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 「恭介が追われてるって?」

結城屋の客間で、平次からの支払いを持ってきたお町は、顔を見るなり誠次郎に聞かれた。

「逃げ回ってたよ。一度私が匿ったけどね〜」

「そりゃあ災難だったねえ」

と笑う誠次郎の横で、悠太が茶を差し出す。

「まったく、災難だったわ」

と茶をすするお町。

「災難なのは恭介のほうですよ〜」

「え〜〜なんでぇ〜〜」

「恩に着せて、変な暴露話させただろう?」

なんで知っている?お町は固まる

「お見通しだよ。お前さんとは、平次と同じくらい付き合い長いんだから。」

寺子屋時代から平次、お紺、お町はセットだった。

 「若旦那・・・」

笑っている場合では無い。悠太は深刻だった。

「それとね〜雪花楼に探りいれてる変な町人もどきがいるらしいよ」

え・・・・

さすがに誠次郎も表情がこわばる

「藤若のこと聞いてくる客がいてね・・・髷が侍なんだって。もちろん平ちゃんは何も教えてないけどね〜」

 恭介が追われるのはいつもの事だ。が・・・若君について雪花楼まで調べられていたとは・・・

教えなくても、いつかはばれる。

結城屋が、雪花楼から身請けした陰間を傍においている事は、商人組合では皆知るところだ。

「大丈夫よ〜結城屋のこと無神経に話す商人なんていないよ〜ばれたらお終いじゃん」

 そう言うお町自身、不安でたまらない

「探りいれて見ようか?」

「お前さんがでしゃばると、ややこしいから、お断りしますよ」

ふうん・・・・・

誠次郎に断られて、お町は少し寂しい・・・

「また変なこと言って回ってるだろう?あちこちから ー結城屋さん、変わった趣味ですねー とか言われるんだけど?」

あ・・・・

頭をかくお町

「私はいいとして・・お前さん、嫁に行けなくなるよ?そうでなくても貰い手が無いのに」

失礼な・・・・お町はむっとする

「お町。そんなに私のことが好きなら、はっきり言いなさい。」

「ば〜か 私は悠太のほうが好きよぉ〜〜」

二人の会話を聞きつつ、悠太は呆れる。

確かに言いたいことを言いつつも、愛情を感じる。それだけ長い付き合いなのだ・・・

「何で皆、悠太を狙うのかねえ・・・心配で外にも出せやしない」

冗談とも本気ともいえない誠次郎の言葉に、お町は笑う。

「可愛いもの〜〜悠太、火傷しなかったら今頃、雪花楼の売れっ子だったわよ〜」

手のひらを頬に当てて、お町はうっとり妄想に浸る。

「お町さん、その話は・・・」

微笑みつつも、有無を言わさぬ迫力で悠太はお町を制する。

「恭ちゃんが言ってたけど、悠太はお父さんに似てないのよね?そしたら・・・お母さん似なんでしょ?

お母さんめちゃ美人じゃない?」

悠太は母の面影は記憶に無い。

「それでもって〜若旦那のお母さんにも似てるって・・・もしかして同じ人?」

「なわけけないでしょうが!!!」

誠次郎の突っ込みに、お町はポンと手を打つ。

「実は腹違いの兄弟・・・いいシチュエーションだわ!今度はそれでいこうかな〜兄弟愛よ!!」

どうやらお町の脳内は、菊モノで冒されているらしい

「おいおい・・・・・あんまり人徳に外れた物を書くんじゃないよ」

お町の書くものは、廓もの、お店もの、武士もの・・・・種類は多種多様だ。

「人徳て何?それおいしいの???」

背徳と官能の女流作家の辞書には、人徳の二文字は存在しなかった・・・・

「まあいい。今日はごくろうさん」

「あ、新作置いてこうか?よむぅ?」

読むか!ごぉら!!

一瞬 誠次郎の眉間にしわがよったが、彼はすぐ立ち直った

「遠慮するよ〜恭介にでもおあげ」

「恭ちゃんの分はあるのよ〜〜悠太の教育に役立つかも〜」

「役立たないよ!そんなもの!」

だんだんむかついてくる誠次郎・・・・

「え〜〜でもぉ〜〜若旦那も、勉強しとかないとぉ〜いざっていう時困るよぉ〜」

「何の経験も無い小娘に、教えられたくないねえ〜〜〜」

引きつりながらも笑顔で、誠次郎はとどめを刺す。

 「もう〜〜若旦那〜〜照れちゃって〜〜〜」

「照れてませんよ!」

 

 お町が帰った後は妙に静かだった。

が・・・すぐ菊娘たちの団体がやってきた・・・

 

「あら、若旦那〜さっき出て行ったのお町様でしょう?」

5,6人の娘たちが入ってきた

今日入荷の首飾りを見に来た娘達である

お町が恭介に作らせた、妙に長い首飾りが菊娘の間でブレイクしていた。

元はバテレンの数珠から案を得たもので、玉をいくつもつなげてYの字になっている先に鼈甲の透かし模様の丸い板のようなものを

クルスの代わりに取り付けたものだ。

奉行所では、取り締まり中のキリシタンと間違えて紛らわしいので禁止していたが、大奥でも大ブレイクしてしまい、泣き寝入りしている。

まったく迷惑な作家だった。

しかし、大奥に出荷の首飾りに関しては材質が真珠、ヒスイ、水晶、珊瑚・・・・と高価で思いのほか結城屋は潤っている。

 「ねえ、若旦那〜お町様とはどういう関係なんですか〜」

呉服屋の一人娘、おふさが小声で誠次郎に擦り寄る。

「赤の他人です」

「え〜〜〜そうなんだあ・・・」

すると隣にいた海産物問屋の末娘、お秋がうなづく

「やはり、若旦那は悠太と・・・・よねえ・・・」

おいおい・・・・・話がそちらに向かっていった。

「で、悠太と、どこまで行きました?」

何かだよ!!!!

むっとする誠次郎。しかし顔は笑っている。

「最近悠太、見ませんけど・・・若旦那が毎晩、無茶してるんじゃないでしょうねえ?」

何?!何それ・・・

恐ろしい娘達だった。

「おかしな妄想はおやめなさい・・・」

そう釘をさして誠次郎はその場を離れた。

 

(まったく、いいおもちゃだな・・・)

ため息をついていると、後ろから悠太がやってきた。

「悠太、今、菊たちが店にいるから、奥の間に非難しよう」

はあ・・・・・

曖昧にうなづきつつ、誠次郎の後に続く

「新製品目当てで来ているんですね・・・」

「うん。大奥でも流行しちゃったから、公認扱いだね・・・」

お町のパワーはすごい

 

「恭介は時間の問題だ・・・」

寝室に入ると誠次郎はそうつぶやいた。

「石山藩の目的は何なんだろう?若君を亡き者にしなければ安心できないという事なのか?」

だとすれば・・・・・

悠太は・・・・

奥の間で向かい合って座り、沈黙する二人の姿に初夏の日差しが差し込んでいた。

 

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