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 「浅葱太夫いるかい?」

雪花楼に着くなり、誠次郎はそう切り出した。

「いるが・・・何の用だ?」

自分に挨拶も無く、雪花楼の御職を探す誠次郎に嫌な予感を隠せず、平次は訊く。

「呼んどくれ」

相変わらず、笑みを浮かべてはいるが、用件のみを吐き捨てるように告げる誠次郎を、平次は尋常でないと感じる。

とにかく、浅葱を呼んで、平次の部屋で対峙する。

「若旦那・・・お越しでしたか?何か御用でも?」

洗い髪を後ろで束ねて、着流しの浅葱が誠次郎を見る。

凛々しいたたずまいの彼は、廓でも華美に飾らない。大柄な体格を利用して少し男らしい装いを心がけている。

「お前さんの、太夫のお披露目の時に作った笄、見せとくれ」

えっ・・・・

訳がわからず、何もいえないでいる浅葱に、誠次郎はたたみかける。

「恭介作の一点もの、まさか、無くしたりなんかしてないだろう?」

明らかに、誠次郎は何かを掴んでいる。ヘタに嘘はつかないほうがいいと浅葱は感じた。

「あれは・・・懇意にしてくださっているお客様に、お譲りしました・・・・」

「どんな客だい?そんな大事なものくれてやるなんて・・・」

「おい!」

平次が見かねて誠次郎を制する。

「いくらお前でもやりすぎだ。そんな事訊いてどうする気だ?うちは客の情報を外に漏す事は禁止している。」

「お前の笄、してる人を見たんだよ」

「誠次!」

平次は激怒した

「いい加減にしろ!たたき出すぞ?ウチにだって用心棒の旦那達は大勢いる・・・」

じっと黙って成り行きを見ていた悠太も、平次の様子で限界を感じた。

「若旦那・・・今日は引き取りましょう。」

「出すぎた事は判っている。もし、その人物がここに出入りしているなら、引き合わせて欲しいんだ。内密で話したいことがある。」

あくまでも引き下がらない誠次郎に、ため息の一同・・・・

「会うことも難しいから、ここで頼んでいるんだよ・・・脅したりする気はないよ」

「すみません。ご協力いたしかねます。」

浅葱は頭を下げた。雪花楼を通して会う事自体がすでに脅しとなる・・・・

 

 

「若旦那、らしくないですよ?」

帰り道、悠太があまりな強引さに苦笑する。

平次の店主の顔を久しぶりに見た。

「いいのさ、あれくらいしておけば、危機感を感じて、向こうから来るさ。」

 しかし、それは認めたことになる。

「珍しい事じゃない。昔からちょくちょくいるさ。陰間屋に通う女の客は」

大店の未亡人が陰間に入れあげて、お忍びで通う事は無いことはない・・・しかし・・・

今回は桁違いだ。ヘタをすれば誠次郎が潰される。

 

 

「あいつ、何する気だ?」

誠次郎が帰った後、平次はため息をつく。

「すみません、若旦那に気付かれるとは迂闊でした。」

浅葱が目を伏せる

簪、笄・・・似たものは、いくらでもある。恭介ブランドであっても、鑑定できる者はそういない。

「恭介さんは自分の作ったものだから、わかるだろうけど、あんなところには出入りしないからと、安心していました。」

「だよな。確かに。誠次は自分とこの商品だ、目利き出来て当然だ。しかも あいつ、最近大奥に出入りしてるからな・・・・

気をつけるべきだったな」

平次は、ため息とともに、冷め切った湯飲みの茶をすする。

「若旦那は最近、お藤の方様と接触したと聞きます。今回の事、お藤の方の差し金ではありませんか・・・」

まあ・・・そうだろう・・・平次は頷く。

誠次郎が、雪花楼に来る客に興味を持ったことなど、一度も無い。

誠次郎の性格からしても、今回の事も普通なら、スルーする内容だ・・・・

「何か、首突っ込んでるな。あいつ」

 誠次郎を一応信じてはいるが、だからと言って、廓の店主としての義務を怠るわけに行かない。

「大旦那、私はあの方が傷つくのを見過ごすわけには行きません。命に代えてでも守りますよ」

ああ・・・・

平次はうなづく。職業柄、色々な醜聞、修羅場に出くわしてきた。

守ろうとした事も、守った事も、守りきれなかった事もある。

「心配するな、悪いようにはしない」

廓の主人である以上、背負わなければならないのものがある。たとえ、誠次郎でも、それは譲れない。

 

 

「浅葱さん、昼間 結城屋の若旦那が笄のこと聞いてきたって・・・」

夕方、浅葱付きの見習いである椿が、心配して聞いてきた。

浅葱の介添えもしている彼は、事情を知る者の一人である。

「心配しなくていいよ。私は負けない。守ってみせる」

首筋におしろいを塗りつつ、椿は頷く。

「でも、お二人は一緒になる事は出来ないのですか・・・」

「私が廓から出る事はあっても、あの方がお城から出る事はないよ・・・でも、心はいつも一緒にいるから」

カゴの鳥はお互い様だ。

うわべで飾られた身体だけの繋がりの世界で、心だけで繋がれる事が、どれだけ稀な事か判らない。

「それでも、あの方に逢えて幸せだ。」

浅葱さん・・・・

まだ幼い椿は、浅葱の深い想いまでは思い図る事は難しいが、それでも、彼らが真実の恋をしていることはわかる。

ここでの金で買えるような、薄っぺらい愛情とは似ても似つかない、真摯なものを感じる。

化粧を終えて、浅葱は手元の扇を広げる。いつも、店に出る前に広げて見ている扇である。

「また、来られるといいですね・・・」

浅葱がどれだけ待ちわびているか、椿は知っている。

「そうだねえ・・・忙しい方だから・・・」

それでも、逢える時を頼りに日々生きている。

扇を閉じて、浅葱は立ち上がる。椿はその浅葱に内掛けをかける。

「今日も忙しいよ・・・覚悟しろよ。」

浅葱について階段を降りれば、下はもう、客でにぎわっている。

いつもと変らない時間が繰り返される。

接客スマイルを浮かべて、浅葱も、その喧騒の中に身を投じる。

見かけは華やかだが、ここは戦場のようだと椿は思う。

様々な思惑が交差して、ぶつかり合っている。

皆、籠の中で必死で戦っている・・・・・

それが自分の居場所なのだ。椿は浅葱の背中を見つめつつ、ついてゆく。

嘘で固めた世界にも信じられる物がある事を信じつつ。

 

 

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