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 「最近、結城屋の若旦那、顔見せないね」

新しい太夫の顔見世の興行が終わった後、お町が平次にそうつぶやく。

「恭介も来ないだろ?俺もあいつら呼ばないし。」

遠くの方に、見物に来た石山藩の一行が見える。

「恭ちゃんも今度は慎重だよね」

しかたないさ・・・・

平次はうなづく。一緒にいる宗吾に被害が及んではいけない。

「悠太は外出禁止だし、誠次も外回りはあまりしていない。」

息が詰まりそうな日々を部外者の平次さえ送っているのに、当事者はいかほどか・・・

「これじゃ悠太がまいるぞ。毎日誠次に精神攻めされてさ〜」

え・・・・

お町は、精神攻めという言葉に大きく反応した

「何々?どういうこと?」

「もし、恭介が捕まったら・・・・恭介と自分、、どちらをとるか・・・ってな」

お町はうなる

「だから〜恭ちゃんを見殺しにしろって言うの?若旦那は?」

「しょうがねえだろ・・・悠太が行けば、恭介は助かるけど、悠太は殺されるし」

悠太が死ねば、誠次郎は精神崩壊するだろう。

自分を捨てないでくれ・・・それくらいの我侭は、彼の生い立ちから考えて当然ではないか。

「でもな、悠太は過去に、乳兄弟が自分の身代わりになって、目の前で殺されるという経験をしているんだ。二度目は無理だ」

平次とお町は立ち上がり、楽屋に向かう。

「悠太、大丈夫かしら・・・」

めったに無い、お町の深刻な表情に平次も何も言えずにいる。

「誠次はもう平常心じゃないからな・・・顔なんか引きつってるし、黒さ全開してるし」

黒さ全開の誠次郎など、想像するのも嫌だ。

お町は青ざめる

「ヘタしたら、石山藩江戸屋敷に放火するんじゃないか・・・あいつ」

物騒な事を言いながら、平次は楽屋に入る

「まさか・・・でも、兵糧攻めくらいはしそうよね、江戸中の米問屋に圧力かけてさ」

それはかなりありえる。悠太がらみなら、我を忘れるだろうし・・・

「あいつさ、武家の血流れててさ、かなり過激なところあるんだよな」

え・・・・

初めて聞く話に、お町は驚く

「マジ?」

「おっかさんがさ・・・剣豪の娘なんだって。まあ、下級武士の娘なんだけど、親父さんは御前試合で

優勝したとか、してないとか・・・」

ぶっー

お町は噴出す

「ずいぶんアバウトな情報ねえ・・・」

「武家はホントらしいぜ。お志乃さんも、剣術は免許皆伝で、酔って刀を振り回した客を、

仕置き用の木刀で打ち負かした。とか言う武勇伝が、廓には言い伝えられている」

廓伝説の第一位となっているエピソードである。

「何・・・だから、若旦那も鉄扇振り回してるの?」

「なんか・・こう、血が騒ぐつーか・・・」

「やめてよ・・・」

案外怖がりなお町は首を振る

生命の危機に晒された時の誠次郎は、修羅の目をしている。怯えなど微塵も無い。

12歳の時の事件・・・あの時も、何かがぶちきれた感じがした。

平次が駆けつけなければ、一人残らず殺していたかも知れなかった。

「だからさ、お前も誠次怒らすなよ。特に今は、触らぬ神に祟りなしだからな」

「マジで悠太大丈夫なの?」

傍にいる悠太が心配になる

「悠太は、ああ見えて誠次よりしっかりしてるから。純粋に武家の出だからな、根性座ってるさ」

その辺のボケ若君とは訳が違う。苦渋を舐め尽くした流転の若君なのだ。

陰間達が衣装を着替え、帰り支度をしている楽屋の隅で、お町と平次は小声で話している

「でも、情緒不安定な誠次は手におえないだろうな・・・」

それはお町も関わりたくない気がする。

 「俺らは何も出来ないさ。見守るしか出来ないんだ」

本当はそれがとても辛い事であるが、それに耐えるしかない。

石山藩主、石山幸成は50がらみの、かなり強引な殿様だった。

大きな藩ではないが、世渡りが上手いためか、幅を利かせていた。その殿様に誠次郎は勝てるのか・・・

確かにこの時代、武家は実質上何の力もない。経済を握るのは商人だ。

しかし・・・・・

「悠太は絶対死なせちゃいけないんだ」

それが、結論。

 

店主が黒さ全開している結城屋のことも心配だった。

大番頭の源蔵が一人頑張っているのだろうか・・・

店は相変わらず繁盛しているらしいが、店の内部は張り詰めてぴりぴりしている事だろう。

「災難だな・・・結城屋の奉公人達・・・」

最近は御用聞きにも中番頭がやってくる。

今まで店主が動きすぎていたので、ちょうどいいのかも知れないが。

「八つ当たりとか、されてなきゃいいけどな〜」

平次のつぶやきにお町は苦笑するしかなかった。

 

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