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捨て子はその後、偶然に結城屋を訪ねてきた平次に預けられて、平次の自宅に行った。

 ーとりあえず、お紺に面倒見させるから。どう考えても無理だろう?ここは女手ないんだからー

と2児の父親らしく、赤子を抱きかかえて帰る途中、振り返り六助にこう告げた。

ー六さん、これ貸しだからね。雪花楼で何かあった時は頼むよ?ー

流石に結城屋の唯一の友達だけはある。転んでもただでは起きない。

客商売は恩を売りつけて行くのがお決まりだねえ・・・そう呟きつつ、諦めたように六助は帰っていった。

「でも、早く見つけないといけませんね、母親を・・・いつまでもお紺さんが見るわけにもいかないでしょう」

布団を敷いた後、売上の締めをしている誠次郎に茶を差し出しつつ、悠太はそう言う。

「見つからないと、そのまま廓に流しそうだよねぇ・・・あいつはやりかねないよ?元金なしで売りつけるつもりじゃないかねぇ」

そんな・・・悠太は半信半疑で苦笑するが、誠次郎は確信して湯呑を持ち上げる。

「慈善事業じゃないからね。遊郭ってのは。平次のところは比較的いい環境だけど、やってることは人身売買さ。

それ以上でも、それ以下でもないよ。まあ、そういう警告のために連れて行ったのかもしれないね」

「もし、母親がどこかで雪花楼に引き取られたと知って、取り戻しに来るかもってことですか?」

うん・・・誠次郎は頷く。

「実の親が子を手放して、その子がちゃんと育つなんて考えないほうがいい。継母や義理の親なんて信用できないものさ」

誠次郎が言うと妙に説得力があった。

「そう思えば、悠太の乳母は立派な人だけどね」

と、そろばんを置くと立ち上がり、就寝準備を始める誠次郎の背を見つめつつ、悠太はももじを寝床に入れる。

秋の深まり、夜は冷え込む。

「誠次さん、私はあの子が、誠次さんの子だったらいいのにと思いました」

布団に入ってくる誠次郎の横で、悠太が微笑みつつ言った、その言葉に誠次郎は驚く。

「どうして?それって私が浮気したということじゃないかい?」

「でも、私は子供が産めないし、よその子を跡取りとしてもらうより、誠次さんの子供の方がきっと可愛いと思うから」

ぐいっー悠太の腕を引き寄せ、抱きとめながら誠次郎はため息をつく。

「馬鹿だねえ、お前は。悠太との子供が無理なら、他の誰との子もありえないよ。馬鹿なこと言うんじゃない」

「あの・・・本当なんですか?」

誠次郎の胸に顔をうずめたまま、悠太は思い出したように訊く。

「何が?」

「女の人相手には勃たないって・・・」

「さあ・・・それはやってみないと何とも言えないんだけどねぇ・・・私自身、試す気もないから。何?同情してるのかい?

安心してるのかい?」

身を起こした悠太が、誠次郎の唇に自らの唇を重ね、誠次郎は悠太の背に腕をまわして抱きしめた。

「さあ、私の中では昔から誠次さんは衆道じゃないと思っていたから、いつかは女の人が好きになるんじゃないかって・・・」

「何度言ったらわかるんだい?男とか女関係なく、私は悠太が好きなんだと言ったろう?」

それでも不安だった。廓にいたからか、悲恋が身についてしまっているのだろう。

「そんな事言ったら私だって不安だよ?悠太はまだ若いんだし、これからいくらでも所帯持って、子供産んで育てていく希望が

あるんだ。それを私がダメにしてるんじゃないかって・・・」

そのまま行けば、悠太は鳴沢公の後を継いで、どこかのお姫様を妻に迎え、世継ぎを産み育てていたのだろう。それを思うと

悠太の両親に顔向けができない誠次郎である。

「充分ですよ。誠次さんは私を郭から救い出してくださって、可愛がってくださっているのだから。お傍にいれるだけでいいと、

幸せなのだと言い聞かせてきましたが、それでも、寂しかったんです」

悠太は自らの夜衣の帯を解き、肩から衣を滑らせると暗闇に白い肌が浮かび上がる。誠次郎の胸に再び顔を埋め、抱きしめたまま

ごろりと反転して、自分の上に来た誠次郎を見上げる。

「触れられたかった、貴方の物になりたかった。こんな気持ちを押し隠して、誠次さんの隣にいる事が苦しかった。だから今は・・・」

誠次郎は悠太の頬にそっと触れる。廓の溝の中にいても、ただひとり清らかに咲いていた蓮の花のような悠太の中に

そんな情念があったとは、まだ信じられない。しかし、それが誠次郎には嬉しくてたまらない。

「私みたいなものに、お前がそこまで欲情してくれた事を光栄に思うよ。長い間待たせてすまなかった」

「がっかりされましたか?清らかだと思っていたのに、とんだ淫売で?」

いいや・・・誠次郎は笑って悠太の首筋に唇を這わせる。

「お前は美しいよ、どんな時でも。きっと陰間になっていたとしても、決して汚れる事はないんだろうね。それでも今となっては

誰にも渡したくない。何故早く身請けしなかったんだろう、なぜ平次が持ってきたお前の水揚げの話を蹴って、加納屋の親父に

売られていくのを黙って見過ごそうとしたんだろう・・・勇気が無くて自身も無くて、もしかしたらお前を汚すんじゃないかと

心配で・・・」

「誠次さんに汚されるのなら本望なのに、どうして迷っていたのですか?あなたになら壊されても構わない。あなただけの

物になれるのなら、してもらえるのなら・・・」

それほど大事だった。たやすく手折れない程に。

「きっと出会えるよ。私たちが出会ったように、私たちの子供に・・・結城屋の跡取りに。血が繋がっていなくても解り合える

そんな子に」

誠次郎も、悠太も天涯孤独の身の上だ、そしておそらく血筋は彼らで絶たれるだろう。けれども想いを継いでくれる誰かが

いてくれる事を信じようとしていた。

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