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 「石山の殿様は、はた迷惑な人だったけど、かわいそうだね」

たわいもない話の後、誠次郎はふと、そうつぶやく。

「想っている人に想われないなんて、辛いだろうねえ」

「でも、あの方の場合は、正室もおられたのに、私の母に執着したんですから・・・」

自業自得だろう。

「ウチのおとっあんも、そうだよ〜」

「それは、無理矢理結婚させられたんでしょう?」

世の中はややこしい事だらけだ。

恋もままならない。

「色恋は魔物だねえ・・・」

最近、やたら心中事件が多い、物騒なご時勢だ。

「悠太も、ストーカーとか気をつけるんだよ」

はははは・・・

大笑いする悠太を、怪訝な顔で誠次郎は振り返る。

「私にはものすご〜い魔よけがありますから」

はあ?

「結城屋の主人が溺愛している というだけで誰も近寄りませんもの」

「そりゃあ、悪い事したねえ・・・嫁も貰えなくなっちまったね」

冗談なのか、本気なのか判らない口調で,誠次郎はそう言う。

「嫁なんか貰いませんよ、若旦那の傍にいられなくなりますから」

「私が嫁貰ったらどうする気だい?」

「それは、仕方ありません。お店には跡継ぎも必要ですから・・」

「じゃあ、産んでくれる?」

へえ?

悠太は不意に立ち止まる。

「悠太が結城屋の跡継ぎを産んでくれたら〜助かるなあ〜」

それは・・・・

沈黙を破って、誠次郎は衝撃の告白をする

「にぶいねえ・・・プロポーズしてるんだけど?」

嗜好回路がショートした悠太は、ひたすら往来に立ちすくむ

「ああ?もしかして・・・・嫌なの?私、振られたのかねえ・・・」

あごに手を当てて、悠太を覗き込む誠次郎。

「冗談は・・・よしてください。私が子供なんて産めるわけが・・」

真っ赤になって俯く悠太が可愛くて、誠次郎は止めを刺す。

「産めるかどうかは、今晩試してみようか?」

「若旦那!!!いつからそんな下ネタ使うようになったんですか?」

「ああ〜お町の影響かなあ〜」

涼しい顔で歩き出す誠次郎をにらみつつ、悠太も歩き出す。

「要らないとか言いながら、ちゃんと読んでるんですね・・・・」

「え?ああ・・悠太の引き出しの中に、そういやあ、入ってたねぇ。石山藩の件で、印籠を確認するため開けたんだけどぉ〜」

「あれは、お町さんがいたずらして入れたんです!気にせず、そのままにしてたんですよ!」

「そんなの読んじゃダメだよ?18歳になるまでは〜」

「若旦那!」

笑ったり、怒ったり、忙しい道中だった。

 

 

宿に着いたのは日が暮れる頃・・・・

「結城屋さん、おひさしぶりです。立派になられて・・・」

当時、若女将だった彼女はもう、中年に差し掛かっていた。

「覚えていてくださいましたか?」

「本当に仲のいいご夫婦だったから・・・記憶に残っていましたよ・・・ごゆっくり・・」

そう言って部屋に案内されて、一息つく二人。

 「ここの女将さん記憶力いいんですね」

旅装束を解きながら、悠太は笑う。

「まあねえ、安宿じゃないから一見さんは泊めないし、顧客管理はちゃんとしているんだろうけど。

それにしても、もう何十年も来てないからねえ」

確かに、高価な宿ではある。

「石山の殿様が、おこずかいくれなかったら。来れなかったよ」

一緒に来る相手がいなかったこともあるが、幸せだった頃の記憶に触れる事さえ怖かった。

ところが・・・今は・・・

「新婚旅行にはいいだろう?ねえ?奥さん?」

「若旦那・・・またそう言う冗談を・・・」

しかし、冗談でも、そう言ってもらえることが嬉しい・・・

 「とにかく、悠太、お疲れ様。温泉入ってゆっくりしなさい」

はあ・・・

そういえば、悠太は火傷を負ってから、一人で沐浴することが多かった。

「火傷?気にしなくていいよ〜刺青入れてるわけでもなし・・・もうそんなに目立たないよ」

そういう誠次郎は、肩口に刀傷を持つ・・・・

「男が生きていて、何の傷も負わずにいられるわけないんだ。恥じる事でもないさ」

誠次郎は自らの傷を、そこまで消化したのだ。

「まあ、私のお気に入りの悠太のワンポイントを、他のヤツに見られるのは癪だけど」

もう・・・悠太は苦笑する

思えば、結城屋にいても、誠次郎と一緒に湯殿を使うことなどなかった。

店主は専用の湯殿があり、使用人たちとは別になっているので、当たり前といえば当たり前だが・・・・

「じゃあ、若旦那、お先にどうぞ。私は部屋で待っていますから・・・」

「時間差攻撃?!」

「だって・・・使用人は・・」

「今回、悠太は使用人で来たんじゃないからいいの〜」

「じゃあ、なんなんですか・・・」

 「だから〜嫁つーか、縁者かな・・・」

本気なんですか・・・悠太は誠次郎を見る

なんとなく、うすうす勘付いてはいた。

が・・・・・

「そうですか・・・」

拒む理由はない。すでに悠太は誠次郎に総てを捧げている。

「夕飯の後に入るかい?」

「そうですね、お背中、お流しいたしますよ。この際だから」

もう窓の外は、肌寒い風が吹いていた

時期的には、紅葉狩りの行楽客と入れ違いで来てしまったが、かえって落ち着ける。

「悠太のお誕生会も、今年は出来なかったから、一緒に祝おうねぇ」

誠次郎が自分の誕生日を祝う事は何十年ぶりだろうか

義兄の死より、封印されてしまった誕生日・・・

いや、その前から・・・・・

「これからも、こっそり若旦那のお誕生会を二人だけでお祝いしましょう!いいきっかけじゃないですか」

「う〜ん、結婚記念日になるかもね・・・」

笑いつつ、誠次郎は月を仰ぐ・・・

 

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