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藤若の、水揚げの時の内掛けの試着をしている最中に、誠次郎は雪花楼を訪れた。

内掛けが仕上がったので、簪も合わせるというので持ってきたのだ。

「藤若は色白だから、紫がよく似合うねえ・・・」

葵が着付けてやっており、平次はそれを見ていた。

末は花魁といわれている藤若のデビューだ、衣装も簪も気を使っている。

結い上げられた髪、白く映えるうなじ、深紫の、藤の花をあしらった内掛けの藤若は匂い立つ様に美しい。

もう、遠い存在に思えた。

自分の手の届かないところに行ってしまう・・・・その寂しさは誠次郎を孤独にする。

「誠次〜何見惚れてるんだ?」

平次がからかう。

「いや、悠太って美人なんだねぇ〜」

笑顔で本心を隠す。

「加納屋さんに水揚げされれば間違いないよ。下手な仕込み屋より腕がいいから」

そう言う平次は、廓の主人の顔になっている。

「あ、これ。恭介に頑張らせたから。いい細工だろう?」

本心を悟られまいと、おもむろに簪を出してくる。

藤の花の簪・・・・・

「若旦那・・・」

切ない瞳で、悠太は誠次郎を見つめる。

「さしてあげよう・・・・」

そう言って悠太の髪に簪を刺し、笑顔の仮面を被る。

 

ー藤若な、特別にお前に任せてもいいぞ?−

平次が、そう持ちかけてきた時、誠次郎は自信が無かった。

自分が傷つかない自信も、相手を傷つけない自信も・・・・

ー私がそういう事、駄目なの知ってるじゃあないか?ー

ーいいのか?本当に?−

そんな事、言われても無理だった。

この少年の中に、自分の姿を見ているのならなおさら。金で買う事など出来るわけが無い。

 

しかし・・・他の男に買われていこうとしている悠太を見るのは辛かった。

そんな時、

「大旦那さん、葵さん、ちょっと・・・」

楓に呼ばれて二人は席をはずし、悠太と誠次郎、二人っきりになった。

 

「いよいよ、デビューするんだね」

「はい」

いつもと違うぎこちなさの漂う奥の間。

「デビューしたら一人前だねぇ・・」

「だから、最後にお願いがあるんです・・・」

一生懸命な瞳を向けられて、誠次郎は戸惑う

「なんだい?」

「最後に・・・お膝に座らせてください」

もう下働きの少年ではなくなる。悠太は最後の思い出に・・・と懇願した。

「ああ・・・いいけど・・・」

笑って誠次郎はその場に座り、手を差し伸べる。

悠太は向かい合って座ると横向きに誠次郎の膝の上にゆっくり座る。

いつもは、冗談で悠太を膝に座らせては、子ども扱いしないでくださいと嫌がられていた・・・

なのに今は別れを惜しむかのように、悠太は誠次郎の胸に顔を埋めて泣いていた。

「悠太・・・」

すると小柄な藤若は、17歳の悠太にいつしか変わっていた。

「誠次さん・・」

やわらかい唇に覆われた自らの唇・・・

 

はっー

誠次郎は目覚めた

夢を見ていたのだ。昔の夢を。

「誠次さん?」

悠太も目覚めて誠次郎の腕の中から顔を上げる。

「昔の夢を見ていたんだ・・・お前が水揚げの支度をしていた時の・・・」

 あの時は本当に切ない思いをした。

だが、今は・・・・

「どうしてこんなに遠回りしたんだろう。無駄にした時間はどうやって取り戻せばいいのだろう・・・」

無駄では無かった・・・と悠太は信じている。

「遠回りは、必要だったんですよ」

そう簡単に人は変われるものではない。しかし、少しづつ変われる・・・

「まあ、誠次さんの踏ん切りの悪さに、かなり心を痛めましたけどね・・・」

ああ・・・

そういわれると言葉も無い。

「もうそれも、いい思い出ですよ」

一番近い存在になれた今では昔の事も、いい思い出だった。

「今、はっきりと見えるよ。自分というものが。お前が私の目を開いてくれたんだ」

うなづいて悠太は、誠次郎の背に腕をまわして抱き寄せる。

「やっと、あなたを捕まえました。もう逃がしません」

 うっすらと夜が明けてゆく。

新しく生まれかわったような清清しい光が差し込む。

「すまなかったね、今まで」

一度は手放してしまいそうになった。

しかし、悠太はずっと同じ場所で、自分を待ってくれていたのだ・・・

「今までで、今が一番幸せかもしれません」

失ってばかりの人生で、初めて得た最愛の人。やっと悠太の長い放浪の旅は終わる。

辛かったのは自分だけではない、だから、互いを思いやれるのかもしれない。

「そうなら、私も嬉しいよ。お前を幸せにしてやりたかったんだから」

悠太の肩を引き寄せながら、誠次郎は微笑む。

心の底から笑えた、やっと。

「ずっとこうしていたいけど、起きなきゃいけないよねぇ・・・」

「そうですね」

そういいながらも、二人は再び眠りに落ちる・・・

昨夜の事が、夢で無かった事を確認して、安心したように・・・

昨夜の余韻にひたりつつ、まどろむ

こんな惰眠をむさぼる機会は、もう無いだろう。結城屋に帰れば、いつものあわただしい日々が待っている。

 今日だけ特別・・・

 

 

「今日は出だしから遅れちゃいましたね」

早い昼食をとり、山道を歩く二人・・・

紅葉はもう終わり、木々は寂しいたたずまいを見せる。もちろん人もまばらである。

「もう、朝飯だか昼飯だか判らないよね。女将さんは旅の疲れだろうと、今朝はそっとしといてくれたみたいだけど」

寂しい風景も、肌寒い風も気にならないほどハイテンションな二人・・・

「冬馬も、めったにない朝寝坊だったね〜時々は気を抜かないと疲れるよ?」

本当に・・・安心して気が緩んでしまったと悠太は思う。

「あさってには帰るから明日まで気を抜きなさい。本当なら部屋でごろごろしてたかったんだけどね・・・」

「もったいないですよ。見物しないと・・・」

見物・・・するものも無いのに・・・と誠次郎は苦笑する

「この上。何があるんですか?」

「寺・・・」

「行きますか?」

「行かない〜真ん中あたりで茶屋探して、団子食って帰る〜」

誠次郎は相変わらず、ひょうひょうとしてはいるが、地に足が着いているのが判る。

 もう、人生どうでもいいように生きることは無いだろうと思われる。

もう・・・

笑いながら悠太は、誠次郎の腕に自らの腕を絡ませる

「もっとゆっくり歩きませんか?この風景を忘れないでいたいんです」

「紅葉も何も無い殺風景なこの風景を?」

「いいえ・・・あなたと見るこの景色が、私の中で一番美しいです」

うん・・・・

時がこのまま止まってしまえばいいと思うほどに、幸せな思いをかみしめる。

ずっと、自分の横で悠太が幸せでいてくれる事を願いつつ・・・

 

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