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正月休みが終わり、またいつもの日々が始った。

平次は、ようやく忙しさから開放されて、久しぶりに結城屋にやってきた。

「大旦那様、なんだかお久しぶりですねえ・・・」

客室に茶を持ってきた悠太が笑ってそう言う

「おう、悠太。変わりなかったか?」

誠次郎は店で客の相手をしていて、平次は独りで座っていた

「もう少しかかりそうなんで・・・すみません。」

「それは構わないよ。で、お前達まだ何も無いのか?」

またそういうことを・・・悠太は呆れる

二人になるとその話ばかり・・・

「加納屋さんが気になさっておられるようですが・・・若旦那がほっといてくれと言ったそうです」

加納屋か・・・

出された湯飲みをとり、平次はうなづく

かなり悠太を気に入っていて、火傷など気にしないから、水揚げさせろと言っていた。

しかし、店主としてはクオリティーの問題があり、売るわけにはいかなかった。

「そりゃあ俺だって諦め切れないよ。百年に一人の上玉だからな・・・さっさとやっちまいな」

え・・・・

「加納屋はお前が新品だから興味を持つんだ。中古になれば見向きもしねえよ」

悠太は言葉に詰まる

やはりこの人は廓の店主なんだ・・・・と思う。

「今年で17だろ?18以上は旬を逃して、ウチでもなかなか売れないんだぞ。

まあ、お前は長持ちすると見込んではいるけど」

「いいえ・・私は・・売り物でなくここの手代ですから」

「判ってるけどな、なんつうか・・・こう・・食指が動くかどうかという話だな」

それを言われては言葉も無い

同衾して今まで、何も無いのは絶望的かも知れない・・・

「でっ、でも・・・私は別にそういう関係を望んでるわけじゃないですし・・・好きで廓にいたわけでもありませんし・・・」

思いっきり強がっている

「俺、判らないから、宗吾に聞いてみろよ」

「何をですか?」

「男のたらしこみ方・・・」

「!大旦那さん!」

 とうとう悠太がキレた。

確かに自分に自信をなくしていた・・・が それが目的というわけでもなかった。

 

「また〜平次、悠太に何か言ったな〜怒られてやんの〜〜〜」

笑いながら誠次郎が入ってきた

「お前のせいだぞ!」

誠次郎に責任転嫁する平次を、悠太はにらみつける

「大旦那さん・・・・」

あ〜あ・・・・平次は諦める

「話があってきたんだろ?なんだい?」

いつもと同じように振舞っているが、明らかに平次は悩んでいる。

「石山藩が江戸入りしている。」

悠太が息をのんだ

「それ・・・鳴沢をお取り潰しに追い込んだ・・・」

恭介から耳にタコが出来るほど聞かされていた。

そして、事あるごとに、恭介を監視していると噂の・・・

誠次郎は、ちらりと悠太を見る。悠太にとっても、父母、乳母、乳兄弟を殺した宿敵だ。

参勤交代・・・徳川幕府の長年の規律・・・

「花魁あげて豪遊したとか、しないとか・・・遊郭つながりで耳に入ったんでな・・・」

恭介のことも悠太の事も心配で、平次は忠告に来たのだ。

「変な動きさえ見せなきゃバレないよな・・・」

気休めと知りつつも平次はそう言うしかない。

「ああ、恭介は顔がわれているが、悠太はわかるまい。あの恭介でさえ、気づかなかったくらいだから」

そういいながら誠次郎は不安を隠せない。悠太も逃げきれないだろうことは感じている。

自分の為に間違いなく恭介は犠牲になる。

 「恭介はこのこと・・」

平次がもう恭介に話したかどうか気になった

「知らないはず無いだろう?俺が言うまでも無く・・・」

知っていても、恭介は悠太や誠次郎にこのことを言うはずは無い。

「もう、町人になっているのに・・・まだ追われるのですか?」

悠太はやるせない思いを隠せずにいた。

「あいつ一番熱心だったからな〜いわゆる危険分子ていうやつかい?

武士辞めたつーのも、敵を欺くためのポーズとしか見えてないんだ」

「しかし、あんまりだな〜濡れ衣着せてぶっ潰しておきながら、仕返し恐れて追い掛け回すたあ・・・」

平次もため息をつく。

「鳴沢冬馬が生きていなけりゃ、事は終わるんだろ?」

しかし、正確に確認がなされていない

「恭介が言ってたが、若君の身体的特徴は無い・・・痣もほくろも・・・だから逃げ切れるんじゃないか?」

かすかな希望に誠次郎はすがる

「確かに・・・悠太には火傷の痕があるから、違うと言い張る事も出来るが、完全ではないな」

平次はそれを却下した

「敵の目をくらますために、わざと火傷の痕つける事もできるし・・・」

 後天的に出来た傷で、若君ではないと否定する事は不可能だろう。

 

重々しい空気を漂わせつつ、平次は結城屋を後にした。

 

 

「悠太、当分の間、念のため店にいなさい。どこにも行くんじゃないよ。」

初めて見る誠次郎の深刻な表情に、悠太も緊張する

笑い事ではなくなった・・・

「お前は、恭介を見殺しに出来ないだろう?」

客室の縁側に立ち、誠次郎は空を見上げる

「恭介さんは、もう独りじゃないんですよ・・・」

悠太の言葉に誠次郎は振り返る

「お前は!お前は独りかい?」

「若旦那・・・」

誠次郎の鋭い表情に悠太は怯える

「勘違いするんじゃないよ。お前はもう若君なんかじゃないんだよ。私に買われた陰間のなりそこないなんだよ」

(でも・・・でも・・・若旦那・・・)

「若君は死んだんだ。出せといわれても出せないよ。だろう?」

暗黙の脅迫だ・・・・

ふっー

突然、誠次郎が破顔った

「大丈夫だ。この時代、武士なんてプライドだけで何の力も無いのさ。経済を握ってる商人にゃ勝てないさ。

いざとなったら、兵糧攻めして飢え死にさせてもいいんだ・・・」

本当にやりそうで怖かった・・・

 「死ぬときは、私を連れて行きなさい。でないと・・・」

 

出会ってしまった責任があった

情を結んだ責任があった・・・

 

ここで誠次郎の元を去ることは最大の裏切りになるだろう

源蔵が一番恐れていた事でもある。

 今はただ、危機が通り過ぎるのを息を殺して、潜んで待つしかなかった。

 

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