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今年の結城屋の忘年会は、いつもより早く終わった。源蔵が皆を追い立ててさっさと帰してしまったのだ。
「なんか、皆さっさと帰っちまって・・・寂しいねえ・・・」
本当にそう思っているかどうか、満面の笑顔で誠次郎はそう言う。
「丁稚さんたちは、久しぶりの帰省で早く帰りたいでしょうし、第一酒も飲めないのに、酔っ払いにつき合わされるのも
可愛そうだと毎年思ってたんでよかったですよ」
大広間の膳を片付けながらお峰は笑う。
「それより何より、あんまり遅くまでいられちゃあ、片付けの私たちが大変ですから、助かりました」
お峰の補佐役で若い割に、しっかりと言いたい事を言うお裕が座布団を片付けながらそう言う。
残った料理は、丁稚達に分け与えて家に持って帰らせてので、片付けも楽だった。
「そうだねえ・・・賄いさんたちは最後までご苦労だからねぇ・・・・今年は簪のモデルチェンジがあったから、
旧タイプの売れ残りで悪いんだけど、一人、2,3個持ってお行き〜。一応これでも恭介ブランドだからね」
「え!いいんですか?ありがとうございます」
お裕が一番に反応した。
結城屋にいても、結城屋の簪など、夢のまた夢だった。
オーダーメイドの恭介ブランドはもちろん、一生手に入らない。同じデザインで大量に生産されているものは
町娘達のご用達だった。しかし、奉公人達には、やはり高嶺の花である。
そこへ例の簪の箱を持って、悠太が入ってきた。
「倉庫の在庫です。若旦那」
「ああ、お峰さんに渡しといて。くれぐれも、取り合って喧嘩するんじゃないよ〜」
「判りました、ありがとうございます」
箱を押し頂いてお峰が笑う。
「じゃあ、私たちもひっ込むから、後よろしく〜」
そう言って奥に消えて行く誠次郎と悠太・・・・・
「お峰さん、若旦那、なんか良い事でもあったんですか?最近、気前いいですね?」
お裕がお峰にすり寄ってささやく
「あら・・・若旦那は、昔から気前いいわよ。物欲無い人だから。お金も最低限しか使ってないんじゃない?
大番頭さんからお小遣いもらって暮らしてるのよ。ああ見えて。」
え・・・・・・・
いい歳してお小遣い・・・お裕は言葉をなくす。
「大店の主人だから、お金なんて使いたい放題じゃないですか・・・」
「酒、女、博打・・・一切ないでしょ?使いどころ無いのよね・・・大金使ったのは、後にも先にも、悠太の身請けの時くらいなものかな・・・」
膳を片付け終えると、お峰は箸、皿、徳利、杯などを盆に載せて台所に運ぶ。
「その、悠太なんですけど・・・若旦那のなんなんですか?」
お峰の盆に載せきれない食器を自分の盆に載せて、お裕はお峰に続く。
「昔の自分の姿・・・かな?若旦那も子供のころは苦労しててね・・・悠太の中に自分を見てるみたいな・・・」
「まあ、色々と使える子ですけどね。」
主に若旦那のお守・・・店のものは皆そう思っている。
「あの子のお陰で若旦那は変われたのよ・・・」
今までで、一番幸せそうな誠次郎を見れた事に、お峰は満足している。
「あんなに腹黒で、得体の知れない主人なのに、それでも好きなのよねえ・・・私も、大番頭さんも・・・」
なんとなく、お裕にも、わかる気がした。
皆、触らぬ神に祟り無し と言いつつも、割と誠次郎が好きなのだ。
「悠太が傍にいないと、若旦那は腑抜けになっちゃうから、悠太の事も大事にしてあげてね」
食器を洗いつつ、お峰は笑う。
30近い男が17歳の子供に依存しているのは、不思議な光景であった。
「お峰さん、大広間の拭き掃除、終わりましたよ」
おみつが桶と雑巾を抱えて、やってきた。
「おみつちゃんご苦労さん。」
手の水気をふき取り、お峰はさっき、悠太から受け取った木箱を袂からとり出す。
「若旦那からのご褒美よ。さっさと受け取って私らも帰りましょう」
「わあ〜私、結城屋の簪さすのが夢だったんですよね〜」
適齢期のお裕は装飾品に関心大である。
「私、姉さんにあげようと思うんですけど・・・選んでいただけますか?」
おみつの姉、お照は有名な小町娘で、大奥にスカウトされて新入りとして頑張っている。
「お照ちゃん?どう?元気?あ〜あ〜美人は得よねえ・・・いいなあ・・・」
お裕とは幼馴染でよく知っている仲だ。
「でも、あそこ、怖い人とかいるんじゃないですか?」
「ああ・・・怖い人はどこ行ってもいるからね・・・ただ・・・将軍様に何かしたら、その場でお手打ちかもね」
お峰は二人の会話を聞いていて呆れる
「おみつちゃんを脅かすの辞めなさいよ。新入りは水汲みから始るとか言うわよ?将軍様のお顔なんて拝めるわけ無いじゃない。」
はははは・・・・
お裕は笑いながら、箱の中の簪を漁る
「ごめんごめん・・・冗談よ、これなんかどう?派手じゃなくて、上品でいいわよ」
とおみつに簪を差し出す。
「お裕ちゃんは見立てはいいからねえ・・・私のも選んでよ」
お峰が笑って言う。
台所の片隅は、にぎやかだった・・・・・
「なんだか、宴会とか苦手だから、早く終わってホッとしました」
寝室で布団を敷きつつ悠太は笑う。
「源さんは、あれでも気を使ってるんだよ」
ももじと遊びつつ誠次郎はつぶやく
「え?」
「新婚だからねえ・・・」
「そんなぁ・・・いつも一緒にいるじゃないですか」
「二人っきりと言うのが貴重なんじゃないかい?」
確かに、何日間は、この屋敷に二人っきりである。
「人前じゃ、いちゃいちゃできないからねえ」
悠太は苦笑しながら、誠次郎を振り返る
「誠次さん、湯冷めしますから、布団に入ってください」
「湯冷めするから?」
誠次郎は悠太を背後から抱きしめる
「そうですよ。ほら、こんなに手が冷たくなってるじゃないですか」
首元にまわされた誠次郎の手を握りつつ、悠太は説教混じりにそう言う。
暖かいところに誠次郎は慣れていない。わざわざ凍えているような日々だったのだ。
「本当は、誰かと一緒なんて、慣れてないし、ぬくぬくと暮らすなんて、考えられなかったから、ぎこちなくてねえ」
だから、この正月の二人っきりを満喫したいのだろう・・・悠太は、なんとなくわかってきた。
「誠次さんは、一人寝が長かったんですね・・・」
「うん、一人が楽だったしね。お前に逢うまでは・・・」
ー悠太、私の身の回りの世話をして欲しいから、お前は奥でやすみなさいー
結城屋に引き取られて、丁稚達の大部屋でやすもうとした悠太に、誠次郎はそう言った。
ーいいんですか?私がお傍にいて・・・−
戸惑う悠太を、否応無く自分の寝室に連れ込み、隣にやすませた誠次郎。
悠太と二人なら安らげた・・・・
傍にいて欲しかった・・・・
「やはり、私たちはこうなるしか無かったのかねえ・・・」
「感謝していますよ。私は運が良かった。愛する人の傍にいれて、愛されることが出来た・・・」
生きているのか、死んでいるのか判らないほど絶望していた時は、もう遥か彼方・・・
今は、自分の居場所があり、最愛の人がいる。
はくしょん・・・・
誠次郎がくしゃみをする
「ほら。風邪引きますよ」
悠太は、誠次郎を布団に寝かせる
「ぬくぬくに慣れると、寒いのが嫌になるねえ・・・」
悠太に腕枕をしながら、誠次郎は考え込む。このまま、腑抜けになりそうで怖い。
「何言ってるんですか!寒いのが好きだなんて異常な事なんですよ?」
ああ・・・そうか・・・誠次郎は苦笑しつつ、悠太を抱き寄せる。
「ももじも寒くないように、ここに入れてやればよかった・・・」
一応、ももじにも、籠の中に掛け布団が用意されているが・・・
「駄目だね〜それは。今からは、部外者立ち入り禁止。せっかく皆帰ったのに、ももじに邪魔させない」
「そうですね・・・」
艶やかに微笑むと、悠太は誠次郎の胸に顔を埋めた。
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