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朝、誠次郎が目覚めると、枕元に悠太の書き置きがあった。
ー 昨夜は遅くまでお疲れ様です。遅くにお帰りだったので、ゆっくり休んでください。私は先に店に出ますね ー
ゆうべ・・・帰ると悠太は先に眠っていて、最近、近くにいても悠太と心が遠い事に苦笑しながら、誠次郎は床に就いた。
酒の席は苦手だが、情報収拾にはもって来いだ。相場や流行を、いち早く掴むのも商人の仕事である。
身支度を済ませて誠次郎も店に出る・・・が、悠太の姿が見当たらない。
「源さん、悠太は?」
在庫を確認していた源蔵は顔を上げた。
「若旦那・・・おはようございます。悠太は、ちょいと出てまして・・・・」
え・・・極端に嫌な顔をした誠次郎に、源蔵は急いで付け足した。
「例の昔なじみの行商人、この辺を回りきったから他んとこに行くって挨拶に来て、近くまで送っていきましたが・・・・」
「悠太、拉致されたりとかしないよね・・・帰ってくるよね?」
「内山様と一緒でしたから、大丈夫ですよ」
恭介とも知り合いなのなら、確実に鳴沢藩の関係者だろう。
以前なら判らないが、悠太の正体が判った今、恭介は悠太に危害を加えることは無い。むしろ命がけで守るだろうし・・・
などと誠次郎は一人考え込む・・・・
「あの・・・だから、鳴沢藩関係ですよね・・・問題無いと思いますが?」
源蔵の判断は正しい。
昔、鳴沢藩に仕えていた武士が、今は転職して別の人生を歩んでいる。風の便りで主君の忘れ形見の消息を聞き
懐かしさに訪ねてきた・・・そんなところだろう。
悠太にしても、自身は両親の記憶が無いのだから、亡き父の話も聞きたい事だろうし・・・
「問題ないよねぇ・・・うん」
言葉とは裏腹に、イラついている。
そわそわと店中を歩き回った挙句、用を思い出したと店を出て行った。
(若旦那・・・・本当に悠太いないとダメなんだねえ・・・・)
源蔵は呆れて、ため息をついた・・・・
「誠次・・・どうした?」
あても無く、彷徨い歩いて、ふと恭介の声に顔を上げると、向こうから恭介と悠太が歩いてくる。
「集金の帰りだよ」
思いっきりの強がりだった。
「すみませんでした、私用で外出したりして・・・」
なんとなく、自分を探していただろう事を察した悠太は、恐縮している。
「あ、昼前だけど、蕎麦でも食うか?奢るぞ」
と誠次郎は、恭介に無理矢理近くの蕎麦屋に連れ込まれた。
「恭介が奢るなんて珍しいねえ・・・雨でも降らなきゃいいんだけど・・・」
おいおい・・・あんまりな誠次郎の言葉に苦笑しつつ、恭介は蕎麦を注文する。
「久しぶりに昔なじみに会えて、気分いいんだ」
「鳴沢藩の?」
「ああ、直接の上司だった人なんだけど、お家再興の事を聞かれたから、正直に若君の意思を伝えたところ
ぜひ、お会いしたいと言われてな」
恭介は今、流行の簪職人なので、噂を聞いて人づてに訪ねて来たのだろう。
変に疑っていた自分がみっともなく思えて、誠次郎は自嘲する。
蕎麦が運ばれてきて、3人は箸を取った。
「なんとなく、お前が拗ねてるみたいな感じだったから、話しとこうと思ってな」
「拗ねてなんか・・・・」
いないと言いたかったが、はっきり断言できなかった。
「すみません、私もちゃんとご報告するべきでした」
自らの生い立ちのために、色々と苦労させた過去があるため、悠太も鳴沢藩関係の事を、誠次郎にたやすく話す事が
躊躇われたのだ。
そこまで、悠太に言われると、自己嫌悪に陥る。勝手に妄想して、悩んで・・・バカみたいだと誠次郎は思った。
「大丈夫だよ。もっと悠太を信じる努力をするよ・・・」
「そう、なんか過保護と言うより、依存っぽいからな〜お前は〜」
冗談ぽく言われると、少し気が楽になる。誠次郎は恭介に感謝していた。
「宮沢さんに、これを頂きました。母の形見の鏡です。いつか私に渡すつもりで、ずっと持っていてくださったんですって」
夜、寝室で、 いつかの手鏡を悠太は取り出して見せた。
「母を毎日映し続けた鏡です・・・」
「そうだったんだ・・」
「他の家臣の人の消息も聞かせてくださいました。それぞれ新しい人生を歩んでおられる様子で・・・って、もう少し早くに
お話するべきでしたね」
鏡をしまい、悠太は誠次郎の手をとる。
「ご心配おかけして、申し訳ありませんでした」
「いや、こんな事じゃ、いつかお前に愛想尽かされるんじゃ無いか・・・そんな気がしたよ」
悠太は笑って明かりを消して、掛け布団を持ち上げて、誠次郎を布団に寝かせる。
「私こそ・・・誠次さんに愛想尽かされるかもって、昨夜、色々考えましたよ」
誠次郎の隣に身を横たえて、悠太は誠次郎の手を握る。
「いつも当たり前と思っていたのに、こうしてくっついていないと寂しいんです。たった2,3日でも・・・」
え・・・誠次郎は悠太の方を向く。
「心もですが・・・抱かれないと身体もきついんです」
そんな言葉が悠太の口から出るとは思わなかった誠次郎は、ただ戸惑う。
「昨夜、気づいたんです・・・私は・・・誠次さんが欲しいって」
そう言って、悠太は誠次郎を抱きしめた。
「なんだか、凄く嬉しいんだけど・・・でも、どうしたんだい?」
「まだ、私の中に変なプライドがあったのかもって・・・・それが、誠次郎さんを不安にさせたのかも・・・って・・」
年下の、17歳の悠太にそんな気まで使わせた事が、誠次郎には申し訳なく思える。
「そうだね、17.8はヤりたい盛りだから、悠太をほったらかすなって・・・平次に言われたよ」
酷い言い方だなあ・・・・悠太は苦笑する。
「でも、マジで浮気とかされるのは辛いな・・・って思ったねえ」
「それは誰でも同じでしょう?」
そうだねえ・・・・頷く誠次郎に唇を重ねてくる悠太・・・
「話してる時間も、もったいないです」
寂しい想いをさせてしまったと、誠次郎は反省したりする。
「今夜は悠太が一段と可愛いねぇ〜」
「誠次さん!」
照れたように怒っている悠太が、心底可愛いと思えた。
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