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しばらくして、永井虎汰朗とお町の婚礼が城内で行われ、誠次郎と悠太は披露宴に招かれた。
披露宴は内堀内の庭で行われ、雪華楼から御職の浅葱が特別に舞い手として招かれ、披露宴は無礼講という事で、菊娘たちの
出入りも許され、少し離れた席でお町の晴れ姿を見つめていた。
「若旦那、いらっしゃい」
両親のいないお町の唯一の身内として、お紺が招待客の接待を平次と共にしている。
「外野席はずいぶん賑やかだねえ〜町娘がわんさかいるよ」
「皆、お町ちゃんのお輿入れをお祝いしてくれているのです。ご祝儀が半端ないですわ」
さすが町娘、血筋はどうであれ、大店の娘たちだ。羽振りはいい。
「そりゃあ、ウチも負けちまうかねえ・・・まあ、気持ちだから」
と誠次郎は懐から祝儀袋を取り出し、お紺に渡す。
「ありがとうございます、そう、お気持ちですから・・・若旦那には色々お世話になりましたし。これからもお世話になると
思いますけど、よろしくお願いいたしますね」
そう言いつつ、お紺と誠次郎、悠太は前方の来賓席に向かう。
「お町さんの花嫁姿、見れなくて残念です。綺麗だったでしょうね」
悠太は、遥か前にいる、お色直しをしたお町を見つめてそう言う。
「ええ、綺麗でしたよ。なんだかさみしくなって、泣いてしまいました」
お紺とお町はずっと一緒にいたのだ。お城に入れば、たまにしか会うことはできなくなるだろう・・・
「何も変わりゃしないよ。ただ、お町に家族ができただけ、それだけさ」
小春日和の日差しの中を歩きながら、誠次郎は自分の事のように嬉しく、ウキウキしてくる。
こんな気持ちになれる日が来ようとは、昔は冗談でも思えなかった。幼い時のお町もそうだったのではないだろうか。
暗い闇の中を歩き続け、ようやく見つけたひだまりは多分、お町の心に沁みているだろう。
「お、誠次、来たな」先に来ていた恭介が手を上げる。<
それを笑顔で見送り、主役である永井虎汰朗とお町の前に進み寄った。
「この度はおめでとうございます」
「若旦那、色々ありがとうございました。これからもお世話になります」
正統な打掛け姿のお町は、既に大名の奥方になっていた。
「結城屋、今後もちょくちょく城に出入りしてくれぬか?」
威厳を備えた虎汰朗の言葉に、誠次郎は深々と頭を下げる。
後ろには綾姫と、彼女を支えるように仕えている十郎太の姿があった。
「お似合いですね、姫様と十郎太さん」
悠太の言葉に誠次郎は頷く。十郎太は綾姫を大切に思っている、それはあの時の簪の件で明らかである。
男とか女とか、恋とかそんなものを超えた、人としての愛情で結ばれる事を誠次郎は望む。
「さあ、こちらに・・・」
勧められるままに誠次郎と悠太が、来賓席の恭介の隣に腰掛けると、お紺は次の招待客の接待に去っていった。
「若旦那、あちら側の席は菊娘の幹部席のようですね」
悠太が示すその先には、どこか威厳のある上品な令嬢たちが静かに座っている。
「なんだか怖いねえ・・・」
「誠次、右から、大黒屋の娘、越後屋の娘、備前屋の娘・・・大店ぞろいだ。ご祝儀半端ねえな〜」
恭介が耳打ちしてきた。先ほどお紺もそんな事を言っていたな・・・とぼんやり誠次郎は考える。
「あ、でも、お菊様がおられませんね」
悠太の言葉に、京介と誠次郎は菊娘の幹部中の幹部である、御高祖頭巾の謎の女が来賓席に居ないことを確認した。
「おかしいなあ・・・こんな大事な席にいないなんて」
「まあ、事情があったんだろう?そんなに気にするなよ」
恭介はそう言って笑うが、悠太は気になってしょうがない。
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第一部の余興が終わると立食会に移り、お町と虎汰朗が挨拶に回っていた。
「お町様〜今日はとても素敵です!本当におめでとうございます。お菊様がお越しになれなかったのが残念ですわ」
恭介の言う、大黒屋の娘がそう言うのを、料理を取りに席を立った悠太がふと耳にした。
「ありがとう。ああ、でもね、新しいお仲間を紹介するわ」そう言って
「私の妹になった綾ちゃんよ。ずっとお城の中にいたからお友達が少ないの、でも私の本は読んでいて、話は通じると思うから
文通してあげて欲しいの」
「まあ、それでは綾姫様も菊娘であられますの?」
備前屋の娘が嬉しそうに話しかける。育ちのいい娘は、仲間外れとか、いじめ等はしないのだろう。目の前のお姫様に、悠太は
心の底から感動していた。
「はい、お町様の作品はすべて読みました。お姉様方はどのような作品がお好みですか?」
「そうねえ、郭ものもいいけど・・・武家ものも捨てがたいわねえ〜」
「郭ものは切なくて泣けますわねえ・・・武家ものはやはり菊モノの王道と言えますし・・・」
「そうそう、私たち気が合うわねえ」
どんなに人見知りでも、オタク同士が出逢えばオタク談義に花が咲き、とどまることがないのは綾姫とて例外ではないらしい。
「綾があのように初対面の者と、陽気に話しておるのを私は初めて見たぞ」
お町の隣で、虎汰朗は驚きを隠せないでいた。
「綾ちゃんも年頃の女の子ですから、気の合うお友達とおしゃべりすることもあります。大丈夫、うちのお菊がちゃんと
厳しく躾てあるから、今まで菊娘間の仲違いも派閥争いも起こらなかったし、性格に問題のある菊娘は除外してきたから
うちは皆いい子よ」
「お菊様か・・・」
にっこり笑って虎汰朗は後ろを振り返る。
「そうお菊・・・」
と、お町はずっとこちらを見つめている悠太の視線に気付いた。
「悠太、ご苦労様ねえ、若旦那の分までお料理取りに来てるの?」
「私は手代ですから」
「でもね、菊娘に見惚れてると若旦那が拗ねるわよ?」
こっそり、悠太に耳打ちして、お町は大笑いする。
「いえ・・・そんなんじゃないですよ」
困り顔の悠太を見て、さらにお町は大笑いした。
「さて、若旦那と恭ちゃんとこに行こうか」
料理の皿を悠太から1つ取って、お町は悠太の背を押しつつ、誠次郎の席に近づいてゆく。
「若旦那〜」
「お町、あちこち挨拶回りかい?」
お町の皿を受け取りつつ、誠次郎はいつもの笑顔を浮かべている。
「ところで、例のお菊様はどうしたんだい?悠太が妙に気にしていたけど?風邪でもひいたか?」
ああ・・・お町はさっきまでの悠太の行動の意味をようやく知った。
「それで菊娘を監視していたの?しょうがないわねえ・・・」
「お菊なら来ておるではないか」
お町の隣りで虎汰朗が、不思議そうにそう言った。
え?
恭介も誠次郎も、悠太も、何のことか理解できないまま、虎汰朗を見つめた。
「ああ、今日は御高祖頭巾をつけておらぬので皆わからないのだな」
「殿はお菊様の素顔をご存知という事ですか?」
悠太の言葉に虎汰朗は大きく頷く。
「ああ、お町殿の事で話をした事があってのう」
「こたちゃん!ネタバレしちゃダメよ!この事はね、トップシークレットで、若旦那にも平ちゃんにも秘密なのよ」
「何?結城屋にも秘密だったのか?しかし、夫にも秘密とは、あまりの事ではないか?」
ええ・・・
恭介と誠次郎、悠太は固まった。この場に来ており、お町の事で虎汰朗に談判に行く女、そして・・・夫は平次・・・
「え?なんだよそりゃ〜あの御高祖頭巾の女、お紺だってのかい?」
しっー恭介の口元に、お町は人差し指を立てた。
「大きな声で言わないの。平ちゃんには絶対内緒よ?」
「馬鹿だねえ〜てめぇの女房もわからないのかい?」
誠次郎は呆れてため息をつく。
「いいえ、平ちゃんは、きっと会えば勘付くわ。だから今まで接触したことないのよ」
ああ〜悠太は大きく頷いた。
「誰だかわかっちゃったらカリスマ性に欠けるじゃない?」
そういうもんかねえ・・・と首をかしげつつ、誠次郎と悠太、恭介はお互いの顔を見合わせて頷く。
「わかったよ、聞かなかった事にするから、安心しなさい」
そう?と不安げに去ってゆくお町の後ろ姿を見つめつつ、お紺の強かさに誠次郎は舌を巻いた。
菊産業の仕掛け人であり、お町のプロデューサーであり、菊娘を統べる大ボスであるお菊様が実は雪華楼の奥方ときた・・・
しかし、菊産業のおかげで、雪華楼は陽の目を見ている。
雪華楼の陰間を一躍スターに仕立て上げたのは菊産業であり、お菊様とお町の偉業である。
「つまり、影で平次を支えてたって事か。やるねえ・・・」
控えめな平次の妻を演じる傍らで、雪華楼の陰間をスターダムに押上げ、さらにお町のバックアップをしていたとは
とんだ策士ではないか。
女は魔物だと、改めて誠次郎は実感した。
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