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「で、上手くまとまったみたいだな」

久しぶりに、雪花楼に納品に訪れた誠次郎に、平次は笑う。

「当然だ。はなっから桐島様を脅す気なんかないよ」

頬杖ついて、そっぽをむいた誠次郎が拗ねて言う。

「いや・・・あん時はマジだったぞ?お前」

「マジだったのはお前さんだろ?私を追い出そうとしたろ?」

確かに・・・悠太の目にも、あの時の平次は、海千山千の郭の主人だった。今まで、誠次郎の前では見せた事のない姿だった。

「お前は、あの”結城屋”だからな・・・信用できるか〜」

「ああ?そういう事言う?寺小屋時代、友達のいない寂しいお前に、友達になってくれと言われて、友達になってやったこの私に・・・」

おい・・・平次は呆れる。

「友達いなかったのは、お前もおんなじだろうが」

今でも、お互い友達は一人しかいない平次と誠次郎・・・

「私は、いないんじゃなくて、つくらなかったんだよ。どいつもこいつも幼稚臭くて、相手にもなりゃしない」

(もしかして・・・・若旦那は追い出されかけた事、根に持っているのでは?) 

悠太は、ふとそう感じる。

どこまでも許した仲だった平次に、冷たくあしらわれて、実は傷ついていたのかもしれない。

「なんだか、妬けますねえ、お二人さん・・・」

今まで黙って、話を聞いていた悠太が、ぼそりと言う。

え? 何の事か判らずに、平次も誠次郎も悠太を見つめる。

「つまり、何も言わなくても、お互い理解している。理解してくれなきゃ嫌!って事でしょ?大旦那さんもですけど、若旦那のそれって

もの凄いレアですよね」

ああ・・・そう言われれば・・・

平次は思い当たる。誠次郎はもともと、他人に理解を求めない。どころか、ーお前なんかに解ってたまるかー 的な所がある。

それがこの前、自分の真意も知らずに追い出そうとした平次に失望したとするなら・・・

「大旦那さんにだけは、理解して欲しかったんですよね?」

ああ・・・そうか、そうだったんだ。誠次郎自身、やっとその事に気付く。

意識はしていなかったが、自分にとって平次はかなり特別な存在だった事に。

「私にゃ、悠太さえいればいいと思っていたけど・・・違うんだねぇ・・・」

日ごろ、かなり邪険に扱っている平次の重要性に、改めて気付く誠次郎・・・

「いや、基本は悠太なんだろうけど・・・お前ら、なんかあるたびに俺んとこ来るだろ?」

確かに二人にとって、平次は恋愛相談所だった。

悠太にとっては、平次は誠次郎の幼馴染。誠次郎にとっては、平次は悠太の元雇い主という立場のせいもあるが。

「そうか・・・思えば、お前には、ずいぶん世話になったな・・・」

平次に何かしてやっているよりも、してもらっている事の方が多い事に気付く誠次郎。

「遺言みたいな事言うなよ・・・別に、お前に感謝して欲しいとか思ってないし」

「いい奴だな・・・お前さんは」

誠次郎にそんな事を言われては、気持ち悪くてしょうがない・・・平次は苦笑する。

「でも、当分桐島様も忙しくて来れないだろ?浅葱も寂しいね〜」

誠次郎は一応、浅葱の心配もしてみたりする。

「今はある意味、大奥の一大事だから、しょうがないさ。それで・・・大奥に納品に行く時、手紙くらい届けてやってくれないかな」

「それはお安い御用だけど」

と、代金を袂に納めて、誠次郎は立ちあがる。

「また来るよ。浅葱によろしく・・・」

誠次郎の後姿を見送りつつ、彼が妙に素直になってきた事を感じる。

(それって、悠太効果 ?)

などど一人で思考をめぐらせているうちに、去って行くただ一人の貴重な友達・・・

「若旦那って結構、大旦那さんの事、好きなんですよね」

帰り道で、さっきの話を再び持ち出す悠太に、誠次郎は呆れる。

「まだ言ってるのかい?本気でやきもちやいてるのかい?」

だって・・・悠太は拗ねる。誠次郎と一緒にいた年月が、平次と悠太とでは大きく違うのだ・・・・悠太の知らない誠次郎を平次は知っている。

「平次がお前に叶うわけないだろ?オヤジだし、全然可愛くないし・・・」

「若旦那と一緒の時間では、大旦那さんに追いつけないでしょう?」

ええ?誠次郎は立ち止まる。     

「もう、とっくに追いついてないかい?毎日毎日一緒にいて、寝る時も一緒で・・・追いついてるよ〜」

寝る時も一緒・・・  これは重要ポイントかもしれないと悠太は思う。 

他の誰も、誠次郎の隣で眠る事はない。悠太だけの特権なのだ・・・

「というか・・・平次とは絶対しない事を、悠太とはしてるに、やきもちってなんだい?」

そうか・・・悠太は歩き出す。

平次の知らない誠次郎を、悠太は知っている。

「まあ、やきもちやいてくれるのは嬉しいんだけどね・・・平次相手にやいても 月とすっぽんというか・・・」

それでも、きっと誠次郎は、平次が好きなのだと悠太は思う。

平次だけでなく、源蔵の事も好きだろう・・・気付いていないだけで。

「なんとなく落ち着いたから、今からどこか行く?」

「行くってどこに?」

店に帰る途中で、唐突にどこかに行こうといわれて、悠太は困る。

「なにか食いに行くか、芝居見物に行くか・・・出会い茶屋・・・」

若旦那・・・悠太は誠次郎を睨む。いくら不真面目でも、皆が仕事している時に遊び回るとは・・・

最後の一言は、どさくさに紛れて出たっぽいが、一番本音っぽい気がしていただけない・・・

「あ、怒ってる?」

「これ以上、不真面目にはならないでください。大番頭さんに私のせいだって怒られますから」

「悠太のせいだもん・・・」

また・・・そういうことを・・・自分より子供っぽい主人に悠太は言葉も無い。

「フェロモンまき散らかしてる悠太のせいだもん・・・今まで何度、仕事中に蔵に引きずりこもうと思ったことか・・・」

聞き捨てならない問題発言を繰り返す主人に、悠太は限界を感じる。

「仕事に支障をきたすのなら、私は他の店に奉公にあがりますよ?」

「え・・・何それ・・・恩を仇で返すの〜ひど〜い・・・」

冗談なのか、本気なのか、半泣きになっている誠次郎を、悠太はなだめる。

「なんとなく言ってるだけですよね?私が誘いにのらないないの知ってるから。私が誘ったら、若旦那はダメって言いますよね。

若旦那はそういう人です」

一人で納得されて、誠次郎は言葉が出ない。

「ちょっと、駄々こねてみたかったんですよね?」

う・・・うん・・・無理に頷いてみる。もう、違うとは言えない状況である。

「本当に、若旦那ってお茶目なんだから〜」

丸め込まれた・・・・封じ込まれた・・・誠次郎は黙々と店に向かう。

17歳の手代に操縦されている27歳の店主・・・泣く子も黙る腹黒結城屋

(なんか、情けない・・・)

悠太の笑顔を見ながらそう感じる。

若い子にメロメロなオヤジみたいな自分が、信じられない。

(いつから、こんな腑抜けになったんだろう・・・)

少し前まではマイペースだったのに。

人は何かに、誰かに影響されずには生きてはいけないらしい。

「若旦那〜早く〜」

悠太に腕を引っ張られつつ歩く。

ははは・・・引きつった笑いをもらしつつ、幸せを噛み締める。

そんな矛盾。

(まあいいか・・・悠太は可愛いから)

おかしな妥協。

それでも、昔の自分の何十倍も人生を謳歌している。

ー悠太のおかげーと言っておこう。

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