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その日の結城屋は開店早々、奥の間で源蔵と誠次郎、悠太、お峯が頭を付き合わせて思案に暮れていた。

「若旦那、身に覚えはないんですか?」

溜息をつきながら源蔵は腕組をする。

「まったく、真面目なふりしてこそこそ何してるんだか・・・こんな不祥事、先代に申し訳なくて・・・」

「おい!源さん、わたしゃ無罪だよ、いい加減な事言うんじゃないよ」

まあまあ・・・怒り狂う誠次郎を諌めつつ、悠太はお峯に抱かれている赤子を見つめた。

「お峯さん、その子って乳飲み子ですか?どこかで、もらい乳とかしないといけないんですか?」

悠太は冷静にこれからの事を思案する。ここで唯一、子供を産んで育てた経験者であるお峯だけが頼りである。

「う〜ん、歯が生えてきてるし、このくらいだと煮崩した芋とか、かぼちゃとかお粥食べるわよ。つまり、乳離れしてるから

手放したんだわねえ・・・」

なるほど・・悠太は頷いて、子供が入れられていた籠に添えられていた手紙を読み返す。

ー誠次さん、この子をお願いいたします  お清ー

事件の発端は、大番頭の源蔵が早朝、出勤してきた折に、結城屋の前に置かれていた籠を見つけた事から始まる。

中には赤子と何着かの着物、手紙が入れられていた。

「源さん、捨て子だからね!隠し子じゃあないからね?」

汚名を着せられて不機嫌な誠次郎はそっぽを向いて膨れる。

「貧しくて育てられなくて、大店の前に捨て子・・・なんて事は昔からよくある事ですし、大番頭さんも落ち着いてください」

この場合、愛する誠次郎の不貞疑惑に動揺すべき悠太が一番冷静で、店で一番、思慮深いとされている源蔵が動揺している事に

お峯は少し離れた立場から興味深く観察していた。

「しかし、若旦那でもなく、誠次郎さんでもなく、誠次さんなんて・・・意味深ですぞ」

確かに、誠次郎を誠次と呼ぶ人間は多くはない。かなり親しい仲と言えるだろう。

「本当に身に覚えないんですか?」

「大番頭さん、若旦那がどういう方か、大番頭さんがよくご存知ではないですか?」

腹黒で、人間不信で、友達は雪花楼の平次ただひとり。少し前までは他人との接触を避けてきたが、今は悠太のおかげで回復中。

悠太を溺愛し、悠太以外には誰にも興味なし・・・どう見ても女の影など見えはしない。

「どこかで襲われたとか?よく考えてみてください」

はあ?固まる誠次郎の横で、悠太は苦笑する。

「こんな大男、女がどうやって手篭めにするって言うんですか?」

お峯の言葉に源蔵は首を振る。

「女が男落とすのに腕力はいらんだろう?」

「女相手に勃たないよ?私は」

誠次郎の一言に、一同は気まずく沈黙した。

「おい、沈黙するんじゃないよ、いたたまれないじゃないかぃまったく・・・」

「いえすみません・・・そんな事とは露知らず・・・」

「源さん!何を哀れんでるんだい?その残念そうな表情は何!」

平謝りする源蔵に、無性に腹がたってきた誠次郎は天井を仰いだ。

天下無敵の、怖いものなしの結城屋の若旦那をここまで追い詰めたこの赤子は、なかなか天晴ではないかと悠太は密かに

感心していた。

「というか、どうします?番所に届けますか」

「そうだね、お峯、済まないがその子を番所に連れて行っておくれ。子供捨てる親なんてどうかしてるよ・・・まったく」

廓に売る親もどうかしているが・・・と誠次郎は平次のところにいる見習いの陰間のタマゴたちを思い浮かべた。

どうして子供は親を選べないのだろうか・・・憤りつつ、立ち上がる。

「この件はこれでおしまい。お役人がそのお清さんとやらを見つけてくれるだろうからね」

「よりによって、腹黒の結城屋に捨てるとは・・・何考えてるんだか・・・」

ぼそりとつぶやいた源蔵の言葉は、あんまりな言い方ではあるが、誠次郎と雪花楼の平次が友達であることを知っていれば

ここには子供を捨てないだろうと思われた。赤子ではあるが、捨て子は元金がかからないので、ある程度育てて

売り飛ばすことも考えられる。

「大番頭さん・・・最近、若旦那に厳しいですよ」

誠次郎に続いて、席を立った悠太は苦笑しつつ、主人の後を追う。

「あ、お峯?その子、男かい?女かい?」

部屋を出がけに、誠次郎は立ち止まってそう聞いた。

「女の子です。じゃあ、早速番所に行きますね」

お峯も立ち上がり、源蔵も頷きつつ立ち上がった。

しばらくして、 岡引の六助とともに、お峯が赤子を連れて帰って来た。

「結城屋、勘弁してくれよ。捨て子持って来られても番所じゃ誰も面倒見れないんだから。その代わり母親は探してやるから・・・」

「って六さんに追い返されて連れて帰ったんですが」

六助を指さしつつ、お峯は苦笑した。

ええ・・・微笑みつつ嫌な顔をする誠次郎のとなりで、悠太はとりあえず赤子をお峯から受け取り、お峯に台所の仕事をするように

勧め、誠次郎と六助を奥の客室に誘った。

「お店で立ち話もなんですから、こちらでお茶でもどうぞ」

そう言いつつ、おんぶ紐で赤子を背負い、お茶を入れる悠太を見つめつつ、誠次郎はため息をつく。

「うちの手代にこんな苦労追わせて、なんにもしてくれないのはどういう了見だい?」

「番所は託児所じゃねえんだから・・・つて本当に捨て子かぃ?置き手紙のお清に心覚えはねえのか?」

六さんまで・・・誠次郎はうんざりして言葉をなくす。

「まあ、ねえことはねえんだ。この手の強請たかり」

「六さん、そのお清さんが見つからないと、この子はどうなりますか?」

お茶のおかわりを六助の湯呑に注ぎつつ悠太が訊く。

「寺とかに預けられるかな、だいたいそんな感じだよな。そりゃ、跡取りのいねぇお店だったら養子に迎えちまう事もあるけど

女の子なんだろ?その赤子は。それに、結城屋はまだ嫁もいねえのにそれはねえだろ」

「嫁はいるよ?子供はできないけどね」

しれっとそう言い、お茶を飲む誠次郎に今度は六助が言葉をなくす。そんな人事のようにすましこむ誠次郎は本当に扱いにくい

要注意人物である。

「じゃあ、いっそ養子にして、その嫁に育ててもらうのはどうだろうか。可愛いぞ?子がいれば夫婦円満、家内安全・・・」

はあ?無言で圧迫してきた誠次郎の視線に怯えた六助は、言葉を飲み込む。こういう雑用には関わりたくなかった。

さっさと処理してしまいたいあまりに、誠次郎の逆鱗に触れてしまったようだ。

「六さんには色々貸しがあったはずなんだけどねえ・・・源さんの台帳に書いてあるから見せてあげようかぃ?今まで手柄

回してやったのに、この仕打ちは酷くないかい?」

と言われても・・・どうしていいやら六助も途方にくれる。

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