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簪の納品に来た恭介に、悠太は茶を差し出す。

「すみません、若旦那は今、大奥宛の品をお町さんから受け取っていまして・・・それがまた大量なんで・・」

「お町の本、大奥に流してるのか?なんか・・・世も末だな」

そんな事、言えた義理ではないが、なんとなく言ってみたい恭介だった。

「近く、菊狩りが始るとか言う噂がありますけど・・・・」

菊娘は正常な男女交際を拒むものであり、ひいては少子化現象にも繋がる人類の敵とまで言われている。

「キリシタンよりたちが悪いとか言われてるよな・・・・一種の社会現象だ。」

あまりにも菊モノが、はばをきかせすぎたのだ。

「間違うなよ?衆道を狩るんじゃないぞ?織田信長と前田利家を否定したら武家は終わっちまうからな。俺らは問題なしだぜ」

恭介と同類にされてしまい、悠太は少しむかついたりしたが、顔には出さずに微笑んだ。

「女が男同士のの恋愛にハマって、男女の恋愛に背を向けたら世の男たちは困るわけよ〜男が皆、

俺達みたいな奴ばっかりじゃないからな」

だから・・・・悠太は苦笑する。俺達、と一緒にしないで欲しかったりする。

娘達にそっぽ向かれた世の男たちが、そろそろキレてきた・・・というところだろうか。

「それって、やはり、大奥にお町さんの本が入ってきたのが問題なんでしょうか・・・」

「ああ、大奥で一番偉い女がギャーギャー叫んでるらしいぜ。将軍様は菊狩りにはあまり乗り気じゃないみたいだけどな」

少し、お町の行く末が心配になってきた悠太だった。

雪花楼も、結城屋も、恭介も、少なからず影響を受けるだろうし・・・・

しかし、恭介は茶をすすりつつ余裕だ。

「気にするな。乙女の妄想を止められる奴なんざぁいねえよ」

お町の口癖を恭介の口から聞くと、何故か違和感を隠せない。まあ、同類項と言えば同類項ではあるが・・・

「しかし、菊モノ取り締まるんなら、巷に出回っている、資し本も取り締まれよな・・・あの方が悪書だと俺は思うぞ」

学問書を除けば、本と言えば大概エロ本まがいのものばかりのこの時代、菊モノなど大したことはないはずだ。

「何か、あったんでしょうか?大奥で・・・」

「確かに、側室が増えないって問題になってるけど、それは上様が、お藤の方様一人を溺愛されての事、あっちゃこっちゃ

手ぇ出すより、安定していいと俺は思うんだがなあ」

「だから、まずいんだろ?」

突然、大風呂敷を抱えて、誠次郎が入ってきた。

最近出入りしているだけあって、何かを察しているらしい。大風呂敷を部屋の隅に置いて、誠次郎は恭介と向かい合って座る。

「大奥の大ボスの、目の上のこぶなんだよ。そのお藤様が。いわば、将軍様が嫁に入れ込んで母親をないがしろにしてる状態

とでも言おうかねえ・・・・」

「そんなに猛威をふるっているのですか?お藤の方は・・・」

「いや。お藤様はおとなしい方なんだが、上様がオーバーすぎるらしい。それでもお世継ぎが生まれれば問題無しなんだけど、

まだ生まれないし」

「詳しいですね、若旦那。」

「ほら、お照が入るだろ?あそこ。私を見かけると、妹のおみつのこと心配して色々話しかけて来るんだが、そのついでに

色々情報も収集するわけで・・・」

ああ・・・・・恭介と悠太は沈黙した。

誠次郎は結構知りたがりで、好奇心旺盛だ。迅速かつ正確な情報は商人の命でもあるが、誠次郎の場合、弱みを握って我田引水が常である。

「正室の宮様にも目もくれず、つーのがまたいけない。お泊りはあったが、まだお手がついていないとか?」

「そんなにブスなのか?宮様は?」

恭介さん・・・・悠太は呆れる。

「な訳けないだろう?お藤様も美人だけど、宮様も負けないくらい美人らしい。つーか、お藤様より数倍色っぽいという噂だ。

色白で、ぽっちゃりらしい」

「判った。上様は色気のあるムチムチした女が苦手なんだ」

恭介が手をぽんと打って一人で納得した。

「恭介さんみたいに・・・・・ですか?」

悠太の突っ込みに笑いながらも、誠次郎は当たらずとも遠からずと感じる。

確かに、この前、呉服屋の仕立てを受け取りに出てきた時に垣間見たお藤の方は、清楚で媚がない。どこかサバサバしていた。

話し方は柔和で優しいが、声はハスキーな感じがした。

後姿も、長身に痩せていて、腰も細かった。セックスアピールと言う点では皆無かもしれない。

しかし、そんな彼女を愛する将軍様を異常とは思わない。

誠次郎自身、女の曲線美や色気に何の興味も無いし、清純な娘に好感を持つ方だからだ。

「人も好みは色々だからな・・・ブス専てものあるしな」

勝手な事を言って入る恭介の向かいで、誠次郎は何かがひっかかってならない。

「まあ、とにかく、菊モノに現を抜かしてないで、女を磨いて上様のお目にとまれ、て事になったんだ。だから、

菊モノ密輸入してる私は

かなりやばいねえ・・・・」

満面の笑顔で語る誠次郎は、まるで緊張感が無い。

「では、見つかれば、お咎めが・・・」

悠太は心配でたまらない。

「それもあるけどね、ご禁制になればなるほど、値は跳ね上がるよねぇ・・・」

かなり危険な商人根性・・・はなから、まっとうに生きる気など無いらしい。

「危険なことは辞めてください。若旦那に、もしもの事があったら・・・」

「そうだね。お前のためにも、自分の身は労わる事にするよ」

ひしと悠太を抱きしめてしみじみそう言う誠次郎に、恭介は呆れる。

「俺の前でいちゃつくんじゃねえ!」

「ははは・・・・ま、お町も心配していたよ。あいつから菊モノとったら何も残らないからねえ・・・・・・」

途端に失業まっしぐらだろう。

「それはいいが・・・誠次、悠太から離れろ!」

どさくさにまぎれて抱きついていたいのが見え見えである。

「羨ましいだろ〜〜」

わざと見せ付ける誠次郎が憎たらしい恭介である。

「つーか、マジ、お前気をつけろよ?」

代金を懐にしまい、恭介は立ち上がる。

ああ・・・・不意に真顔になって、誠次郎は恭介の後を追うために立ち上がる。

「またな・・・」

店の外まで見送ると、誠次郎は空を仰ぐ。

「悠太・・・雲行き怪しいねぇ」

気づかないうちに大奥のごたごたに巻き込まれている事を誠次郎は感じる。

(まったく、お町といると、ろくな事は無い・・・)

昔からトラブルメーカーだった。

しかし、最後は周りを巻き込んで、吸収して大きくなったのが、お町。

(台風みたいな奴・・・・)

それだけのパワーを持っている。無敵の妄想パワーはとどまるところを知らない。

そして、恐らく、彼女は時代に選ばれた人物だ。

江戸の文化の担い手として選ばれた、時の人なのだ。

「若旦那・・・」

隣で心配顔の悠太に、誠次郎は微笑む。

「悠太、台風が来ても中心である目のところにいれば、何の被害も無いんだよ。」

どれだけ巷が振り回されても、お町は微動だにしない。

ただそこに存在し、周りを振り回す。だから、お町だけを見ていればいい。

「あ、そうだ、今度一緒に大奥に行くかい?お前に確かめて欲しいことがあるんだ」

え・・・・

悠太は戸惑う。かなり、ああいう場所は苦手である。

「なんとかあの大ボスの弱み握れないかねえ・・・」

桐島の局・・・・大奥を束ねる総責任者。

先代将軍に使えていた奥女中で、信頼も厚い。

徳川に生涯忠誠を尽くすと誓い、個人の幸せのすべてを捨て、世継ぎ誕生に力を注いでいる。

と、皆から言われている。

「なんだか、子供産め産め!って脅されている将軍様が気の毒に思えてねえ・・・・種馬じゃあるまいし」

最愛の側室と引き裂かれるかも知れないと思えば思うほど、誠次郎は気の毒でならない。

もし、彼が将軍でなく、ただの商人だったら、好きな相手と幸せに暮らせたであろうに・・・・

いや、それでもこの世はままならないものだろうか・・・・

「若旦那・・・」

悠太はそっと、誠次郎の腕に自らの腕を絡ませた。

 

 

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