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「じゃあ、お町がお大名の奥方になるかも知れないという事なのか?」

雪花楼に来た誠次郎の話に、平次は驚いた。

「いや、だから・・・見守ってやってくれというか、出来ればお紺ちゃんに相談にのってやって欲しいなと・・・」

「恋愛相談か・・・そうだな、一応、お紺は所帯持ちで、子持ちだから、先輩といえば先輩だよな」

お町が何でも話せるのは、親友のお紺しかいない。

しかし、いくらなんでも相手が相手だけに、皆、どうしていいかわからない。

当の本人、お町でさえパニック状態なのに・・・

「お町は友達みたいに思っていて、まだ自分の気持ちがわからない状態みたいだし、この先どうなるかは判らないんだけどねぇ・・・」

女の気持ちは、誠次郎には皆目わからない。

「御世継ぎがいないと御取り潰しなんかになりますから、永井藩の御家臣も必死なんですよ」

誠次郎の横で、悠太はそう言う。

そうか・・・頷きながら、平次は深刻な顔をする。

「そりゃ、お町もそろそろ身をかためる年頃ではあるし、このまま一人でいる事は俺もお紺も、いいと思わないが

大丈夫なのか?その・・・身分違い・・・」

さあ・・・一同はため息をつく。単純にシンデレラだと喜べないものがある。

世間一般では、町人がお大名に嫁ぐという事は、妾以外の何者でもない。

非合法的な愛人契約である。

お町のケースは例外と思いたいが、後で殿様が正式に結婚でもしようものなら、お町は日陰者という事になる。

誠次郎も、平次も、お町の幸せを願っている。玉の輿よりも、平凡でささやかな、安定した幸せを・・・・

「まあ、永井の殿様は見たところ、真面目ないい人だから、私は薦めたいところだけどねえ・・・」

腕組みしながら、誠次郎は頷く。

「妹姫様は、お町さんのファンらしいですよ」

悠太の言葉に平次は笑う。

「それなら最強じゃないか?小姑まで味方にしちまったってか・・・」

「まあ、お紺ちゃんに相談にのるように言ってくれないかい?こういう時に頼れるのは女同士だからねえ」

すでに、お町が何か話している可能性もあるが・・・

「上手くまとまるといいですね」

 悠太の言葉に頷きつつ、誠次郎は立ち上がり、雪花楼を後にする。

 

 

「永井様・・・少しお話がございます」

お町と別れて、城に向かう途中で虎汰朗は、御高祖頭巾の女に声をかけられた。

見覚えはある。お町の傍にいつもいる”お菊様”と呼ばれている女だ。

「お前は・・・」

「私は、お町のプロデューサーであり、唯一の身内でございます。お町とのご結婚をお考えと聞き、少し確認したい事が・・・」

「判った」

虎汰朗は頷いた。お町との交際は正々堂々でありたい。だから、逃げも隠れもしない。

そして、前々から気になっていたこの女と、お町の関係も知りたかった。

菊娘の集会に使っている茶屋の二階の座敷に、お菊は虎汰朗を連れ込んだ。

菊花屋と呼ばれる新世代的なこの茶屋は、菊娘たちのニーズに答えて造られた。

出資したのは雪花楼の平次で、年期の明けた陰間の就職先に確保されている。

イケメンの店員揃いと言う事で、女性客に人気があり、菊娘達が訪れては菊モノ談義に華を咲かせていた。

「菊花茶でございます、ごゆっくり」

そう言って、茶と茶菓子が運ばれ、店員が去ると、お菊は虎汰朗を見つめた。

「お町は幼い頃に、はやり病で両親をなくし、遠い親戚である私の家に引き取られました。私とお町は姉妹同然に

育ち、今でも私はお町の傍で彼女を見守っているのです。あの子は無鉄砲で、強い性格に見られますが

本当は怖がりで人見知りで、一人では何も出来ない子なんです」

「では、そんなお町殿が、私に心を開いて下された事は感謝すべきだな」

「はい、私も驚いております。殿方と交流する事など考えられなかったので・・・親しくいているのは雪花楼の主人である平次

そして、結城屋誠次郎。これらはお町には家族のようなもので、色恋の対象ではございませんでした」

 「そうか、それは光栄な事だ」

はい・・・お菊は笑った。

「永井様は誠実で、お町の事を大事に思うて下さっておられる事は存じております。ただ、問題は・・・身分違い・・」

無職でヒモ男は論外だが、城を持つお大名というのも、あまりにも豪華すぎで、素直には喜べないところがある。

「お町のあの異様なファッションもはったり。ああ見えても、実は人前に出るのが苦手で、内向的な子なんです」

虎汰朗 もそれは薄々感づいてはいた。イベントで仕切っているのはいつもお菊で、お町はその後ろにいる。

しかし、そんなお町が、鼻緒を切って困っている虎汰朗を見捨てられず、駆け寄って助け舟を出したのだ。

そんな繊細さ、優しさが虎汰朗を魅了したのは、当然といえば当然なのだろう。

「お町がお城で、多くのお女中や御家来達に囲まれて暮らせるのかどうか・・・それが心配で」

ああ・・・虎汰朗は頷く。

「妹の綾も、病弱で城の外には一歩も出られぬ。人見知りで、1日中、本ばかり呼んでおる。世話は気の合う同じ年頃の女中と

世話をする母親代わりの女中が一人。そんな暮らしじゃ。奥方になるというても、特に城をしきる必要もない。皆、お町殿が

流行作家である事は知っているから、部屋にこもって執筆中だと言えば、誰も邪魔はしない。爺もそれでよいと申した。

ただ、お町殿のお心次第ではあるがのう・・・」

虎汰朗がそこまで考えているという事に、お菊は感嘆した。

 私がいないと・・・そう思いつつ、いつもお町の傍にいた。そのお町がお菊の元を離れていく・・・

少し寂しい気分と、嬉しい気分が入り混じった不思議な気分だった。

「近いうちに、お町殿を城に招待するつもりだ。今のままでは不安だろうから、何度も来て頂き、慣れてくださればと

思うておる」

 ええ・・・お菊は微笑んで深々と頭を下げた。

「宜しくお願いいたします・・・」

 

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