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年が明けて、2日目の神社は初詣の客でにぎわっていた。
「はぐれないように手をつないどこう」
はあ・・・
別にはぐれても近所の神社だから、結城屋に一人でも戻れるだろうに・・・・
と思いつつ、言われるまま悠太は手をつなぐ
昨日、二人だけで一日中一緒だった事が嬉しい。こんな事は正月くらいだろう・・・とぼんやり思う。
いつも一緒でいるようだが、第三者の介入は避けられないからだ。
今も、誰かにばったり会えば二人きりではなくなる・・・
そんな事をぼんやり考えつつ、人ごみの中でつながれた手が、とても貴重に思えたりする。
「誠次〜あけおめ〜」
宗吾をつれた恭介がやってくる
「昨日は、まったりしてたか?邪魔しないように結城屋には行かなかったんだけど〜」
(違うだろ?お前!お前が邪魔されたくなかったんじゃないか・・・・)
笑いつつ、心で突っ込む誠次郎。
新婚の初々しさを放つ二人が、なんだか羨ましい。
「若旦那、悠太、明けましておめでとうございます、今年もよろしく・・・」
宗吾は頭を下げる
最近、彼は恭介を手伝い、簪を作っている
数珠に使う水晶やヒスイの玉を仏具屋から仕入れてつなげたり、編んだりして花簪を作るのだ。
年明けに結城屋で売り出してみて、評判がよければ、使う玉を色々な種類にし、色々な形を特注で仕入れようと考えている。
「宗吾も今年は忙しくなるかもね〜よろしく頼むよ」
「恭介さんも宗吾さんも、いい年になるといいですね」
誠次郎と悠太の言葉に微笑んで、二人は立ち去る
「よくもってるな・・・恭介。浮気もせずに。」
二人を見送りながら誠次郎はつぶやく
「もともと、恭介さんは一途な人なんですよ」
「なんにせよ、荒れまくってた生活が、まともになってよかったね〜」
悠太も、恭介が幸せそうなので嬉しかった。
「じゃあ、お賽銭投げて拝んでいこうか〜」
賽銭箱の前に行き、誠次郎は賽銭を投げて手を合わせる。
その横顔を悠太は見つめる
(いつまでもこの人の傍にいたい・・・)
悠太の願いはそれだけだった。
悠太も賽銭を投げ、手を合わせる
「悠太〜何お願いしてたの〜」
「秘密です」
賽銭箱の前から離れて二人は歩き出す
「悠太が来て何度目の正月だろう?3度目かな。もうそんなになるんだ〜そういやあ大きくなったよね〜」
当時は、まだ幼なかった悠太が、だんだん青年になろうとしている。
あどけなさが無くなると、だんだん物思う、憂いの影が現れた。
そんな悠太がふと、自分の知らない人に思えて、誠次郎は不安になる。
悠太が大人になってゆくという事は、誠次郎の保護下から離れて独り立ちするということ。
そのとき、自分は悠太にとって、どんな存在なのか・・・自信がない。
まっすぐ見つめていた瞳は、翳りをおびて伏し目がちになり、まっすぐ結ばれていた口元が、あいまいにうっすらと開きがちになって
子供でも、男でもない微妙な、妖しい中世的な姿を見せる。
それに魅かれつつも、胸が苦しくなり、泣きそうになるのは何故だろう・・・・
「誠次郎さん・・・」
突然、中年の女に呼び止められて。誠次郎は振り向く
「お内儀さん」
「いいえ、今はただの茶店の女将です」
それは、見違えるほど明るく笑う誠次郎の継母、冨美だった。
「すみませんね、わざわざ来てもらって」
冨美は、神社からそう遠くない峠の茶屋で、再婚相手と暮らしていた。
茶と団子を出して、冨美は突然、誠次郎の前に土下座した。
「女将さん・・・何を・・・」
誠次郎は困っていた
「すみませんでした・・・許されないと判っているけど、でも・・・」
これが時の流れというものなのだろうか・・・
悠太はぼんやりそんな事を考えていた。
「頭上げてください。ご主人が変に思うじゃないですか」
「いえ、あの人は知っています、皆知っています。それでも、私を受け入れてくれたんです」
冨美は自分を本当に愛してくれる人に出会ったのだろう・・・・誠次郎は微笑む。
「よかったですね、いい方に出会えて。でも、謝らなきゃいけないのは私です」
そう言って、誠次郎は冨美を抱き起こす
「いいえ、誠次郎さんが怒るのは当然の事です、あなたは正当な結城屋の跡取りです。知っていて私はあんな事を・・・」
「じゃあ、おあいこという事にしてください」
誠次郎は冨美を椅子に座らせる
「最近なんとなく判ってきたんですよ、辛かったでしょう?今まで」
誠次郎の言葉に、冨美は号泣する
「結城屋のことは忘れてください」
誠次郎は手ぬぐいを差し出す
これが萩野屋事件の結末なのだ。
「あなたが幸せなら、それでいいです」
笑って、誠次郎は立ち上がる。
「誠次郎さん・・・」
冨美は誠次郎を追う
ふっー
悠太は見た。振り返った誠次郎の心の底からの笑顔を・・・
「元気でいてくださいよ・・・おっかさん」
そう言って冨美を抱擁した誠次郎に、本来の誠次郎の姿を垣間見る。
「これは・・・よかったですねと、言うべきなんですよね?」
帰り道、悠太はポツリと呟く
「そうだね〜 自分でも驚いたよ。許せるものなんだねえ」
悠太はそっと、誠次郎の腕に自分の腕を絡ませる
「若旦那のそういうところ、好きですよ」
縺れた糸はほどけてゆく 長い時間を経て。希望が見える
「あ〜!!!みくじ引いてなかった!!」
いきなり叫ぶ誠次郎の声に、悠太は我に帰る。
「そういえば・・・でも、今年はきっといい年になりますよ」
もう一度神社に戻る気にはなれなくて、誠次郎は悠太の言葉に自分を納得させる。
「自分次第って事か〜」
ははははははは・・・・・・
人通りの少ない道を笑いつつ行く結城屋の若旦那は、どこか吹っ切れたように明るかった。
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