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「悠太さん、若旦那最近どうしたんですか?」

店で事情を知るものは源蔵しかおらず、

いきなり笑顔が消えて、イライラ虫になった誠次郎に耐え切れなくなった嘉助が訊いてくる。

「ああ・・・色々事情があってね」

自分のせいだとも言えず、悠太は苦笑する。

「いえ、具体的に被害を受けたとかじゃないんですがね、雰囲気が・・・なんか、やってられないというか・・・・」

怒鳴り散らすわけでも、店の者を叱りつけるわけでもない。が・・・

なんでもない会話に殺気を感じて、皆びくつく。

「本当に若旦那、商人ですか?」

おかしなことを言い出す嘉助に、悠太は苦笑する。

「やくざ系っぽいですよ、用心棒の浪人とか・・怒鳴り散らさないで無言で威嚇してくるあれ・・・」

確かに、半分武士の血を引いてはいるが・・・・

「だからって奉公先、変えるわけにもいかないし・・・結城屋よりいいところ、ないですもんね」

「嘉助」

在庫の確認をしていた誠次郎が振り返った。静かな落ち着いた声なのに、そこに威圧感が最大級だった。

「おしゃべりしてないで店の前、水うちしといで」

棒読みなのが、さらに恐怖感を煽る。

それでも店は繁盛している。

主人が絶好調であろうが、絶不調であろうが、お構い無しに客は来る。

しかも、アベックだったり、援助交際の、コギャルと金持ちの親父の二人連れだったり・・・・

そんなもので溢れかえって、誠次郎は不快指数100%、しかし帰れとはいえない。来るなともいえない・・・・

(商道とは自己否定の道なり・・・)

などと哲学していたりした。

 そこへ・・・・

「誠次、元気か?」

店の者の苦情を聞いて、平次が心配して駆けつけてきた。

 

 

「浮かない顔だな、しけてるな・・・」

客間で向かい合って座ると、平次はため息をつく。

「恭介は無事か?」

誠次郎の心配はそれだけだった。

「ああ。あいつも今度ばかりは慎重だな。」

以前は死に急ぐようで、見ていられなかったが・・・・・

「大丈夫だなんて無責任なことは言えないが、心配してどうなるものでもないしな。つーか、悠太いじめるなよ」

一番辛いのは、当事者の悠太なのだから・・・

 「事が起こる前からそれじゃあ、身がもたねえぜ」

案外先方は忘れているかもしれない・・・

「なんか、十数年も前の事、まだ引きずってるなんて事無いだろ?」

仇討ち、討ち入り・・・もう時の中で埋もれているのではないか?

「おかしなこだわりを感じるんだよ・・石山の殿様に」

恐らく自分と同類項の・・・

「十数年立てば、もう家臣は集められない、集まらない。士気も衰える。だが、恭介が今の今まで、

お家再興運動を続けてきたのは何故だ?」

めったに無い、誠次郎のシリアスな様子に、平次はせっぱ詰まったものを感じる。

「愛情だろ?恭介は鳴沢の殿様に片思いしてた。最愛の人の仇を討つことに命をかけた・・・」

「だから?ナンだ?石山の殿様にも、なんか似たような情問題でもあるってか?」

 「なんにせよ、石山の馬鹿殿はしつこいという事だ」

無愛想でめったに笑わない・・・・

平次はそんな、寺子屋時代の誠次郎を思い出していた。

 

ーお前、何にも言わないんだな・・・−

いつも皆に家が遊郭だと非難されていた平次は、ある日、皆から離れて勉強している誠次郎に声をかけた。

ーなにが?−

ー俺の事・・・皆、陰間屋の息子だといじめるだろ?−

ふぃと見あげた誠次郎の瞳の冷たさに平次は息をのんだ

ーお前知らないのか?俺は廓出身の妾の子だー。

 そんな話は聞いたことがある、誠太郎は最近、体の不調で寺子屋には出てこないが、

通っていた頃に、彼は弟に当たる誠次郎を”女郎の産んだ子”とののしっていた・・・・・・

ー言うならば、お前より俺は、数段落ちるってことさー

大店の息子で、寺子屋では主席で、身体も他の子供と比べものにならないほど大きい誠次郎が

そんなコンプレックスをもっていたとは・・・

ーなあ、一生の頼みだ、ダチになってくれ。俺、友達いないんだー

ー勝手にしろー

平次は、つっぱっているが、どこか可愛いところがある誠次郎が気に入ってしまった。

徐々に誠次郎は、平次に心を開いた・・・

 

「平次?なにぼーとしてるんだ?」

ああ・・・平次は笑う

「昔を思い出していた・・・寺子屋時代の・・・」

「そういやあ、お前とは腐れ縁だな」

「俺が付きまとったんだよな〜最初・・・」

ふっ・・・・

誠次郎は笑う

父や母、源蔵意外で、自分に温かい手を差し伸べてくれるものなどいなかった。

そんな自分に、友達になってほしいなどと言う平次が現れた・・・幾度と無く支え、助けてくれた親友だった。

「すまないね・・・お前にも心配掛けて」

この笑わない、無愛想な誠次郎が実は、本当の誠次郎なのだろうと、平次はなんとなく考える

 「いや、今回何にもしてやれなくてすまない」

 

「大旦那さん、お茶です」

悠太が入ってくる

「悠太、誠次に言い聞かせたからな、悠太いじめるなって」

「大丈夫ですよ私は」

全然大丈夫じゃない様子で、無理に笑って悠太はそう言う。

「なんかあったら俺に言え!」

何でお前に言うんだよ・・・誠次郎は首をかしげる

「まだ、起こってもいない事に悩んでいては、疲れてしまいます。大旦那さんも若旦那も、

悩むのは問題が起きてからにしましょう」

そうできる程の内容でない事は、悠太が一番良く知っていた。

 「悠太は何も心配しなくていいよ。恭介も悠太も、絶対に死なせないから。大事なものを守る力は蓄えてきたつもりだよ」

平次も悠太も何も言ええず、うつむく。

今まで、こんな気まずさはありえないと言うくらい気まずかった。

 「でもさ、店のもんがおびえてるから、殺気は引っ込めろ」

 平次の言葉に誠次郎は納得がいかない

「殺気なんか出してない」

いや・・・大放出してるし・・・・

とにかく、早く解決しなければどうにもならない気がした。

 

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