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この日の大奥納品は、悠太まで借り出された。
「すまないねえ、この量だから・・・・」
二人で大風呂敷に両手で抱えて、やっとの恐ろしい納品量である。
「これじゃ怪しまれますよ? 小間物屋の商品なのにこんなにかさばるのは異常ですよね・・・」
羽織袴の正装の誠次郎の後ろを悠太はついてゆく。
「まったく、乙女の妄想は偉大だねえ・・・・」
これでは、中身は本ですと言わんばかりである。
「大丈夫なんですか?」
出る杭は打たれる。目立ちすぎて得をすることはあまり無い
「さあ・・・・」
相変わらずへらへら笑っている、緊張感のない誠次郎が、悠太は不安である。
「まだ、ご禁制と決まったわけじゃないし〜でも、今回覚悟しておくれ。間違いなく悠太は注目される」
お江戸のベストカップル第一位に輝いた二人が揃って顔を出すのだから・・・・
さらに、お町が吹聴している、結城屋の愛人説・・・
誠次郎は二股かけているのか?両刀だったのか?その事に対して悠太はどう思っているのか?
菊娘達の好奇心はマックスである。
「若旦那、何を企んでいるんですか?」
そんなところに悠太を連れて行こうとしている誠次郎、明らかに何らかの意図があると悠太は見た。
「ああ、到着するまでに話はしておくよ。実は、昨日のお藤様の話あったろう?」
悠太と並んで、少し声を落として、誠次郎は話し始めた。
「将軍様の側室の方ですね」
「何の先入観も無しに見て、第一印象を聞かせて欲しいんだ」
何故、誠次郎がそんなにお藤の方にこだわるのか・・・悠太にはこの時、わからなかった。
「話はそれからだよ」
とにかく、何かに首を突っ込もうとしていることは確かだった。
「若旦那・・・お越しでしたか」
結城屋が来たという連絡を受けて、お照が二人の同僚と共に玄関口に現れた。
「お照ちゃん、相変わらず別嬪だねえ〜」
「もう・・・冗談ばかり。あら、今日は悠太も一緒なんですね」
悠太・・・その言葉を聞いて、周りの娘たちは一斉に振り返った。
「お照さん、お久しぶりです。」
ーしゃべった!本物がすぐ傍で動いてしゃべっている!−
お互いに興奮しながらコソコソとそんな事を話している。
「こちらお代金です。私のお部屋の注文分、いただいて行きますね」
袱紗の中の小判を確かめて、誠次郎は大風呂敷の一つを、お照に渡した。
「あと・・・これを、おみつに。少しだけど、お小遣いです」
そう言って、金の入った手作りの巾着を誠次郎に渡す。
「あまり気にしなくても大丈夫だよ。お峰やお裕が色々良くしてやっているし。使用人は毎年、
正月に着物一着ずつ仕立ててやってるから、生活には不自由ないはずだよ。」
幼くして両親をなくして二人だけの姉妹、心配するなという方が無理だろう。
「若旦那を信じて妹を預けているんです。心配はありませんが・・・」
「判るよ、気持ちは。」
そう話しているうちに、次々と娘たちが大風呂敷を受け取りにやって来た。
そして、噂を聞いて、悠太を一目見ようと、用も無くうろうろする菊娘たち・・・
「どうしたのです?皆、持ち場にお戻りなさい。用も無く、ここで油を売っていてはいけませんよ」
上品な上臈が現れ、やさしく奥女中達をたしなめた。
はい・・・皆一礼して去ってゆく・・・
そして、仕立てた打掛けを受け取りに、呉服屋のところに歩いてゆく。
「お藤の方だよ」
誠次郎はそっと悠太にささやく。
あの方が・・・・・静かで柔らかな身のこなし、控えめな微笑、あだっぽい感じは皆無だが、
潔い清清しい感じが好感を持てる。でも、あの方は・・・遠目ではっきりわからないが、悠太は首をかしげる。
「結城屋・・」
内掛けを受けとったお藤が、誠次郎の方にやって来た。
「今度のお宿下がりに、頼みたいことがあるので、結城屋を尋ねてもよいか?」
「はい、私のようなもので足りるなら、喜んで。お待ちいたしております」
誠次郎の応答に頷いて、静かに去ってゆくお藤。
判らないことばかりで頭が混乱したまま、悠太は誠次郎と帰途についた。
夜、寝る前にももじを抱いて遊んでやっている悠太の隣に座り、誠次郎は訊く
「どうだった?お藤の方は?」
「どうって・・・どうしてあの方は大奥におられるのでしょう?大奥は男子禁制ですよね?」
誠次郎は頷く。
「やはりそうかい。そうじゃないかと思っていたんだ」
「それを私に確かめさせたかったんですね」
「ああ。でもそれは確かかい?」
「十中八九。扇で首元を隠しているあたり、確実かと・・・」
「バレてないなんて、凄くないかぃ?」
「まさか、大奥に女装した男がいるなんて思わないでしょう。しかも、将軍様のご寵愛を受けて・・・」
はっ、悠太は事の真相を知った。
「だから、将軍様は・・・」
「女が駄目なんだな。恭介と同じ。だから御正室は手つかず。お藤様しかお夜伽は無し。お子は生まれない。
筋が通るだろう?」
「また、弱みでも握って、天下でも取るおつもりですか?」
はははは・・・・誠次郎は笑う。
「運は回ってきた。お藤様は頼みがあると仰ったんだ。もうコッチのものさ。」
何で、若旦那に? 悠太は理解できない。
こんな腹黒に秘密を明かして、危険この上ないではないか・・・・
「悠太?どうして私なんかを頼るのか、不思議なんだろう?」
え?・・・・どうして判ったんだろう・・・悠太は苦笑する。
「商人組合の顔の広さ、力関係、それだけじゃないよ。菊モノを大奥に密輸入している私には、今回の菊モノご禁制法案は
ダメージだ。上様に掛け合ってなんとかしてやる・・・と持ちかけることも出来る。さらに、私は同類項だ。
これだけ理由は沢山あるのさ」
「とりあえず、若旦那は、大奥に恩を売るおつもりなんですね」
「ま。いいお得意先だからねえ・・・」
大丈夫なんですか・・・・悠太は不安になる。
大奥は女の陰謀が渦巻く世界。そんな魔性に首を突っ込んで、かかわるなど尋常ではない。
「悠太、お前の心配はわかるよ。でも、あのお藤様には陰謀も画策も無いのさ。私の目にはただ、ひたすら何かを
守ろうとしているように見える。
ただのおせっかいで、助けたいって言ったら・・・お前は信じるかい?」
はい・・・悠太は知っている。悪ぶっているけれど、首を突っ込んだ事件のほとんどは、おせっかいから来ている事を。
いい人ーなんて言われたくなくて、悪ぶっている事・・・・
「そういう誠次さんが好きですよ。」
平次もおそらく、誠次郎のそう言うところが好きなんだと思う。
平次だけではない。源蔵もお峰も、お妙も、お町も皆、腹黒といいながらも誠次郎が好きだ。
「あ〜何?それ?誘ってるの?寝ようか〜」
まったく・・・いいように解釈している誠次郎に呆れつつ、悠太は抱いていたももじを、カゴに入れてやる。
二人の会話中に、ももじは安らかな寝息を立てて眠っていた。
「じゃあ、誠次さんはお藤様に協力するおつもりなんですね。どんな依頼であったとしても。」
掛け布団をまくって誠次郎を布団に寝かせる。
「出来るだけ、力になりたいとは思うよ」
そうですねえ・・・・・・微笑みつつ悠太も布団に入る。
もともと、こういう面倒事が誠次郎は結構好きなのだ。
頼られると、頑張ってしまうお人よしなだけかもしれないが・・・・・
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