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「お前は正月でも休みが無いんだね」

夕食の後片付けを終えて部屋に入ると、寝室でももじと遊んでいた誠次郎が振り返ってそう言う。

「使用人ですから私は。でもこの3日間、かなりゆっくり出来ましたよ」

そう言いつつ布団を敷く

いつもの事だが、誠次郎を独占できる正月が一番好きだった。

今年は特に、閉鎖された結城屋に二人っきり・・・・

誠次郎が自分だけを見てくれる時間は、本当に貴重だった。

「このままお正月が終わらなければいいのに」

寂しげに微笑んで悠太は誠次郎の前にかがみ、ももじの頭を撫でる

「大丈夫〜私達はいつも一緒だから〜二人っきりになりたきゃ、いつでも言いなさい。」

え・・・・

「そしたら・・・どうなるんですか?」

「出会い茶屋に連れ込む」

・・・・・・冗談なのか本気なのか、真意がつかめない。

「こら!そこでひいたら私が変態みたいじゃないか〜突っ込みなさい〜!!!」

ははははは・・・・ひきった笑いを悠太は浮かべる。

(心臓に悪いですよ・・・)

「しかし、マジに加納屋のオヤジに気をつけるんだよ〜なんか狙ってるし〜」

 

いつか、寄り合いの帰りにこっそり、加納屋が誠次郎に言った

ー結城屋さん、子供ダメなんですか?でもあんまり年取ると難しくなりますよー

何の事か判らない

ーもしかして・・・慣れてないから悪戦苦闘してます?−

夜道を歩きつつ言葉に詰まる

ー隠さなくてもいいんですよ〜まだ、手も出してないの判ってますからー

病状を訊く医者のような物言いだったから、まさかと思ったが・・・・

見れば判るなんて・・・さすがに極めている

しかも専門職のように淡々としていて、変態オヤジの片鱗も無い。

ー何なら、仕込んであげますよー

お前な〜!!!

どんだけ悠太に未練たらたらなんだよ〜!!!

ー結構です、悠太とは、そういうんじゃないんですからー

ーそうなんだ・・・結城屋さん、本当に普通の人なんだ。勿体無いですね。あんないい子と暮らしていて・・・−

ーそういう変な目で、ウチの手代を見るのは辞めてくださいー

 

しかし、傍目には、やはりそういう仲に見える・・・・

誠次郎は自分の発言自体が、誤解を呼んでいることに気づいていない。

 

 「でも、加納屋さんはそんなに変な印象はないですけど」

悠太は首をかしげる

確かに、とても真面目に美少年を愛している。

しかし、一人だけを永遠に愛する愛し方ではない。

「うわべに騙されちゃいけないよ〜あのオヤジは、ヤリ捨てで有名な奴なんだ。」

「それは・・・水揚げ専用のお客だから・・・」

郭の思考回路になっている悠太に誠次郎は焦る

「どうして一人だけを永遠に愛し続けられないんだ?いや、愛してもいないぞ?あいつは。」

くすっー

悠太は笑う。

「やはり若旦那は、先代の血をひいているんですね」

志乃だけを愛し続けた東五郎の血を・・・・

「でも、叶わない恋はつらいですよ」

そう言う悠太の寂しげな表情に距離を感じて、誠次郎は何も言えなくなる。

もう子供ではない。悠太もどこかの誰かに恋をする事もある・・・

自分との仮想恋愛はそのうち終わるのだ・・・・

「お前を誰にも渡したくないんだけど・・・それは迷惑なのかい?」

「私こそ、若旦那を誰にも渡したくないんですけど」

いつも同じ言葉を繰り返す自信の無い二人。

「でさ、叶わない恋てなんだい?誰に片思いしてるんだい?私達は相思相愛なんだろ?」

そこを突っ込まれるとまずい・・・

だって・・・悠太はため息をつく

(若旦那の中には誠太郎さんがいる・・・)

望むか望まないかは別として、腹違いの兄は住み着いている。

「それって・・・兄さんの事かい?」

寂しそうな笑顔に悠太は泣きそうになる。

 「私の入る隙間なんか、無いじゃないですか」

開放してあげたい、しかし、どうする事も出来ないもどかしさに身悶えする。

「悠太・・・お前にとって乳兄弟は、どういう存在なんだ?」

身代わりに死なれては、忘れられるはずも無いだろうに・・・

「そうですね、複雑ですね。でも、私は若旦那程いい人じゃないから。自分の幸せ第一ですよ」

悠太郎を忘れない為に、悠太と言う名を自らにつけた。

「それに、私と若旦那とでは内容も違うでしょうし・・・」

「そうだね。暴力は否定だから、まだ我慢できたんだ。でも、侵食されるのは許せない。

じわじわ入り込むような、気持ち悪さはなんとも言えないねえ・・・・」

雪花楼での白梅の一件が思い浮かぶ。

動機はどうであれ、誠太郎は誠次郎を愛していたのだろう。独占したかった、傷つけて、いためつけながらも・・・

そんな愛し方しか出来なかった誠太郎が哀しい

「自分を許してあげてください。そして・・・誠太郎さんを許してあげてください。お冨美さんにしたように・・・」

冨美に出来たのなら、誠太郎にも出来るはずだ・・・・

「私がついていますから・・・というか、いい加減に私を若旦那の中に入れてくれても、いいんじゃないんですか?」

と拗ねてみせる悠太は、あまりにも可愛すぎる

(もうすでに、徐々にお前は私の中に浸透してきている・・・)

気づかぬうちに・・・

「誠太郎さんに二人の仲、邪魔されたくありませんから」

 

ー兄さん・・−

ある夜、誠太郎の部屋に食事を運んだとき、誠次郎は兄の背が震えているのを見た

(泣いているの?)

誠太郎の孤独が伝わる・・・

誰によくされても、それは同情でしかない。

寺子屋の友達も誠太郎の子分のような振りをしつつも

陰では”あいつはもう長くないんだから、言う事きいてやろうぜ、可哀想だからな” などと言っているのが判る。

産みの母さえ、身体の弱い息子を産んだことを悔いている。

ー兄さん、ごめんね・・・私さえいなければ・・・−

そういって膳を置いて行こうとする誠次郎に、誠次郎はポツリと言った

ーお前がいたから、俺は救われるんだ・・・−

聞こえるか聞こえないかの小さな声だった・・・

 

死んでなお、誠次郎と共に生きることを望んだ腹違いの兄・・・

「忘れないでいてあげる事と、とらわれる事とは違いますから」

そう言って、悠太は誠次郎の膝から、ももじを抱き上げる

「共に生きようとするなら、苦しんじゃいけないでしょう?誠太郎さんも、若旦那が幸せに暮らす事を

望んでいると思いますよ。でなきゃ希望が無いじゃないですか・・・」

ももじは悠太の顔をなめている。

「忘れられたくなかったんだろうね、憎んでも覚えていて欲しい。そういうことかな」

弟の中に植え付けた憎しみだけが、生きた証とは辛すぎる。

「忘れろとは言いませんが、私の入る隙間くらい、作ってくれてもいいんじゃないですか」

長年の悠太の不満がポロリと出る

「でも、誠太郎さんには申し訳ないけど、生きてるもの勝ちですからね〜」

(そうだよ・・・もう悠太は勝っているよ。)

誠次郎は微笑む

日ごとに誠次郎の中で悠太は大きくなっている

いっぱいになって、あふれ出したらどうしょうかと思うほどに・・・・

 

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