100

 

「ちょっとー酷いじゃないの!」

捨て子騒動から3日後。若い女が結城屋に駆け込んで来て、大番頭に突っかかった。

聞けば、件の捨て子の母親だというので奥の間に通し、誠次郎をよんだ。

「あんたがここの主人?」

悠太が運んできた茶を一気飲みして、女は誠次郎を睨みつけた。

「どこかでお会いしましたか?」

天下無敵を取り戻した誠次郎は、微笑みを浮かべて余裕の態度で女に対した。

「日本橋近くの小料理屋で働いてたんだけど、よく来てたでしょ?」

「ああ、寄り合いでよく行きましたか・・・もしかしてその時、料理とか運んでて私の名前を?」

「大店の旦那、若旦那は大体把握してるから・・・て、違う!責任取りなさいよね!」

顔立ちは美人の部類に入るだろうが、立ち居振る舞いががさつで、賢そうには見えないところが彼女の難点だった。

「何の責任ですか」

「とぼけないで!あんたの子でしょ?」

「身に覚えありませんが。私はお前さんを知らないし、知っていても女を相手にはしないんですよ私は」

ええ・・・女は言葉をなくした。

「衆道てこと?」

しかし、リサーチしたところでは女流作家のお町とは閨友で、大奥のお女中達にも人気があると・・・

「お前さん、強請たかりだね?店で騒がれると困るから大体の店じゃ、いくらか包んで追い出す。身に覚えのある男からは

養育費をふんだくる・・・だから困るんだろ?番所になんか行かれちゃあ」

源蔵にヤられた分まで取り返そうとしているかのように、誠次郎はじわじわと女をいじめにかかる。

「丹後屋の旦那が、跡取り産んだら後妻にしてやるって言うから・・・」

「妾に入ったけど、生まれたのは女の子で、追い出されたのかい?馬鹿だねえ〜跡取り産んだところで子供取られてお前さんは

お払い箱。相場は決まってるよ?丹後屋はおんなじ事を髪結いのお妙にも言ったらしいよ。もちろん断ったと言ってた。

まあ、当然さね。怒り狂ってたねえ〜お妙は。最近は自分の店の奉公人にも声かけて、夜ごと部屋に呼んでるとか・・・

商人の間ではちょいと噂になってるけど?」

フリーズした女に、誠次郎は追い討ちをかける。

「あのオヤジは素人ひっかけるのが趣味なんだよ。それに種無しとかいう噂もあるけどねえ〜お前さん身に覚えないかい?」

ギクッ、女の表情が変わるのを誠次郎は見逃さなかった。

「ああ〜二股かけてたね?」

「・・・それで、他の男の子供だろうって自信たっぷりだったんだ・・・てっきりバレたんだと思ってた」

どっちもどっちだ、悠太は呆れてため息をつく。

「子供抱えてどうしょうもなくなって、過去の男を強請って金取ってたってことかい?リストも底をついたんで、ここにも来たとか?」

「女関係派手だと思ったのよ・・・お町の閨友してるって有名だし」

お町・・・誠次郎は苦笑する。どれだけ言いふらせばここまで広まるのか・・・

「それは嘘だから、お町のはったり。じゃあ、こういう噂は聞かなかったかい?結城屋は、雪花楼から身請けした陰間のタマゴを

傍に置いて溺愛していると・・・」

知らなかったわけではない。しかし、それこそ嘘だと思っていたのだ。

「それ、本当なの?」

すっーと悠太の近くに移動すると、誠次郎は悠太を抱き寄せる。

「それだけが本当。はら、可愛いでしょう?うちの手代。でもちょっかい出したら怒りますよ?」

うああ・・・女は頭を抱えた。これでは隠し子など存在しないではないか・・・

「いい加減こんなこと辞めて、まっとうに生きるんだね。自分だけが不幸だなんて思うんじゃないよ。で、お清は本名かい?」

はい・・・最初の勢いはどこへやら、神妙に縮こまり、お清は頷いた。

「でも、いくら腹黒だからって、廓に引き取らせることないじゃない・・・そこまで結城屋が鬼だとは思わなかったわ」

へっー不敵に笑うと、誠次郎はふんぞり返って腕組みをする。

「結城屋誠次郎と、雪花楼の平次はダチだっていう事実は、皆の知るところだと思ったけどねぇ?」

だからって・・・お清は改めて、噂に聞く結城屋誠次郎の腹黒さを実感する。

「てめえの子が売り飛ばされるかもしれないっていう考えもなしに、お手軽に店の前に捨てるんじゃないよ!

しかも、子供ネタに強請たぁ子供がいい迷惑なんだよ!私は自分の人生をおもちゃにしても、人様の人生はおもちゃにゃしなかったよ?

お前さんは最低だって事、覚えときな」

誠次郎の毒舌に、悠太はおろおろしながら、お清の様子を伺う。完全に意気消沈、肩を落として涙ぐんでいた。

「だ・・・だって・・・」

「お前さんだって被害者なんだろうけど、ちょいと考えが浅すぎたんじゃないかぃ?うまい話に飛びついて、アテが外れたって

とこだろう?でも、そんなことで迷惑かぶる子供は超〜迷惑だって事なんだよ?」

「若旦那、もうそれくらいにして・・・」

悠太が言うよりも先に、赤子を連れて部屋に入ってきたお紺がそう言った。

「男にはわからない、いろんな事情が女にはあるのよ。でも、まだ遅くないわ、若旦那の言ってた事、肝に銘じてしっかりして」

そう言いつつ、お紺は赤子をお清に返す。

「あんまり夜泣きしないいい子ね。もし、子連れで働き口が見つからないなら、雪花楼で賄いでもどう?働いている間は

私が見るから、しばらくはそうしたらいいわ。うちの人がそうしたらいいって言ってるの」

「いいんですか?」

ええ、頷いてお紺は、お清を抱きしめる。

「ひとりで悩まないで、助けを求めるのよ、こういう時は。明日からいらっしゃい」

そう言い残してお紺は帰って行った。

「平次のやつ、なかなかやるねぇ・・・」

いいところを全て持っていかれて、誠次郎は途方にくれる。これでは、まるでただの腹黒ではないか・・・

「若旦那、すみませんでした。私が間違ってました、若旦那の計らいなんですね・・・」

いや・・・違う違うと手を振る誠次郎に構わず、お清は感動した面持ちで、深々と頭を下げて帰っていった。

 

「若旦那すごいですね。一時はどうなるかとハラハラしました」

悠太が湯呑を片付けながら嬉しそうに笑った。

「いや、お紺に赤子連れてくるように、丁稚に託けたのは確かに私だけど、後の事は皆、平次がした事だよ」

なんにしてもよかった・・・悠太は立ち上がり、湯呑を持って台所に向かう。

「私のダチにしちゃあ、なかなかいいやつだろう?」

悠太の後追いながら、誠次郎はそう言って笑うと、悠太は振り向きもせずに大きく頷いた。

「はい、腹黒の結城屋の若旦那には、似ても似つかないいい人ですね」

そう言い残すと、悠太は台所に消えて言った。

まあ、いいか・・・誠次郎も店に戻る。なんとなく、平次のそんなさりげない親切が、誠次郎には心地よい。

押し付けがましくもなく、恩着せがましくもない・・・だから自分は平次と一緒にいられるのだと、なんとなく思った。

 

   TOP     NEXT

 

ヒトコト感想フォーム
ご感想を一言どうぞ。作者にメールで送られます。
お名前
ヒトコト
inserted by FC2 system