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次の日、永井藩の家臣と名乗る老人が結城屋を訪ねてきた。
「昨日はご足労頂き、かたじけない」
客間に通されるなり、そう言って頭を下げた。
「あのう・・・」
もしかして、このご家老、殿様とお町の事を反対しているのか・・・誠次郎は言葉に困った。
「お茶をどうぞ・・・」
悠太がお茶を持って入ってきた。
「実は若のことじゃが・・・今までおなごに興味を示されなんだ・・・もしや男が好きなのかと疑いもした・・・その挙句に
好きなおなごが出来たというではないか。これを逃してはお世継ぎさえ諦める事にもなりかねぬ。どうか、お町殿を説得して
いただきたいのじゃ」
ああ・・・そんなに大変なのか・・・誠次郎は言葉をなくした。
「お言葉ですが・・・お町さんの身分は庶民、お大名に嫁ぐのに問題は無いのでしょうか」
悠太は一番の問題点を指摘した。
「公には側室という名目でしかお迎えできませんが、お世継ぎをお産みなされれば、お町殿は若君の御生母というゆるぎない
立場になられる」
「いいんですね?お町で?」
念を押してくる誠次郎に、不安になってきた家老は小声で訊いて来た。
「何か問題でも?男関係が派手とか・・・実は男嫌いとか・・・」
「いえ、まともに男女交際してきてない事が問題です。子作りの方法も、もしかしたら知らないかも・・・苦労しますよ?
結城屋は閨友だという発言も、そもそも、あの歳で生娘だと周りがバカにするから、はったりで流した噂なんですよ」
長い長い沈黙が流れ、それを打ち破る、噂のお町の明るい声がした・・・・
ー若旦那ぁ〜〜新作リストできたよぉ〜〜ー
ーお町さん、今お客様が来ていて・・・−
そのお町を、源蔵が引きとめる声がした。
「呼びましょうか?直接話しますか?」
誠次郎は、手っ取り早くお町の気持ちを訊くほうがいい気がした。
「ぜひ・・・」
了解を得て、誠次郎は廊下で引きとめられているお町を部屋に呼んだ。
「これがお町です・・・」
紹介されたその独特のファッションをした娘を見て、家老は言葉をなくす。
確かにカリスマはあるが・・・・
誠次郎が事情を話すと、お町は黙り込んでしまった。
「若殿はお友達から始めたいと仰ってるから、長い目でつきあってみないかぃ?」
誠次郎の言葉にお町は眉をしかめる。
「身分違いじゃない?無理〜」
「て、お前さん、若殿とお茶してんだろう?」
「あれは、こたちゃんが息抜きに、お忍びで町を徘徊する際の連れになってあげてるだけで・・・」
「若はお町殿に逢うために、浪人に身をやつしてお城をこっそり抜け出されておられるのじゃ・・・」
ええ・・・家老にそう言われて、更に困るお町・・・
「単刀直入にお聞きする。お町殿は若がお嫌いか?」
「こたちゃんはいい人だから好きよ。妹さん思いだし。でも、いきなりそんな事言われても」
家老の必死に押されて、たじたじなお町である・・・・
「本はお城で、いくらでもお書きになられればいい。若は浮気などされない事は爺が保障いたします。どうかご検討願えぬか」
「お町、よく考えなさい。まあ、金には困ってないとは思うけど、このまま一人で一生送るのは寂しいよ?言い寄る男がいるうちに
嫁に行きなさい。つーか、お前これ逃したら貰い手無いかもよ?」
誠次郎のあまりな言い方に、一同は言葉を失う。
家老は今後よろしく・・・と言いつつ帰っていった。
「実際どうなんだい?というか、どこで、どうやって知り合ったんだい」
誠次郎の問いにお町は、永井虎汰朗との出会いのいきさつを語り始めた・・・・
「あれは、菊市で私の本をサイン入りで売っていた時の事よ・・・まあ、ファンサービスね〜凄い列になっちゃって
訳わからなかったのよ。でも、ある程度消化したところで、遠巻きに様子を伺う浪人を見つけたの。
女の子ばかりのイベントに男がいるのが不自然で、そりゃ〜カップルで来るコもいるけど、彼は完全一人で来てたのね・・・
サイン会終わってもいるし、よく見ると草履の鼻緒が切れて困ってるじゃない?よくあるのよね〜人ごみの中、
押し合いへしあいして鼻緒切れる人。だから一旦サインしてた席に座らせて、近くの草履屋で代わりを買って来てあげたの。
そしたらお礼にって、ご飯奢ってくれて、妹さんが私のファンでサイン本買うように頼まれたのはいいけど、女の子ばかりのところ
に入りきれなくて、近寄れないまま終わったって言うじゃない?おまけに人ごみに揉まれて鼻緒切れるし・・・・
まあ、それから時々新刊出たら、サイン入りで譲ってあげてたのよ。それが全部」
ふうん・・・黙り込んだ誠次郎に、お町はいらつく。
「何とか言いなさいよ!」
「まあ、頑張るんだよ・・・」
え・・・
「いや、マジで玉の輿じゃないかい?逃すテはないかと・・・」
「若旦那?」
「見たところ悪くないよ?性格もいいし、バカでもないし、イケメンだし」
そりゃあ・・・お町もため息をつく。平次や誠次郎以外であんなに話が合い、気があった異性は初めてだった。
ほとんど自分の一部のような気がした。
「だからって・・・」
だからと、恋愛を意識した事は無い。
「家族としてどうだい?一緒に暮らして、メシ食って、そういう想像してみれば?」
ふうん・・・
早くに両親をなくし、母方の親戚であるお紺の家で育ったお町は、家族というものに恵まれていない。
「家族かあ・・・」
「いい加減、天涯孤独の一匹狼は辞めないかい?」
そうねえ・・・
しかし、問題は相手が殿様という事・・・小さいとはいえ、一城の主なのだ・・・
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