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「なんか、お前ら変わったよな」

休暇を終えて帰ってきた誠次郎は、久しぶりに雪花楼を訪れた。

「そうか?」

相変わらず誠次郎はへらへらしてはいるが、平次には、ただ一人しかいない友達の変化くらいは見抜ける。

にしても・・・・ため息が出る。

隣の悠太の艶やかなこと・・・

(本当に上玉だったのにな・・・)

「おい!ウチの手代に見とれるんじゃないよ。これはただの手代じゃないんだよ。」

何だというのだ・・・・・・不審げな平次に誠次郎はたたみかける

「嫁も兼ねているんだからね」

しいいん・・・・・・・

沈黙がブリザードと共に吹き荒れる。

「滑ったぞ・・・誠次・・・」

誠次郎の悠太バカは、死んでもなおらないだろう。

「まあ、お前たちが他人で無くなったということは察しがついていた。誰も反対するものは無いから、安心しろ」

反対どころか、あれから菊娘達が結城屋に通っている。誠次郎と悠太を見ては妄想を膨らませているのだ。

お陰で、新作の耳飾りは飛ぶように売れているが・・・

「お町なんかもう〜はりきっちゃってさ・・・」

「二次ものは禁止したはずなんだがねえ?」

少し黒っぽくなった誠次郎の目の前に、湧いて出てくるお町・・・

「あら〜実際やっちゃったんなら二次じゃなくて、オリジナルでしょ?」

ずうずうしく平次の部屋に無断で入ってきた、お江戸の流行女流作家。

「ノンフィクションよね?どんな感じだったか教えてくれないかな〜皆、興味深々で、もう死にそうなのよ〜」

そんな事で死ぬんじゃない・・・・ばかばかしい・・・誠次郎の眉間にしわが寄る。

「どっちから先にちゅーした?私たちの予想じゃあね・・・・悠太。究極の誘い受けよ」

あの・・・・・

微笑んでいた悠太の眉間にもしわが寄る。

「そんな事に、関心持たなくていいですよ〜」

「でも〜若旦那・・・じゃあ、体位だけでも教えて。やはり、最初は後ろ?」

(こいつ、本当に生娘か?)

平次は呆れる。嫁のもらい手も無いのではないだろうか。

ぶちっー

かすかに、悠太の堪忍袋の緒が切れる音がした。

「お町さん・・・・あとでちょっと、お話があるんですが・・・・」

きた!!!

誠次郎は固まった。

結城屋の裏の大ボスが、黒さを全開した。

言いようも無い殺気を感じて、お町はそわそわする。

「あ・・・用事思い出した・・・ごめんね、さよなら・・・お幸せに」

逃げるように立ち去るお町を見送り、悠太はもとの微笑を取り戻した。

「お町さん、ゆっくりしていけばいいのに・・・」

・・・・・怖い・・・・・

平次と誠次郎は声も出ない。

潜ってきた修羅場の数が違うせいか、悠太は、本当に変な威圧感を持っていた。

そして、知るものはごくわずかだが、毒の舌で相手を再起不能にする必殺技を持っていた・・・

ーお話があります・・・−

これは死刑執行の宣告に他ならない。

 「しかし、事実、菊娘の今一番の話題は、お前達だからな」

などと、お町を弁護してみたりする平次。

「そんなものに興味もつな!迷惑だ。」

腕を組みつつ誠次郎は威嚇する。

「あいつら、自分がモテないからって、人の恋路を探索してどうする?」

 ふう・・・・悠太もため息をつく

「そっとしておいては、もらえないようですね・・・」

「それだけ、心配もかけてるだろう?」

平次は、そう言って煙管に火をつけた。

「つーか、まあ。おめでとう」

平次の言葉に誠次郎は微笑む。

悪意ではなく、愛情のこもった関心・・・そうなのだろう。

若干、行き過ぎた好奇心ではあるけれども・・・・

 

 

「とにかく、今年の正月は水入らずだねえ・・」

正月が待ち遠しい誠次郎は、それだけを頼りに日々暮らしていた。

「毎年そうでしたよ?」

結城屋に向かう道すがら、悠太は苦笑する。

「新婚の水入らずは別物だよ」

はあ・・・

あいまいに笑いつつ、悠太は誠次郎を見上げる。

結城屋の使用人の間では、誠次郎が柔らかくなったと評判である。

人を拒絶していたバリアーが消失したとでも言おうか・・・

もちろん、休暇中に起こった事は源蔵しか知らないが、もともと、そんな事どうでもいいのだ。

主人の面倒くさいことは悠太が処理してくれて、悠太さえいれば主人の機嫌がいいなら・・・触らぬ神に祟りなしなのだから。

「恭介さんも回復されてよかったですね」

恭介も、もうすっかり、以前のペースで仕事に取り組んでいた。

「うん、なんだか私たちのいない間に色々あったみたいだけどね・・・というか、私はあいつに睨まれているようなんだ」

旅から帰ってきてからというもの、誠次郎に対する、恭介の態度がよそよそしくなった。

「私に若旦那をとられて、気分を害されたのでしょうか?」

「逆だよ〜自分とこの若君が、私なんかの嫁になったから怒ってるんだ・・・」

そんな事があるのだろうか・・・悠太は首をかしげる。

「だから恭介に、お前んとこの若君は、私が毎晩可愛がってるから安心しろ と言ってやったんだ・・・」

それは・・・

火に油を注ぐようなものだ・・・

 

ー幸せですか?−

旅から戻って、恭介が結城屋に納品しに来たとき、悠太にそう訊いた。

ーはい、今までで一番幸せですー

悠太のその言葉に、恭介は微笑んだ。

商人ごときに、大切な若君をくれてやったという無念さは残るが、悠太が幸せというのなら仕方ない。

そんな複雑な心情なのだ。

 

「いつかの仕返しだよ。お前にちょっかい出したろう?あいつ?」

「それは、いやがらせで・・・私が好きだとか、そんなんでは無いですよ・・・」

「余計許せないねぇ」

若旦那・・執念深い・・・悠太は困り果てる。

「結果的には、私たちは幸せなんだから、いいんですよ」

そっと悠太は誠次郎の袖をつかむ

「若旦那さえいてくだされば、他の人なんて関係ないです」

そんな悠太が、誠次郎には可愛くてたまらない

「どうしてお前はこんなに可愛いんだろう〜もう、このままどこか連れ去りたい気分だね〜」

「いえ・・・お店に帰らないと・・」

雪花楼で、かなり時間を費やしてしまって、後の予定が詰まっている。

「残念だねえ・・でも仕事はしないとね・・正月に向けて頑張ろう〜」

何も変わらない日常。しかし、今までとは違う感じがする。そんな日々の繰り返しの中で、皆生きている。

「本当に、私はずっと、誠次さんの傍にいてもいいんですか・・・」

ふと、つぶやくように小さな声で悠太はささやく。

「どこかに行ったら、お前でも容赦しないよ。」

誠次郎は、もう二度と大事なものを失う事を、受け入れることが出来ない。

「離さないでくださいね・・・」

しっかりしているようでも、悠太は時々17歳の幼さを見せる。

誠次郎は悠太の肩に腕をまわして引き寄せる。

いくら一緒にいても、いくら見つめあっても、失うばかりの過去を振り返っては不安になる・・・

それは誠次郎も同じ事。

だから、一つになろうとしたのだ。だから繋がろうとするのだ。

夜毎に交わされる睦言、繋がりあう身体、今までの空白を埋めるように果てが無い

「私たちは永遠に腹いっぱいにならないかも知れないね」

ふっ・・・誠次郎の言葉に、悠太は不意に破顔う

「それは、いくら食べても飽きないって事ですか?そうだといいですけど」

 多分そうだ。誠次郎はうなづく。

「だって、お前は日に日に魅力を増していくのだから・・・」

18歳の悠太、19歳の悠太、29歳の悠太・・・これからも悠太はいい男になってゆく。

ああ〜〜〜

そこまで考えると、誠次郎はため息をついた

「私は老けるだけなのかねえ・・・」

そんな誠次郎の横で悠太は笑いが止まらなかった。

  

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