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 「じゃあ、内山様これで・・・」

結城屋の中番頭の三郎太が代金を置いて、恭介の簪を懐にしまう。

「誠次によろしくな」

戸口まで見送りつつ、そう言う恭介に中番頭は苦笑する。

「勘弁してくださいよ、内山様まで・・・もうあそこは地獄ですよ。」

しおしおと出てゆく三郎太に、恭介は同情を隠せないでいた。

 

「恭さん・・・」

奥から宗吾が顔を出す

「もう出てきていいぞ。」

来客中は身を潜めるように言われて、宗吾は人が来るたびに奥の間に入る。

「いつまでこんな事しなきゃいけないんですか・・・」

恭介の事が心配でたまらない

「すまない。この一件はカタがついたと思ったから、お前を呼んだんだ。そうでなきゃ・・・」

宗吾は微笑んで恭介を抱きしめる

「私は構いません。恭さんの事情、総て理解しています。ただ・・・心配なだけです」

恭介が石山藩に狙われている事は、周りも知る事実だ。しかし宗吾には、そんな事は何の関係も無い。

「もし、俺が捕まっても結城屋には、その事を話すな。」

でも・・・・

恭介が捕まる理由は、鳴沢冬馬の居所を知るため・・・・

若君の居所を白状しなければ、恭介は解放されない。

そのうち、乳母、お鶴のように拷問の果てに命を落とすかもしれない。

「約束しろ!」

そんな事が出来るのか・・・宗吾は自信がない

「宗吾?お前も武家の血を引いているんだろう?主君に対する家臣のあり方は心得ているはずだ。

俺を不忠の輩にはするな。そんな事になったら腹を切るからな」

「どうして・・・死んだ鳴沢公が大事ですか?私よりも?」

こらえていた涙があふれてくる

「我侭言うな。俺は鳴沢公に”後を頼む”といわれた。これは濡れ衣をはらしてお家再興しろということだと思っていた。

だが違ったんだ、鳴沢公はこれ以上犠牲者を出さないために自ら逝かれた。若君を逃がしたのは

生き延びて幸せになって欲しかったからだ。若君の幸せを俺は見守る義務がある」

判っている・・・判っているけど・・・

宗吾は恭介の肩に顔を埋めて泣く

「宗吾すまない。お前を身請けするんじゃなかったな。愛した事が仇になった」

「そんな事言わないでください。判りました・・・」

もしものときは・・・宗吾も恭介の後を追う覚悟をした。

「お前だって、いくらなんでも俺の代わりに悠太を差し出すような事、出来ないだろう?」

それはそうだった。悠太は雪花楼からの付き合いだ。互いに苦しい時を乗り越えたきた同志だ。

「ここでいちゃつくとマズいから、奥に行くぞ」

恭介は宗吾を抱き上げて奥に向かう。

宗吾が不安になっているせいで、恭介は最近、昼夜問わず宗吾を抱いている事がほとんどだった。

そんな事は一時的な解決にしかならないと判っていても、今はどうしょうもなかった。

事実、恭介の心中にも、以前に無い生への執着が湧いてきた。

大事なものを失いたくない。大事なものを残して死にたくないという思い。

死ぬのも生きるのも時の運 などと言いながら生きていた昔が嘘のようだ。

「お前だけは離したくないな」

畳の上にそっと宗吾を降ろすと、恭介は微笑む。

「離さないでください。独りにしないで・・・」

それに答えることなく、恭介は宗吾にくちづけた

もしものときは宗吾の事を、平次にも誠次郎にも頼んであるが・・・・

こんなにも男に執着した事は無いほどに、宗吾に執着している自分が滑稽だった。

「お前を残しては死んでも死にきれないよ」

おそらくそれは悠太も、誠次郎も同じ事。

特に悠太に執着している誠次郎の胸のうちは、恭介の比ではあるまい。

「もう一瞬も離れていたくない」

別れの恐怖に、宗吾は狂おしいほどに恭介を求める

「おいおい・・・いくら俺でもそれは身がもたんぞ・・・」

まだ冗談を言える余裕を恭介は感じる

「もう・・・恭さん・・・」

少しの間、笑い合える・・・・

 

大丈夫だ・・・・・

 

何の根拠もない自信を、恭介は心に植え付ける

 

きっと大丈夫・・・・・・

 

無駄に命は落とさない。悠太を見守るために。

自分は悠太の傍で、誠次郎と悠太の行く末を見守らなければならない。

ここで死ぬわけにはいかないのだ・・・・

 

(にしても・・・・どうしてこんなに惚れちまったんだろう・・・)

宗吾の涙をぬぐいながら、恭介は不思議に思う。もう鳴沢公の面影が浮かぶ事もなくなった。

日常に慣れた宗吾には、廓の匂いがもうしない。

普通に男である。仕草も、眼差しにも、媚は消え去った。

そうなればなるほど恭介は宗吾に魅かれる。

力強い輪郭に、少し見え隠れする甘えと拗ねのエッセンスがたまらなくそそられる。

しかも、それが他の誰でもない、自分にだけ向けられていると言う事。

(一人だけを愛し続けると言う事は、こういうことなんだな・・・・)

「なあ、知ってるか?俺、お前が好きすぎてメチャメチャやばいって事・・」

「もう、恭さん本当に口上手いよね」

泣き笑いの宗吾をそっと寝かせる

「上手いのは口だけなのか?」

「さあ・・・知りませんねえ・・・」

「じゃあ、教えてやるよ、手とり足とり〜」

ばか・・・・・

いつも間にか涙は止まっていた。

自分が一番辛いだろうに、冗談で笑顔にさせてくれる恭介を、宗吾は何よりも愛しかった。

「恭さん・・・好きだよ」

口に出して言って見たかった

「俺も」

きっと今の辛さも、後の笑い話になると信じたかった。

 

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