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ある日の午後、結城屋の前に駕篭が止まり、若侍が源蔵に、誠次郎に取り次いで欲しいと告げた。

ー我が主君、永井虎汰朗(ながいこたろう)様が昼食にご招待したいと申しておりますー

 

「若旦那・・・何したんですか?」

驚いた源蔵が、客室に駆け込み、恭介と打ち合わせ中の誠次郎に詰め寄る。

「永井虎汰朗て・・・山のふもとの小さな城の殿様だろ?ウチより断然小さいけど、一応殿様だぜ」

恭介が笑ってそう言う。

「大きい小さいは関係ありませんけど、そのお殿様が若旦那に何の御用でしょうね・・・」

悠太は心配でたまらない。

「御用聞きじゃないかい?奥方とか、側室のご機嫌取りに簪でも特注しようとか〜」

相変わらず誠次郎はのんきに笑っている。

「誠次、永井の若殿は女いねぇぜ?まだ嫁も貰わず、愛人一人囲わねえ堅物だ」

「じゃあ、お母さんにプレゼントとか?」

「先代が無くなって、ご母堂はお寺で尼僧になられた。簪はいらんだろう?」

少しの間、沈黙が流れた。

「やはり、何かしたんでしょう?」

源蔵は、かなり怯えている。

「源さん・・・なんでそうなるのかねぇ・・・」

誠次郎は苦笑して立ち上がる。

「とにかく呼ばれたんだから、行くよ?ここで拒否したらまずいじゃないか・・・」

一同は頷いて立ち上がる。

 

 

とりあえず駕篭に揺られて、誠次郎と悠太は城に到着し、客間に通された。

「そちが結城屋誠次郎か」

上座に座っている25,6の男が落ち着いた口調でそう言う。

目鼻立ちは整い、太からず、細からずの体躯に鋭利さを秘めた若殿がそこにいた。

ー嫁も女もいないとかいうから、とんでもないバカ殿か不細工かと思ったけど、イケメンじゃないか?−

小声でそう囁く誠次郎を、悠太は目でたしなめた。

「なるほど・・・おなごが好みそうな容姿をしておるが・・・単刀直入に聞く、お町殿と、そちはどのような仲じゃ」

「お町・・・殿・・・と申されますと・・・どちらのお町殿でござりましょうか・・・」

いきなり出た、思いもしない問いに、誠次郎は思考回路がさまよい始める。

「物書きをしておられるお町殿だ。いまやベストセラー作家、知らぬ者はおるまい。特に、そちとは親しい仲と聞くが?」

「お町が何か、ご無礼でも・・・」

思いつくのは肖像権問題・・・嫁も女もいないイケメンの若殿を菊モノのネタにしたに違いない。

(殿と家臣達の愛欲の日々・・・とか?お町とんでもない事しゃがったな・・・きっと怒ってるぞ?この殿様・・・)

「巷では、お町殿がご自分の口から、結城屋とは深い仲である事を公表されたと聞いたが」

ああ・・・誠次郎は頷く。閨友とか何とか、とんでもない事を口走っていた事を思い出す。

「アレは、お町の護身術で、腹黒の結城屋と関係があるといえば、何かと安全だからです。一応有名人ですから

ストーカーなんてのも全然無くは無いですからねぇ」

ほう・・・殿様の表情が変わった。

「では、お町殿は今、フリーなのか」

「フリーもフリー。あんな本書いてますがね、男と手も握った事もないおぼこですよ」

 気まずい沈黙が流れた・・・真面目そうな殿様に失礼があったのではと、隣で悠太もはらはらしていた。

 「ものは相談なのだが・・・結城屋、お町殿との仲を取り持ってはくれぬだろうか・・・」

はあ?誠次郎と悠太はフリーズした。

「正妻に迎えたいと思うておるのだが・・・」

無理だろうーと顔を見合わせる誠次郎と悠太・・・

身分制度というものがある。町人のお町が大名の奥方になれるはずが無い。

「無理だと思うておるな・・・確かに正式に妻に迎えるのは無理かも知れぬが、私はお町殿以外のおなごを娶る気はない」

実質上正妻という事か・・・誠次郎は頷く。

「しかし、周りがうるさくありませんか・・・」

「案ずるな。爺もすでに諦めておる。世継ぎだけは残してくれと、それだけが望みだそうだ」

諦めているとは・・・

「殿、ひとつお訊きいたしますが、お町のどこが御気に召されましたか・・・」

「権力に媚びず、気さくで気立てのいいところだ」

ああ・・・よく言えばお町はそういう女だ・・・が、悪く言えば・・・

「しかし、奇抜な趣味で、思いもかけない行動を取る変な奴ですよ?あと・・・ご存知ですか?お町の本・・・」

「菊ものと呼ばれる類の事か?それは妹が好きで集めておって、私も拝見しておる。問題ない」

問題ないのか?誠次郎の頭が”?”だらけになる。というか、妹姫が菊娘とは・・・

「衆道は武士の風習、私もそれほど堅苦しい事は申さぬ。私にはその趣味は無いが、理解はする」

「お町は、殿の事、どの程度知っているのでしょうか」

それが問題だ。ストーカー的な好きでは話にならない。

「3回ほどお茶した程度なのだが・・・”こたちゃん””お町殿”と呼び合う仲だ」

それは自慢ではないだろう・・・お町という娘は誰にでも気安く愛称で呼ぶ。にしても、お大名をこたちゃんと呼ぶのは、

怖い者知らずにもほどがある。

「お町は、殿のご身分を知っているのですか・・・」

「会って2度目に明かした。それでも、お町殿は私に対する態度を、変える事は無かった。大名の奥方になろうと媚びる

おなごどもとは天地の差じゃ。とにかく、結城屋、贔屓にする故、お町殿の情報を伝えてはくれぬか?そしてアピールして

欲しいのだが・・・」

アピールといわれても・・・誠次郎は困る。初対面のこの殿様のキャッチセールスが、いまいちよく判らない。

「お町殿は、どのような男が好みなのだろうか・・・」

直接訊け!そんな事は・・・思わず飛び出しそうな言葉を、誠次郎は飲み込んだ。

「どうも、私は男として見てもらえておらぬ気がして、自信が無いのじゃ・・・」

「というか・・。お町に、真剣に男とつきあう気があるのかどうかも謎ですが。一つアドバイスいたしましょう。

今、殿とお町はおそらく、お友達としての間柄で接しておられる事と思います。これがいきなり男女モードに入ると

お町は拒絶反応を起こします。その時点で終わってしまいますので、間違っても、どこかに連れ込むとか、

お持ち帰りはしないように。スキンシップは相手からしてくるだけで満足しましょう」

ふうん・・・真剣な面持ちで頷く永井虎汰朗。

「そうか・・・まあ私とて、お町殿にそのような無礼な振る舞いをするつもりは無い。お町殿がお心を開かれるまでは待つとしよう。

長話してすまなかった、膳を持たせるので、ゆっくり食せ」

と隣の女中に声をかけ、膳を運ぶよう指示した。

 

 

「え?あのお町さんを?永井の殿様が!」

帰ってきた誠次郎から、事の次第を聞かされた源蔵は驚いて腰を抜かした。

「なんでも、お茶してる仲らしい。お町もなかなかやるねえ・・・見た感じイケメンだし、バカではないし、性格もよさそうだし、

まあ・・・難は趣味の悪さかな・・・お町のあのファッションにびくともしないあたり、異常かもね」

あんまりな言い方に悠太は苦笑する。

「まあ、お町次第かねぇ・・・」

と、他人事のように誠次郎は言い放つと立ち上がった。

 

 

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