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 正月も終わり、7日の雪花楼の顔見世に一同は会した。

次々と新顔が登場する。老兵は去るのみのこの世界、悠太の見知る陰間は今では、もうほとんどいない。

「明けましておめでとうございます」

珍しく、お紺がお町とやってきた。

「お紺ちゃん、久しぶりだねえ・・・」

「誠次さんはお幸せそうで何よりですわ」

どうしてこんな、ごく普通の女がお町と友達なのか、今だに判らない。

「若旦那〜あけおめ〜悠太も〜」

一段と盛り上がったファッションのお町が悠太の隣に座る。

笄を四方八方に刺して太陽のようになった結髪と、丈の短い着物に裾の長い打ち掛けを羽織った自称”花魁”に今年は天女の羽衣を纏っている。

(一体何をしたいんだか・・・)

ため息の誠次郎・・・

「ねえ、恭ちゃんは?」

「楽屋で営業中、オーダーメイドの簪を役者さん達にコーディネイトしてる。宗吾も着付け手伝ってる」

ふうん・・・・・

菊産業が発展すれば、雪花楼も、お町も、結城屋も、恭介も儲かる。

誠次郎ファミリーは一心同体になっていた。

「お町、最近、大奥にお前の本が浸透してるらしいが・・・いい加減にしろよ」

と誠次郎は袂から、折りたたんだ紙切れを取り出し、お町に渡す。

「毎度アリ〜若旦那、今度も配達してくれるわよね?お代もちゃんと貰って来てね」

 

ある日、大奥のお女中に簪を届けた折に、お町と知り合いだという話が出た。

お町が自ら吹聴した、結城屋の愛人説が知れ渡っていたともいうが・・・・

そんなに深い仲なら、お町の本の注文も受け付けてくれないかと言うのだ。誰にもわからない様に、結城屋の商品に忍ばせて持って来て欲しいと。

それからというもの、誠次郎は納品のたびに、個人的に呼び出されては、こっそりと注文書を渡される。

「題名だけ見てもわからないんだが・・・しかし、どう見てもこれは裏本だろう?」

こっそりと誠次郎に頼むあたりからして、アヤシイ事この上ない。

「いいじゃん、あたしのお陰で売り上げ上がってるんじゃない?」

確かに、皆、本の注文のために余計な買い物を結城屋でしている。

そして、このために結城屋では新たに、本かけという本の表紙を覆うブックカバーのようなものまで開発した。

ちりめん、錦、絹・・・素材はさまざまだが、見た目を美しく作れば、お洒落と言う名目で本の表紙は隠せるという代物だ。

注文さえとれば、もれなくその本の、本かけはお買い上げ必須なのだから、誠次郎も嫌とはいえない。

「聞いたわよ〜ポイント1000点で帯止めゲット。10000点で恭介ブランドの簪オーダーメイド券1枚贈呈って・・・ふざけてない?」

「あんまり注文多いので、顧客サービスですよ」

ははははは・・・・・

二人の会話に挟まれた悠太は、あきれ果てていた。

 「でさあ、悠太〜最近なんか、つやつやしてない?」

いきなりお町の矛先が悠太に変わった。

「え・・・」

「お正月の間、楽しんだ?」

はあ・・・・

「若旦那は、他のおっさんみたいに脂ぎってないけど、でも、気をつけなさい。男は皆、ケダモノなのよ〜」

どこかで聞いたような事を言っている・・・

「お町!」

誠次郎に威嚇されて、悠太攻撃を諦める。

「あ、そうそう・・・新作の注文書が出来たから、大奥で配っておいてね」

と風呂敷をドンと渡されて、誠次郎は言葉をなくす。

そうでなくても、新刊のリストを催促されていたのだから・・・・

 

「ああ・・やっと支度終わり」

そう言いつつ、恭介と宗吾、平次が現れた。

「お疲れ様・・・」

とねぎらう、お紺の横に平次、その横に恭介、宗吾が並んで座る。

 「相変わらず平次は面倒くせえことガンバってやるよな・・・毎回」

恭介はいつも関心している

「でも、お陰で雪花楼も、雪花楼のお兄さん達も、お紺さんも、子供さん達も守られてるんですから・・」

悠太は平次の真意を知っている。

雪花楼をただの売春宿から、タレント事務所もどきに仕立て上げた辺りから世間の目は変わった。

「そういえば・・・お前んとこの喜八とお卯乃ちゃんは、昔のお前みてぇにいじめられてねぇよな・・・」

怒涛の寺子屋時代を共にした誠次郎はしみじみと言う。

「そりゃあ・・・自分とこのお袋が、こんなイベントに顔出してるのに、何も言えるわけねえだろ?」

自分の息子、娘が世間からいじめを受けることは許せなかった。

雪花楼の陰間達も守りたかった、そんな一心でがんばってここまできた。

「若旦那も、寺子屋通っている大店の息子、娘を見れば、”喜八とお卯乃いじめたらお前んち、シメるから覚悟しなさい”って脅してますから・・・」

悠太の言葉に平次は呆れる

「いじめなんか許せないからねえ・・・特に弱いものいじめは」

誠次郎の言葉に平次はため息をつく

「お前のしてる事が、弱いものいじめなんだよ・・・子供脅してどうすんだ?」

ましてや、子供にシメる攻撃とは・・・・

商人の子なら5.6歳にでもなれば皆、結城屋のシメますよ攻撃を知らないものはいない。

シメられると自分が路頭に迷う身になると言う事も知っている。

耳にしただけで皆、半泣きになり、あまりの怖さに、お漏らしする子供もいる。

「でも、うちの喜八とお卯乃を心配して言って下さってるんですから・・・」

お紺は、誠次郎のその気持ちがありがたい。

(いつか闇撃ちにあうぞ・・・こいつ・・・)

権力を笠にきて、やりたい放題の誠次郎を恭介は案じる。

(まあ・・闇撃ちされても、鉄扇でやっつけちまいそうなんだが・・・)

誠次郎は、幼いときのトラウマからか、自分に危害を加えるものに対してはまったく容赦がない。

しかし、平次も、誠次郎も自分を守りつつ精一杯生きている。

町人も武士も関係なく、人生と言う戦で戦っているのだ・・・・

それより何より、恭介は、誠次郎の隣で悠太が幸せに暮らしている事が嬉しい。

それを間近で見守れる事は、もっと嬉しい。

どことなく鳴沢公に似た誠次郎と、奥方似の悠太は、まだ新米の頃の自分を思い出させる。

最愛の人に仕えて、幸せだった頃の自分を・・・

「恭さん?」

急に黙り込んだ恭介に、宗吾は声をかける。

「ああ・・・今の生活も悪くねえなって、思ってた」

「ずっと、一緒にいたいね・・・恭さんとも、若旦那とも、悠太とも、大旦那たちとも・・・」

そういいつつ、そっと握られる宗吾の手のぬくもりが愛しい。

ここが安着の地・・・自分にとっても、悠太にとっても・・・

「一緒にいてくれてありがとう」

普段聞かない、恭介の素直すぎる言葉に耳を疑いつつも、宗吾は微笑む。

自分の存在が、恭介を幸せに出来るのなら、もう何も望むものは無いと・・・・

 

 

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