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4日後、浅葱の待ち人は訪れた。1ヶ月ぶりに・・・・

「何かあったのですか?佐之助さん」

唯一本名で呼びあうこの想い人は、座敷に上がって頭巾を取るとそう聞いてきた。

男装の貴婦人・・・男にしては小柄だが、女にしては少し背が高めの彼女は、凛々しい面立ちをした大奥の最高責任者・・・

「お鈴様・・・先日、結城屋の若旦那が、私の笄のことを聞いてきました」

「結城屋のいる前では気をつけて外していたつもりでしたが、バレましたか・・・・」

「すみません、かえって危険な立場に追いやってしまいましたね」

浅葱は膳に置かれている杯に酒を注ぐ

「佐之助さんのせいではありません、それに、それくらいの覚悟無しに、私がこんな大それた事をしているとでもお思いか?」

「でも・・・・」

浅葱は桐島が失脚する事を望まない。

桐島は杯を受け取ると微笑む。

「上様だけをお守りしてゆく事を誓いつつ、上様よりも大事な人を作ってしまった事は申し訳ないけれど、しょせん、

上様には、お藤様がおられる」

浅葱は青ざめた顔を杯に落とす。

大奥の上臈が陰間に狂って廓通い・・・世間は桐島をどのような目で見るだろうか・・・

稀代の妖婦・・・そんなものに彼女をするわけにはいかない。

「もしもの時は、私が証明いたします。貴方様とは何も無かったと」

「廓で何も無かった・・が通じるだろうか?」

それでも・・・それが真実なのだ。

「お鈴様は私を一人の人間として接してくださったただ一人の方、幼馴染の友のように、いつも語りあって、

時を過ごしたではないですか」

「私は幼い頃より奥に仕えた。女ばかりの中で育ち、それなりに出世してからは上様や老中達と話す事もあるが、

皆、仕事上のこと。私は男女の事は皆目判らぬ。こんな愛し方しか出来ぬ・・・」

「たとえ叶わない愛でも、私はお鈴様を一生胸に抱いて生きてゆく所存です。」

「どんなお咎めがあろうと、私は受ける覚悟がある・・・が、結城屋は見たところ、世間で言われているほどの悪人では

無いと思うが・・・」

動揺している浅葱に反して、桐島は冷静だった。これは、器の違いなのだろうか・・・

「はい、あの方は、自分に害なす者には思いっきり噛み付く習性がありますが、根はおせっかいでいい人です。ただ・・・」

「お藤様と接触しておるのだな・・・・・」

はい・・・浅葱は頷く。

手にした杯を飲み干すと、桐島は微笑む。

「案ずるな、お藤様も悪人ではない。あの方はただ、上様のためだけに生きておられる方、私利私欲のかけらも無い方じゃ。」

「お藤様とは敵対なさっておられたのでは・・・・」

「まさか。私はお藤様を案じておる。よい、私から結城屋を尋ねよう。」

「お鈴さま・・・・」

まだ心配の念が消えない浅葱は、顔を曇らせる。

「案ずるな。自分の頭のハエは自分でおえる。それより、せっかく逢えたのだから、笑って語り合いたいのだが・・・」

はい・・・頷いて微笑むと、浅葱は顔を上げた。

 

 

「だから、直接乗り込むと?」

次の朝、浅葱から報告を受けて、平次は驚いた。

「さすが、女だてらに武士魂持ってるな・・・」

感心している場合じゃあ無いでしょう、と言いたい浅葱。

「後は誠次を信じるしかないなあ・・・」

遠い目をした平次の後ろで、障子が開いた。

「何、信じるんだい?」

「誠次?!」

「どんだけビビッてるんだい?」

ふてぶてしく部屋に入る誠次郎に、悠太も続く。

「おはようございます・・・・大旦那さん・・・」

「アポ取れたから。もうここでだだこねないよ」

はやっ・・・・平次は桐島の行動力に舌を巻いた。

「あのな・・・誠次、言っておくがな、浅葱とは何もないんだぞ?」

「たまにいる、金払って話だけして帰るお客だってぇのかい?」

ああ・・・

浅葱も平次も同時に大きく頷いた。

「どっちでもいいいさ・・・そんな事。」

はあ・・・・・

「わたしゃ、悠太にしか関心ないから。誰と誰がどういう仲でも、知ったこっちゃないよ?」

「・・・そうか・・・・」

「若旦那・・・」

「心配するな。公にする気はないよ。ちょっと、コッチの意見聞いてもらうだけだから〜」

それがアヤシイ・・・・平次と浅葱は不安になる

「まあ、安心しろと言いに来ただけだから。」

どこか不安なのは気のせいなのだろうか・・・・平次は苦笑しつつ頷く。

「お前を信じてるからな。」

一応、釘は刺しておこうと、平次は思ったりしている。

ああ・・・頷いて立ち上がる誠次郎を、浅葱は見送る。

「厄介事を収めるだけだから、心配しないでいい」

そういい残して、誠次郎は雪花楼を後にした。

 

 

「安心させようとして行ったのに、かえって不安にさせてしまったねえ・・・」

帰り道で誠次郎がつぶやく

「デリケートな問題ですからね・・・でも、浅葱さんは本当に桐島様の事、好きなんですね」

「そう感じたかい?」

誠次郎の問いに、悠太は頷く。

「叶わない恋して、苦しいだろうに・・・」

身分違いにもほどがある・・・

「叶わないから好きにならない。叶うから好きになる。っていうものでもないでしょう?」

悠太自身、雪花楼にいた頃は、誠次郎と、こんな風になるとは予想もしなかった。

人生は判らない事だらけだ。

「人は、かえって叶わぬ恋に燃えるのかねえ・・・」

まったくの人事のように言う誠次郎に、悠太は詰め寄る。

「正直、若旦那はどうだったんですか?私の身請けが決まった時」

「なんか・・・焦ったねえ・・・加納屋が死ねばいいとか思った」

それは・・・加納屋が可哀想ではないか・・・

「そうか・・・私達も途中までは、叶わない運命だったんだねえ・・・」

悠太が誰にも奪われなくてよかった・・・改めて誠次郎はそう思った。

「だから若旦那も、人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られて死んでしまいますよ」

ええ〜〜

誠次郎の渋い顔を見つめつつ、悠太は微笑む。

「とにかく、今回の件は、うまくまとまるといいですね〜」

最低、こじれない事を祈る誠次郎だった・・・・・

 

 

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