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 結城屋の新年は店主と手代の二人っきりで幕を上げる・・・

「誠次さん、今日の予定は?」

寝室に膳を持ち込んで、向かい合って雑煮を食べる誠次郎と悠太・・・・

「引きこもる・・・」

どうも1日は外出する気がしない。

「じゃあ、まったり昔話でもしましょうか・・・」

重箱の御節を小皿に移して、悠太は差し出す

「いいや・・・いちゃいちゃする・・・」

また・・・苦笑しながら悠太は数の子を箸でつまんで、差し出す

「誠次さん、あ〜ん」

なんだかんだ言いつつも、新妻が板についている悠太に、さすがの誠次郎も戸惑う・・・

「・・・・数の子キライですか?」

「いや・・・最近、キャラが変わってきてないかい?」

あ・・そういわれれば、テンションが妙にあがっている気もする・・・

「すみません」

差し出した箸を下ろそうとした時、誠次郎に腕を掴まれる

「いや、数の子はおくれ」

と、悠太の箸で数の子を食すと、苦笑しつつ頭を掻く。

「慣れなくてね・・・すまないねえ」

今まで、照れる悠太をからかうのが常であったのが、最近は何故か、悠太が愛嬌満点なのだ。

この変わりように、戸惑う自分に戸惑っている誠次郎だった。

 

ーいるんだよね・・・・クールな奴で、一線越えたらいきなりベタベタになるタイプ・・・・−

ふと恭介に悠太のことを話したら、ニヤニヤしてそんな事を言われた。

ーまあ、心許してる証拠だから、ありがたく思えー

少し、口惜しそうに、そうも言った。

悠太のそれは、誠次郎限定なのだから。

 

誠次郎も、おどけて、のろけてみたりもしていたが、それは照れ隠しで、相手に愛嬌振りまかれると逆に照れてしまうのだ。

つくづく、ややこしい性格だと思う。

「誤解しないどくれよ。なんつうか、こう・・・こんな風に愛されて来なかったから、慣れなくて。でも内心すごく感動してたり

するんだけどね・・・・」

こうして、戸惑ったり、ぎこちない誠次郎を最近、悠太は目にする。しかし、これこそが彼の素顔なのだろうと思う。

「本当の誠次さんが現れてきたんですね」

そうか・・・・少し心が軽くなる。

「もう、隠し事や、嘘のつける仲じゃなくなりましたものね」

素肌すべて晒した仲・・・そういうものなのか・・・・

「本物の私はへたれて、格好悪いよ?」

「格好いいから好きなんじゃないですから・・・」

 うん・・・誠次郎はうなづく。

「そこのだし巻きもおくれ〜」

思い切って甘えてみる。

「はい、どうぞ・・・」

どっちが年上なのか判らない。

 

食後、悠太が後片付けしている間、誠次郎はももじにエサをやる。

失ったものは戻らないけれど、すこしずつ代わりのものを得てきた。

それでいいのだと、思い始めた・・・

「誠次さん、外、雪が降ってますよ」

そう言いつつ、部屋に入ってくる悠太の言葉に、誠次郎は縁側に出てみる。

「ほんとだねえ、どか雪だよ〜これ・・・」

中庭が白くなり始めていた。

悠太は、幼いころは雪の中の山越えのため、凍えて飢えていた思い出しかない。

所定めず、放浪していた自分が今では結城屋に根を降ろしてしている事がどこか不思議で、夢のようだった。

何よりも、こうして誠次郎の隣で見る雪は、暖かかった。

「風邪引くよ」

誠次郎は、自分の着ている半纏の片方を悠太に掛けて抱き寄せる。

「何度も見てきたのに、生まれて初めて雪を見たような気がするよ」

「私もです」

そう言って振り向く。雪のように降りてくる誠次郎の唇を受け止めながら、悠太は誠次郎の背に腕をまわす

自らに舞い降りた雪のぬくもりを確かめるように。

その雪は、溶けて唇から心の芯に流れ込んだ。媚薬のように。

突然、ひょい と抱えられて悠太は部屋の中に下ろされた。

「雪見はそれくらいにして・・・」

「布団、上げちゃいましたけど・・・」

いつの間にか、畳に押し倒されている悠太が焦っている。

「布団、なくていい」

「なんか・・・あたりが明るいんですけど・・」

「今、誰もいないから大丈夫」

と言われても、白昼に背中の火傷の痕を晒す事に少しためらう。

「背中・・・」

「恥ずかしかったら、脱がなくていい」

広げられた襟元、乱れた裾・・・・

「着崩れた姿が妙〜にそそるしねえ・・・」

「誠次さんて、変態おやじですね」

頬を赤らめて、半泣きになる悠太が可愛くて、誠次郎は笑いが込み上げる

はははは・・・

「お町さんの影響ですか?これ?」

「いやいや・・・」

ギャグにされても、恥ずかしさは無くならない・・

「男は、皆 ケダモノだから、気をつけなさい」

何?その余裕?悠太は心で突っ込む。

少し前まではへタレていた誠次郎が・・・・・・

「でも、可愛いから、そのままヤッちゃうよ」

キャラが変わってしまったのは誠次郎も同じである。

こちらも、悠太限定で・・・

 

降り積もる雪のように、悲しみを愛情で埋めてゆく。

生き直す事は出来なくても、少しずつ変わってゆけるのなら、いつか本当の自分に近づけると信じている。

ただ、今は絡めあった指先を決して離すまいと、ひたすらに求め合う。

誰よりも近い人。誰よりも大切な人。もう二度と失いたくない人。

 

「ずっと、離さないでいてください・・・」

誠次郎の胸で小さくささやいた悠太の言葉は、雪の静寂に染込んでいった・・・・

 

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