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「なんだかどっと疲れたねえ〜」
あの後、宴会で遅くまで付き合わされていた誠次郎と悠太が結城屋に辿り着いたのは夜中。
駕篭で送られて店に入ると、源蔵が店先で2人を待っていた。
「源さんすまないねえ、遅くなっちまって」
誠次郎の言葉に笑いながら、所持品の小さな巾着袋を手に取ると立ち上がった。
「いいえ、覚悟してましたから。若旦那がいないと住み込みの丁稚がハメ外して好き放題するんで
メシ食わせて寝かせたところですよ」
「すまないねえ、気をつけて帰るんだよ」
悠太が奥から、提灯を出してきて火をつけた
「暗いですから気をつけてくださいね」
悠太から提灯を受け取ると、源蔵は店を出て家に向かって歩き出した。
「さあ、休もうか・・・」
誠次郎はヨロヨロと奥の部屋に向かう。
「飲みすぎですよ、若旦那・・・」
なんやかんやと皆に飲まされて苦しそうな誠次郎を悠太は支えて廊下を歩く。
「本当にもう、宴会なんてまっぴらごめんだねえ平次の奴浮かれてハメ外して大変だったじゃないか」
「嬉しかったんですね〜大旦那様も」
「半分親代わりだからねえ」
平次に託したお紺の父の遺言が”お町のことを頼む、義理の妹と思って面倒見てくれ”だった事を誠次郎は知っている。
お紺の両親はお町を本当の娘同然に育てたのだ。そして後をお紺の夫、平次に託したのっだ。
「お町はある意味、幸せだったよ。いい人に巡り会って来たんだから」
ええ・・・頷きつつ、悠太は寝室に入ると布団を敷き始める。
「私も、いい人に巡り会えて幸せです」
「そうだね、私も色々あったけど、結果的には幸せだから、めでたしめでたしだねえ」
と、着ている羽織袴を脱ぎつつ、誠次郎は笑う。
誠次郎の着物を畳んで着替えを手伝いながら悠太はふと、お町の事ですっかり忘れていた大奥の事を思い出した。
「お藤様はその後どうなされておられますか?」
「ああ、順調だよ。絶対安静とか言い訳付ければ、誰も近づかないし。このまま何もなければ言うこと無しさ」
皆幸せになれればいいのに・・・そんな事を思いつつ、悠太は月を見上げた。
ふと横を見ると、誠次郎はもう布団に入り、寝息を立てている。
(色々お疲れ様でした)
悠太はしばらくその寝顔を見つめた。この先も誠次郎が幸せであることを祈りつつ・・・
皆、それぞれ辛いことを乗り越えて幸せをつかんでゆくのだ、だからこそ、その幸せは尊い。
先に寝てしまった恋人を介抱するように、悠太は誠次郎の後れ毛をなで上げる。
マイペースなふりしながら、結局あちこちに首を突っ込んでいる結城屋の若旦那を独り占めするのは難しそうだ。
それでも最後は自分の隣にいてくれる。そんな安心感だけで満足している。
(結構ライバル多いんだよなあ・・・)
友達が1人だけしかいないとか言いつつも、恭介も源蔵もお妙もお町も誠次郎が好きだ。
雪花楼の陰間達も可能性は薄いと知りつつも、声をかけるのは気のある証拠だ。
そんなことを考えているうちに、昔、誠次郎をめぐって恭介と争った事をふと思い出し、笑いがこみ上げてきた。
あの時、恭介に襲われながらも、身分がバレる事の方が恐ろしかった。印籠が見つかってしまい、半分開き直り
そこに誠次郎の乱入・・・
(でも、そのおかげで若旦那の気持ちがわかったんだし、嫉妬心で急接近できたし)
過ぎればいい思い出である。現在、恭介には宗吾という最愛の恋人がいる。いつ会っても2人でラブラブなバカップルである。
私だって・・・と悠太は思う。どんなに昼間、誠次郎が他の人を構っていても、夜は、眠る時は自分と2人っきりなのだから
それでいい。
悠太も明かりを消して、誠次郎の隣に横たわった。少し寄り添って瞳を閉じる。
あの夜から、いくつの夜を超えてきたろうか。隣の布団で休んでいた時代、添い寝の生殺し時代を超えて、ようやく結ばれ
毎晩当たり前のように情を交わす日々・・・しかし、それは一日一日が貴重な日々だった。
そんな事に気づかされたこの一時を、しみじみと噛み締めつつ悠太は眠りについた。
「あー大変だ!」
早朝にいきなり誠次郎の大声で悠太は目覚めた。
「どうしました?なにかあったんですか」
「先に寝てしまったんだ」
「そんな事・・・気にしなくていいですよ、昨夜はお疲れだったんだし」
「でも、何も出来なかったじゃないかぃ」
「そういう時もあるでしょう?今晩ゆっくりとまったりすればいいじゃないですか?」
と悠太は布団を畳んで店に出る支度を始める。
「1日もったいないことを・・・今からじゃダメかぃ」
「時間がないですよ?仕事しないといけないじゃないですか?それに住み込みの丁稚も起きてきますし・・・」
しゅん・・・
しぼんだまま誠次郎は身支度を始める。
「若旦那、今晩は、昨日の分まで頑張ってくださいね」
と誠次郎の手をとり微笑む悠太に苦笑しつつ、誠次郎は悠太の逞しさを実感する。
「でもさ〜”もう、誠次さんたら、先に寝ちゃうんだから、ひどい!”とか言って拗ねて欲しかったねえ〜」
もう・・・困り果てた悠太は、照れ隠しに俯いて部屋を出て行った。
「ねえねえ〜」
店までの道のりをつきまとうウザい主人を持て余しつつ、悠太の結城屋での一日が始まるのだった。
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