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悠太が湯殿から寝室に戻ると、誠次郎は布団の脇に座って待っていた。

「遅いねぇ・・何してるんだい?」

「ついでに湯船も洗ってきました」

主人専用の湯船は、悠太が最後に使うので、あがる前に洗っておくと次の日にすぐ沸かせる。

「いつも、風呂掃除してて遅いのかい?」

「はい。あの、先にやすんでくださっていいんですよ・・・」

こんなにあからさまに待たれては、怖いものがある。

「私より、お前をさっさと寝かさないと・・・夜は風呂の世話より主人の世話をしなさい」

確かに、誠次郎は几帳面で、湯殿は綺麗に使うので掃除は楽である。

「そういえば、寡輔はお糸さんと別れてこんどは岩田屋のお染めさんと付き合っているようですよ」

最近結城屋によく来ていた、乾物問屋の末娘・・・

「モテていいねえ・・・あいつは。」

「モテたいんですか?」

笑いつつ悠太は誠次郎に向かい合って座る。

「悠太にはモテたいんだけどねぇ・・・なんだか私より湯船の方が好きらしい」

「どうしてそうなるんですか!」

わけが判らない悠太は苦笑する

「最近、床に入るの避けてないかぃ」

何言ってるんですか・・・言葉も無く誠次郎を見つめる。

明らかに、就寝時間は早まっている。一日の日課を終えると今までのまったり会話する時間を省略して就寝している。

「これ以上は、就寝時間は縮まらないかと・・・」

「湯船構う時間あるなら、主人を構いなさい」

はあ・・・・

「こんな事を話す時間も、もったいないから」

と悠太の着物を剥き始める誠次郎に、悠太は床に入るよう勧める。

「床にお就きください・・・」

「何か、気にしてるよねぇ?」

あ・・・・悠太は俯く。

最初の夜から気にはなっていた。

「背中・・・気にしてるのかい?」

悠太は誠次郎に背中を向ける事を避けていた。

「火傷が・・・」

背中の火傷の痕のために、悠太は陰間としての資格を失った。

それは幸いと言えば幸いなのだが、売り物にならないと言う事は、この傷のために愛される価値を失なった事になる・・・・

「その痕を見ると、私が萎えるとでも思っているのかい?」

そう言うことではないのだろうか・・・・悠太は言葉に詰まる

「私は、お前の火傷の痕が好きなんだけどねえ・・・」

そんな事があるのだろうか・・・自分では見る事が出来ないため、悠太には痕が、どのようになっているかはわからない。

しかし、廓では傷物は価値が下がる。傷の中でも火傷の痕は一番醜いとされている。

「お前は、陰間じゃないんだよ。嫁と陰間の違いが判らないのかい?」

ため息と共に誠次郎は自分の夜衣の襟をはだける

「じゃあ。この刀傷は醜いのかい?」

首筋の刀傷は、今では悠太だけが見れる特権である。

どれだけこの傷をいとおしんで来たか判らない。

「いいえ」

「男に襲われて出来た傷だよ?」

「その傷は、私だけの特権ですから・・・・」

「だから、同じなんだよ。と言うか、私的には萌えなんだけど〜」

「だから背中にこだわってたんですか・・・」

悠太にも笑いが込み上げてくる。取り越し苦労・・・そんなところだろうか。

「お前がそんな事を気にしているとは思わなかったよ」

あっという間に悠太の肩がはだけられる。

「どうしてですか?」

「だって、私の首の傷、好きそうだったから・・・」

え・・・・

「ここじゃないか、お前がいつも最初に口付けるのは・・・」

そう言って誠次郎は自分の傷痕に触れる。

いつも、愛したいと思っていた・・・・そして、少しでも癒してあげたかった・・・・

自分がそうであるように、誠次郎もそう思っていたのだろうか・・・

「おいで、愛してあげよう・・・」

悠太に背中を向けさせて、誠次郎は抱きしめる

「何も隠さなくてもいいんだよ。ありのまま愛したいんだから。」

決して嘘ではない、白い儚げな悠太のうなじから広がる白い背中の、火傷の痕は、花が咲いたように誠次郎には見えた。

「美人が火傷したら痕まで美しいんだろうか・・・」

「そんな事あるわけ無いでしょう・・・」

しかし、今ではそれも信じられる。

「他の誰にも、もったいないから絶対見せない。」

幸い、見える場所でも無い。

「でも、そういう恥じらいのあるところが可愛いねえ・・」

「誠次さん!」

真剣に悩んでいたことが、馬鹿馬鹿しく思えて悠太はため息をつく。

そして、そっと傷痕に落とされた誠次郎の唇・・・・

焼けて固まった皮膚に感覚は無いはず、なのに傷跡が熱い。他の皮膚よりも感覚が鋭いような錯覚に陥る。

氷の中に閉ざされた孤独が少しづつ溶けてゆく。

最後の砦が崩壊する。悠太はどこかで、すべてを誠次郎に開け渡すことを心の隅で恐れていた。

終焉が来るような気さえした。

何故、信じなかったのか・・・すべて受け入れられる事を。委ねる事さえ怖かった。

心の中の氷が解けて水になり、悠太の頬を濡らす。

「私は馬鹿ですね・・・」

「あんまり利口過ぎると、可愛げが無いから、馬鹿でいいんだよ〜」

さっきまで湯船にやきもちを焼いていた人の台詞とは思えない言葉に、笑いが漏れる。

「だから誠次さんは可愛いんですね」

「何のことだい?」

「湯船と、はりあったりして・・・・・」

少しむっとして誠次郎は悠太を布団に押し倒す。

「無駄話が多いねぇ・・・口、塞ぐよ」

「どうぞ〜」

「笑うな」

「はい」

「まだ笑ってる!」

笑いをこらえる悠太がおかしくて、誠次郎からも笑いが漏れる。

こんなに笑って暮らせるのは久しぶりだった。こんな日が来る事自体、昔は予想も出来なかった。

悠太のおかげだ・・・

笑いつつ、誠次郎は、心では感謝していた。

 

 

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