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 外回りの用を済ませて、平次は雪花楼に向かう途中、瓦版屋の周りの人ごみに紛れて、向かいの団子屋の店の前にいる二人を

凝視している誠次郎を発見した。

(なにやってんだ・・・・)

座って談笑している二人は・・・・悠太と40がらみの男・・・

浮気現場を掴んだ的な光景に、ただならぬ気配を感じて、平次は誠次郎を小突いた。

「おい、若旦那・・・何してる?」

「平次・・」

ばつの悪そうな顔を向けて、誠次郎は言葉も出ない。

「ちょっと来い・・・」

平次は、近くのうどん屋の屋台に誠次郎を引きずり込んだ。

 

「で、あれはどういう事だ?」

ちらちらと団子屋を観察しながら、平次は誠次郎と並んでうどんをすする。

「2,3日前、結城屋に、あのおっさんが現れて、店でなにやら悠太と話した後、悠太連れて出て行ったらしい。

私は丁度その時、伊勢屋の奥方が娘の見合いの晴れ着とかんざしのコーディネイトの相談に来ていて、客間にいたんだ。

古い知り合いだと、源さんにことわって悠太は出たらしいが・・・」

悠太に古い知り合いなど、いないのではないか・・・平次は首を傾げる。

「見ない顔だし、横にある大荷物・・・ありゃ、行商人だぜ。何処の知り合いだ?」

「まあ、恭介の例もあるから、もと武士で鳴沢藩関係とか・・・いや、それならそれでいいんだが、なんで悠太は

私に何も言わないのかねえ・・・」

その日の夜、悠太は何も言わなかった。次の日、店の前でその男と話していた・・・聞けば道を聞かれたと言った・・・

「変に隠してるんだ」

「援助交際?」

と口に出して平次はありえないと打ち消した。行商の男より、結城屋の主人に着くほうが遥かに経済的に有利だ。

悠太にとって、今の状況は衣食住を一生涯、保障されている。他の男に行く必要は無い。

結城屋で給金も貰っているから、金に困っているとも思えない・・・

「援助交際は無いにしても、浮気とかあるかもねえ・・・」

遠くからではあるが、いつもは年より大人びた表情をする悠太が、今はまるで無邪気な子供のように笑っているのが見える。

誠次郎にも見せた事の無いような表情に誠次郎は自信を亡くしていた。

「ねえだろ?ふたまわり年上ってありかい?お前さんとでも年の差ありすぎだろ・・・それとも倦怠期?」

いや・・・首を振る誠次郎。夜も普段と変わらない・・・だから余計怪しいと思ってしまう。

そんな事を言っているうちに、むこうでは悠太が、大き目の袱紗に包まれた丸い物を受け取っていた。

「あれ、鏡かな・・・大きい手鏡・・・」

袱紗を解いて悠太が覗き込んでいる・・・立てかけて、女が化粧する時に使うような鏡だった。

 「鏡を渡すなんざあ、相当のたらしだな。タチの悪い奴なんじゃねえか?」

遊郭の主人がそう言うと、どこか説得力がある。

「でも心配すんな。行商人はいつかは何処かに行くし・・・」

連れて行かれたらどうするんだ・・・そんな心配まで誠次郎はしてしまう。

しばらくして二人は立ち上がると、それぞれ逆方向に歩き出す。

「悠太は結城屋に帰るな・・・別に何も無いじゃないか?」

平次はうどんの代金を払いつつ立ち上がった。

「安心していいのか?」

ああ・・・平次は陰間屋の主人の勘で頷く。

「と言うか、本人にちゃんと聞けよ。お前、案外疑り深いんじゃねえ?余計な事べらべらしゃべるくせに、肝心な事は訊けないってやつ?」

しっかりしろよ・・・平次に背中を叩かれて、誠次郎は歩き出す・・・

「訊けよ・・・ちゃんと・・・」

力の抜けきった背中に平次はそう告げて、雪花楼に向かった。

 

 

「悠太・・・今日、何処行ってたんだい?」

売り上げの勘定を済ませて、誠次郎は布団を敷いている悠太を振り返る。

「え・・」

「いや、昼過ぎ頃、探しても店にいないから・・・」

「恭介さんのところに、簪取りに行きました。」

恭介のところに行った帰りに、団子屋にいたらしい・・・

「誰かと会ったかい?」

「いいえ・・・」

平然と嘘をつかれた・・・誠次郎はショックで何も言えない。

「そうか・・・」

 頭の中がいろんな思いでぐるぐるしたまま、誠次郎は布団に入り横たわる。

そんな彼を悠太はただ、見つめていた・・・・

 

「源さん・・・」

台帳に売り上げを記入している源蔵のところに、誠次郎は擦り寄る。

「昨日、悠太を恭介のところに行かせただろ」

「ああ・・いけませんでしたか?」

顔を上げて源蔵は訊く。

恭介と悠太の接触を誠次郎が嫌っていたのは昔の話。悠太の正体が恭介にバレた今では、恭介が悠太に危害を加える事は

無いはずだ。

一人で恭介のところに悠太を使いにやって、不都合でもあったのだろうか・・・源蔵は誠次郎の次の言葉を待つ。

「いや、で、帰ってきた悠太の手に何か持ってたかい?」

「ああ・・・袱紗に包んだ何かを持ってましたが、私物のようなので別に聞きもしませんでした。外回りのついでに買い物しても

構わないしあの子は全然、金使わないみたいなんで、無駄使いする丁稚達と違って、何か買って来たとしても

咎めるような事もしませんが」

何故、誠次郎がそんな事を聞くのか、源蔵は話が見えない。

「若旦那・・・何かあったんですか?」

「最近、店に悠太を訪ねて、行商人の男が来てるだろう?昨日、団子屋で会ってたんだけど」

はあ・・・源蔵は呆れた顔をした。

「知り合いだと悠太は言ってましたし、道でばったり会って団子食わせて貰っても、バチは当たらないと思いますけど」

「私にゃ何にも言わないんだよ?もしかして、そいつと何かあるんじゃ・・・」

ははははは・・・・源蔵は腹を抱えて笑った。

「自分の親父さんくらいの年のおっさんと、何かありますか?」

「判らないよ?年増が趣味かもよ?」

過保護すぎて、ほとんど病気ではないかと思う源蔵・・・

「悠太は若旦那の一番近い存在ではありますが、下僕じゃ無いんですから、一部始終を管理しようなんて思わない事ですよ。

もともとあの子は口の軽い子じゃ無いし、話しも空気読みながらする子じゃないですか・・・近い間柄には隠し事が無いなんて

嘘ですよ。親子の間でも子供が成長すれば、プライベートは出来てきます。でも親は干渉しない。信じてるんですよ

そして見守っていて、いざと言う時に助け舟を出してやる。揺れ動く男心は判らなくもないですが、いい加減にしないと

愛想つかされますよ?」

かなり耳の痛い話だった・・・自分が何か、浅ましい男のように思える。

「はっきり言えるのは、悠太はバカじゃないって事ですよ」

うん・・・頷いて去ってゆく誠次郎の後姿に、源蔵はため息をつく。

(極端な人だねえ・・・)

他の事はどうでもいい誠次郎が、悠太の事には異常にこだわる・・・こだわりすぎる。

今に始まった事じゃない。何処にでも連れて歩く、店にいても始終、悠太、悠太と後を追い掛け回している。

店の誰もが、誠次郎の目を気にして、悠太とは必要以外の話をしない。

そんな雰囲気に悠太は、まいっていた。

確かに、結城屋に来た当時は ー身請けされた陰間ー −陰間のなりそこないー と陰口を叩かれた。

その上、誠次郎のあの溺愛ぶりに、若旦那の愛人だと思われていた。

何の弁明もせずに、悠太は常日頃の働きっぷりと、実力で”若旦那の世話係”という位置を築いた。

気遣い、機転、押しの強さ、引き際の潔さで誠次郎の隣の位置を皆に納得させた。

それだけを見ても、雪花楼での人間関係がいかに困難なものであったかが窺い知れたが、平次が彼を花魁候補と考えていた事も

理解できた。

知らず知らずに、誰もが悠太に操縦されているのだ・・・そんな才を持っていた。

なのに、誠次郎が彼の独占欲のために、悠太を誰にも関わらせないとするならば、それは悠太の行動範囲を縮める事となる。

悠太は悠太なりの暗躍計画があるだろうに・・・・・

(失いたくないのは判るけど・・・)

誠次郎の状況も解るだけに、源蔵はなんとも言えない気分になった。

 

 

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