呑を片付けながら嬉しそうに笑った。
「いや、お紺に赤子連れてくるように、丁稚に託けたのは確かに私だけど、後の事は皆、平次がした事だよ」
なんにしてもよかった・・・悠太は立ち上がり、湯呑を持って台所に向かう。
「私のダチにしちゃあ、なかなかいいやつだろう?」
悠太の後追いながら、誠次郎はそう言って笑うと、悠太は振り向きもせずに大きく頷いた。
「はい、腹黒の結城屋の若旦那には、似ても似つかないいい人ですね」
そう言い残すと、悠太は台所に消えて言った。
まあ、いいか・・・誠次郎も店に戻る。なんとなく、平次のそんなさりげない親切が、誠次郎には心地よい。
押し付けがましくもなく、恩着せがましくもない・・・だから自分は平次と一緒にいられるのだと、なんとなく思った。
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